第17話 奴隷商会 2

 奴隷商館に入るやすぐさまシルビアは最上階を目指し階段を駆け上がっていった。2階、3階、そして4階で階段は終わっていた。

 俺も必死に追いかけ――途中で俺が追い越し――ると、そこにはガラスのケースに入れられた人間や亜人たちの姿であった。気性の荒そうな者達はケースの中で暴れているが、ケースはびくともせず揺れもしない。防弾ガラスの上位互換みたいなものなのだろうか。

 大人しくケースの隅で丸まっている者、俺に興味を持ち視線を送ってくる者、俺を見ようともしない者、俺を客と見定めて色気あるポージングを取り始める者など、まるで動物園にいる感じだ。


「はぁっ……はぁっ……やっと追い付いた」

「やっと着いたか。何でそこまで体力無いのに颯爽と階段を駆け上がってたんだよ」

「いや、今のこの体ならいけるかなって……」


 ふむ。確かに強化された肉体ならば、心肺機能も強くなっているはずだ。ならば体力面では俺以上のはず。

 何が原因でシルビアはこんなに体力無いんだ……?


「元の体力と比べてどうだ? 全く変わらないのか?」

「いや、そうだな……生前の私であれば2階まで上ったところで息が切れていたが今の私なら3階までは上れていた」

「すると、元の身体能力依存で今の力や体力は決定するのか」


 しかし貧弱だなシルビアは。

 研究ばっかりやっていて家から出ていなかったのだろうけど。


「……息が整ったなら行くぞ。時間がもったいない」


 1分ほど間を開けると俺は歩き出す。


「うん……? ああ、待っていてくれたのか……ありがとう」


 シルビアが小さく何か言っていたような気がしたがあえて聞かなかったことにしておく。

 俺に聞かせたいのならもう少し大きな声で言うだろうし。


「ところで何で最上階である4階なんだ? 途中で2階や3階を覗いてみたが、こことそう変わらなかったはずだが」

「ふっ。ぱっと見では分からないだろうな。私も、この目があるから気づけたことだ」


 シルビアは金の瞳を輝かせる。

 ちょっとドヤ顔なのがむかつくが、顔が整っているから許せる。


「1から3階。ここまでは見た目の良い奴隷こそいるが、その中身はそこまで教育されていない。貧しい村から買い取った奴隷をそのまま売っているのだろう」

「知識に乏しい奴隷ってことか」

「ああ。その分、体力はあるかもしれないが私達にとって求めているのは別だろう?」

「確かにな。戦闘用ではなく家事用。俺達の世話を出来ればいいだけだからな」


 戦闘用は俺が調達できる。

 知識はまあ、最悪はシルビアがいればいいか。

 どちらにせよ体力だけのやつは俺もお求めではない。


「4階ならばそれなりの教養のある奴隷がいるってことか」

「そう。……問題は教養がある奴隷というのは値が張るということなのだが……その、私はそこまでお金が無くてな」


 金の問題か。

 あることにはある。マイク達の財布をパクッ……否、すでに俺のものだから持ってきてはいる。よく見ていないけど重かったから大丈夫だろう。奴隷一人くらいなら買えるはず。

 ギルドもあるし、金を稼いでもいい。


「いざとなったら食費から削ればいいだろ」

「私は何も食べなくても生きていけそうだしね」


 その場合、俺だけが苦しむのか……。

 これは稼げるだけ稼がないと。


「そこを曲がるればこの商館のオーナーのいる部屋だ。なに、交渉なら任せてくれ」


 様々なショーケースに入れられた奴隷に目移りしながら歩いているとシルビアが道を示してくれた。


「いざとなれば俺も会話に参加する。まあシルビアなら心配ないが」


 そうしてシルビアに付いて行ってみれば2人の屈強そうな男が護衛する部屋に入れられた。

 オーナーというのが目の前の柔らかそうなソファに座っている男なのだろう。

 でっぷりと太った男だ。両手の指それぞれに大粒の宝石がついた豪華な指輪を付けていることからさぞかし奴隷業は儲かっているのだろう。


「……何処の誰か分からないやつがいきなり俺の下へと来るとはな」


 お?

 普通に部屋にいれてくれたから誰でも彼でも部屋に入れちゃう尻軽かと思ったが違うのか?


