第2話 VS魔将軍アイゼン
灰色の肌をした巨漢である魔将軍アイゼンは俺の身の丈よりもさらに大きな剣を易々と引き抜く。魔剣グリムガルだ。血を吸えば吸う程鋭さが増すと言われている。この二〇〇〇年間負けることなく、生き血を啜った魔剣から感じる圧力に普通の兵士なら卒倒するだろう。
「人の子の分際で、
「ああ……――ロンドニキア竜王国魔導騎士団団長ジークフェルデ・アールヴ・シュナイダーだ。お前が初めて敗北する者の名前だ。覚えておくといい」
「人の子が数人で魔王フレアベルゼ様に勝てるわけがなかろう」
「だが、こちらにも将来やりたいことがあるんでね。本気を出させてもらう」
両腰に帯びた計八本の剣に手をかける。魔将軍アイゼンが半歩引いた。そこで壁が一刀両断に切られ崩れ落ちる。アイゼンは、魔族の赤い瞳を瞬かせて、驚きを隠さない。
「全盛期が三〇歳と言われる人の子がこれほどの剣技を習得するとは、こちらも本気を出さなければなるまい」
「その前に殺したかったんだけどな」
「戯けたことを言いおるではないか……お前の役割はここで相討つこと……それらの得物は命を吸って剛力を得る魔剣と見た」
「それが分かって……逃げないか……厄介な奴だな」
アイゼンは高笑いする。久々の強者との戦いを存分に楽しんでいるようだ。魔王フレアベルゼが敗北するはずがないと妄信しているのだろう。先代魔王から二〇〇〇年、戦いに明け暮れた武人の中の武人だ。純粋に尊敬の念を抱いた。
「俺は……お前に勝つ為に鍛錬した技がある。八剣流の奥義を見せてやろう」
「八本の魔剣か……舐めているようだな。曲芸で某の居合抜きを破ることは不可能だぞ」
「俺の最強とお前の最強……どちらが夢を明確に具現化しているか勝負だ」
「夢か……いいことを言う。剣技も魔法もどんな大望、憧憬、原風景を抱いているかによって変貌する。某の二〇〇〇年と貴様の三〇年……どちらが上回っているか勝負だ」
魔将軍アイゼンはゆっくりと摺り足で近づく。それを迎撃する体勢を作った。辺りは凍り付いたかのように緊張感が迸る。一歩踏み間違えるだけで生死が分かれる薄氷の上のようだ。
「八剣流秘奥義――――――竜王狩りの一閃‼」
「我流奥義――――――
俺の手から八本の魔剣が同時に抜かれる。それを神速の居合抜きが迎撃した。実力は拮抗状態と言っていいかもしれない。魔将軍アイゼンは、信じられないものを見たかのように目を瞬かせて驚いている。
「たしかに八本の魔剣が同時に抜かれた。事象を捻じ曲げ、無理を可能にするその力……この場で失わせるのは惜しい」
「あんたも本気の居合抜き……かなり効いたよ。手が痺れて久々に命の取り合いをしているって感じたよ」
アイゼンは距離を取る。そして低い前傾姿勢になった。
「これから出すのは、俺の居合抜きの最速最強の技だ。木っ端のように軽く死んでくれるなよ?」
「俺も、究極奥義を出させてもらう。負けた方が勝った方の命令を聞くというのはどうだ?」
「いいだろう……俺は二〇〇〇年の間、嘘偽りを吐いたことはない。いざ尋常に勝負だ」
一撃に事象を捻じ曲げる魔力を込めた。一度に八本の魔剣を抜くことなど、誰でも分かる通り、人智を超えている。身体にも心にも大きな負荷がかかるがそれは問題ない。だが、死地へ赴いたのだ。それくらいは想定の範囲内。
「我流最終奥義――――――
「八剣流究極奥義――――――
アイゼンが音を超えて迫る。踏み抜かれた地面は大きく抉れながら爆散。一直線に向かってきた。速い。ただただ速い。それがこの居合抜きの強さの秘密なのだろう。
だが速さでは負けるつもりはなかった。八本の剣が一つの竜の爪のように魔将軍アイゼンに襲い掛かる。残っている命を圧縮したような一撃だ。その絶技に対して、アイゼンもまた自身の居合抜きを今だ誰もが到達できない高みへと昇華させる。
結果は痛み分け。アイゼンは筋骨隆々とした利き腕を失い、俺は片腹に抉られたような傷ができる。口の中が鉄臭くなり、酔っ払ったかのように視界が歪んだ。
「某の零戦改を破り、利き腕を持っていくとは……その覚悟……まさに大英雄そのもの」
「俺の三〇年間余りを凝縮して、ようやく腕一本か……魔将軍アイゼン命までは奪わない。人間と関わらず残りの人生を過ごせ……‼」
「ふっ、甘いな……殺しておけばよかったと嘆く日が来るぞ」
ドスンドスンと音を立てながら魔将軍アイゼンは去っていく。そこで恐ろしいほどの身体が凍えるような寒気を感じた。得意ではないが治癒術を使って抉られた片腹を回復させる。もう残り少し傷が深かったら即死していただろう。なんという強敵だ。だが、セイランたちを援護しなくてはならない。やかましい相手を呼ぶことにして、宙に印を描く。白く眩い光から一人の妖精が現れる。
『ジークフェルデ……また無茶をしたのね。これで九回目よ』
「いーや、ベル。もう二〇回は助けられているぞ」
『……ジークフェルデ、英雄になるんじゃなかったの? これじゃ野垂れ死にするわよ』
「それは幼いころの夢だ。とっくのとうに諦めたよ」
『まったくお粗末な治癒術ね。寿命が縮むけど、無理矢理治すわよ?』
「ああ……――そろそろ魔王とセイランたちが刃を交える頃だ。さっさと治してくれ」
ジュワッと熱い感覚が片腹を襲う。無理矢理魔力を生命力に変換しているのだろう。妖精女王リンドベルムの治癒術は確かな効果がある。あとどのくらいで回復できるだろうか。魔将軍アイゼンの他は強敵はいないはずだが、まだセイランは若い。補佐しなければ死地から帰還できないはずだ。
『ジークフェルデ……取り敢えず治せるところは治したわ』
「助かった。ベル……これが最後かもしれんから言っておく。幼い頃から助けてくれて感謝している。本当にありがとう」
バカとツンとした態度を取り、リンドベルムは光の中に再び去っていく。
『不死鳥の魔導騎士ジークフェルデ……英雄になって、余生を過ごしなさい』
俺には特別な紋章が心臓のあたりに刻まれている。この世界でただ一匹、永遠なる存在――不死鳥は、英神ザインを祀るロートレク教会ができる前から、崇め奉られてきた。一説には、永遠の命を約束されるともいわれている。
「早く……――セイランたちの元へ行かねば」
ズドーンッと魔王城が鳴動した。間違いなく魔王フレアベルゼと勇者セイランが戦っているはずだ。身体中に疲労感を覚えながら、急いで魔王城の最奥へと向かうことにした。
https://kakuyomu.jp/works/16817330649705309002
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