深夜零時の恋心

きたきつね

第1話

あの人からの簡素な「ごめん」に「別に」を返したのは、我ながら変なプライドだったと思う。


彼氏持ちが2人集まった、ただただ楽しいだけの恋バナで吐いた「別に浮気されてもいい」だなんて、そんなのはただの強がりでしかなくて。相変わらずの意地の強さと我の強さ、面倒な性格を親友に苦笑されたのは彼と付き合い始めてすぐの頃。安い飲み屋の薄めたチューハイを飲み下して、やけに自信に満ち溢れた私は大口を叩いていた。

「別に浮気だってすればいいじゃない。どうせ最後にはあたしのところに戻ってくるんだから」

「またそんなこと言って。ほんとにされたら死ぬほどへこむくせに。知ってんだからね、私はあんたの恋愛歴全部」

「もう過去のあたしとは違うの!強くなったんだから、これでも」

中学時代からの付き合いである祐奈には文字通り性格から人間関係から全て知られてしまっているため、どれだけムキになって反抗してもはいはいと流される。恋愛に関しての私に対する信用は限りなく0だ。これは自他ともに認めるところである。付き合う男と言えばメンヘラ、マザコン、ヒモ、束縛男などまぁ絵に描いたようなろくでもない奴らばかりで、まともに続いたこともなかった。2ヶ月続くと何故か祐奈からお祝いと称してご飯を奢られるくらい。“2ヶ月祝いの会”が実際に開催された回数ですら片手で収まってしまうのだから、根底から恋愛に向いてないなんて自虐して。酒を飲んでゲラゲラ笑って、本当は祐奈の右手に光る指輪を祝う会だったはずなのに、気づけばいつもと変わらないバカ話で盛り上がってしまった。私の事なんてどうでもいい、親友の婚約を純粋に祝いたかっただけの会。それでもその空気が好きだったし、そんな祐奈がいたから今の私がいると言っても過言では無い。付き合っては別れ、その度に律儀にダメージを負う面倒な私を見捨てないでくれたただ1人の大切な親友。そんな彼女も、人生の相棒を決め、歩んでいくのだと言う。全く、仲間みたいな顔しておいて私とは大違いじゃないか。

「今回の人は続きそう?」

「それをあたしに聞くの?毎回続くって言って続かないあたしに?」

「そうだったわ、ごめんごめん」

「くっそ、自分がゴールインするからってこんにゃろ」

「あはは!くすぐりはダメだって!」

座敷席なのをいいことにじゃれ合い、もつれあって絡まる。いよいよ入籍したら、とか、妊娠したら、とか、先のことを考えると祐奈を取られてしまうようで寂しいけれど、それで彼女本人が幸せなら私が出しゃばっていいことじゃない。

「そろそろ、彩那も幸せ掴みなね」

「……わかってるけどさ」

「結婚しろ、って言ってるんじゃなくて」

しっかり手入れされた綺麗な指が項垂れた私の髪を梳いていく。

「でもやっぱり結婚したいよ、私。独身は嫌」

「おーよしよし、いい人見つかるといいねえ」

「今の彼は続かない前提なのね?」

「確かにそうじゃん、ごめんなんか」

ぶすくれて暴飲して、それを笑われて。笑われるのも満更でもなくて、グラスに口をつけたまま笑う。程よくを少し超えたくらい酔いの回った別れ際、別れたら電話ちょうだいよなんて縁起でもないことを言われて言って、また笑った。



それから8ヶ月。私は今、自宅のベランダで月を見ながら、1人で酒を飲んでいる。

祐奈は妊娠したそうだ。昨日、「1番に連絡したかったから」と連絡が来た。久々に聞いた声は酷く優しくて、「つわりが酷くて」と苦笑する声はとても幸せそうで。昔から知る親友が母親になると思うと不思議な心地だったが、純粋な気持ちでおめでとうを言うことができた。幸せそうでよかった。最初の最初こそどこの馬とも知れない奴に祐奈を取られてたまるかだとか、泣かしたら殴りに行こうだとか内心ちょっと思っていたが、いらぬ心配だったようだ。あぁ、良かった。本当に。

結婚してよかったことだとか、逆に苦労しているところだとか、妊娠した今の心境だとかたくさん話を聞いて、「酒飲みたい」と呟く祐奈に「あと1年は我慢だ」なんて現実突きつけて笑って、「早く指輪付けたい」という最大級の惚気カウンターを食らってダウンして。そんな幸せ絶頂を具現化したような祐奈に、「別れたよ」なんて、たとえ冗談だったとしても言えるわけがないだろう。

もっとも、私は別れたことを後悔なんてしていないし、不思議と未練もあまりなかった。ダメージだって最小限。私は浮気相手で、最初から帰る場所ではなく行く場所だったみたい。ただ、それだけ。「浮気される側」で、彼氏の中の「本命」になれると無条件に信じて疑わなかった自分は本物の馬鹿だと思った。浮気される人がいるなら、その浮気した人の浮気相手だっているのに。

発覚したのは、彼のSNSを偶然見つけて、興味本位で流し見していた時だった。結婚指輪の写真、赤ん坊の足の写真、結婚記念日を祝う写真。その全てが幻だったらよかったのにと、今でも思っている。私は、誰かの幸せを壊す悪の存在だったらしい。死んでしまいたいとすら思った。それは自分が二股の2人目だった事に対してではなく、彼が浮気するような人間だったという事に対してでもなく、ただただ、一刻も早くこの世界から消えたかった。1つ断言しておくが、私は死にたいわけではない。死ぬにはやり残したことが多すぎる。そして、彼に関する全てがこの際どうでもいいのだ。彼の妻である女性が、偽りに気付かぬまま幸せに生きることが出来るなら、その為に私ができるのは、彼女が真実の全てに気がつく前に姿を消すことだと思っただけで。

彼のメッセージに「貴方のSNSアカウントを見つけました」と遠回しな言葉を綴って、たくさん湧いてくる暗い言葉を1度全て咀嚼して、アルコールで流し込んだ。なにが結婚だ。なにが、なにが。


この関係の何が幸せなんだよ、なぁ、神様。


自暴自棄になった私の心を冷ますように風が吹いていく。もう当分男はいいかなと思ったのは、彼との交際の中で得られた数少ない成果だと、まだ思っていたい。

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深夜零時の恋心 きたきつね @kitune_tanuki

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