「おい、大丈夫なのか?」


 小声でシルビアに確認する。

 このまま奴隷を買えずに追い出されるのは勘弁してほしい。


「……ここまでの規模だとオーナーからではなく従業員から奴隷を買うからな。私たちの行動は普通なら、絶対に行われることはない行動なんだ」


 シルビアの返答は俺をますます困惑させる。

 どうやら分かっていてやったことのようだが、それでどうするんだ?

 目の前の男は俺達を懐疑的に見ているようだが。


「だが、1階から迷いなく俺のいる場所にまで辿り着いた。迷い込んでここに来たわけではない。何かがあるからここに来たお前たちをそのまま返すには、惜しい」


 男がふっと笑う。

 シルビアだけではない。俺にもその笑みは向けられていた。


「さて、まずは俺から名乗ろう。グリセント・スパラシア。この店のオーナーだ」

「私の名はシルビア。こっちはシドウだ」


 シルビアが簡単に自己紹介していく。

 あっ……シルビア早速やらかしてしまってるよ。

 

「シルビア……? 先日死んだというエルフもそんな名前だったような気がしたが」


 はい、気づかれました。

 さあ、どう乗り切るシルビアさんよ。


「エ、エルフにはよくある名前なのだ……。人間だってマイクだとかアリスだとか有り触れた名前はあるだろう?」

「ふむ、それもそうか。失礼したな。性を名乗らないのはあえてなのか? いや、深くは聞かないでおこう。お前たちが客で俺が店主。この関係さえあれば十分だ」

「ああ、助かる」


 グリセントは俺とシルビアに対側のソファを勧める。

 素直にそのままソファに座ると、俺の体はソファに埋まっていく。……すげえな奴隷業。俺も死体で始めようかな。元手なんてタダみたいなものだし。

 グリセントは身を乗り出して、話を始めた。


「それで、奴隷が欲しいと?」

「ああ。私達は……口には出せないがやんごとなき御身分の方に奴隷を仕入れてくるように仰せつかっている。半端なものを寄こしたらどうなるか、分かっているな?」

「ふん、元より俺は一流のものしか扱わん。半端なものになるかどうか、それは買い手次第だ。少なくとも俺の下にいる間の商品の品質は保証してやろう」


 一流か。1~3階までの商品もとい奴隷は教育が不十分だとシルビアが言っていたが……ああ、そうか。

 奴隷の教育と飼育は別ってことか。

 栄養は十分に与えているが、それだけ。むしろそれだけでもこの世界では待遇が良い方なのだろう。


「奴隷の用途は何だ? それによって用意出来るものも違う。後、予算を一応聞いておこうか」

「予算は気にするな。用途はそうだな……家事全般と言っていこうか」

「戦闘用ではないのか。それだと少し厳選せねばならないが、まあ金に糸目をつけないのであれば問題ないか」


 その後もあれこれとグリセントとシルビアとの間で話し合いは進んでいく。

 家事全般の中でもどこに特化したものがいいのか、戦闘は全く出来なくていいのかなど。

 そして最後に、


「ああ、忘れていたが、性別はどうする? 今のところどちらも用意出来るが」


 シルビアは俺の方を見る。金を出すのはあくまで俺だ。だから俺に選べってか。

 俺は迷いなく頷く。短いが俺と一日行動を共にしていたのだ。俺が求めているものくらい分かるだろ。


「決まっているだろう。少年だ。なるべく若い少年を我が主は所望している」

「違うだろ!」


 俺には断じて少年愛は無い。少女だ。若すぎるのは駄目だが、同年代くらいの少女を所望しているぞ俺は!

 生活に潤いは必要だ。


「……間違えた。少女を所望している」

「そうか……ふむ。ならば数人は用意出来る。付いてきてくれ」


 それにしてもこの男、商品の全てを把握しているのか?

 シルビアとの話し合いの最中に護衛や書類に一切頼ることなくシルビアに商品を紹介していた。

 ただの成金野郎かと思っていたが、どうやら違うようだ。

 グリセントはソファから立ち上がると、


「しかしお前たち、もう少し身分を偽るのなら演技の練習が必要だな」

「……何?」

「そこの、シドウだったか。お前がシルビアの主だろ?」

「今のやり取りで気づいたか」


 シルビアが俺に視線を投げて来た。俺に委ねたのを見て、俺が主だと気づいたか。


「いや、シルビアがお前を見る視線と紹介した時の声色から察しただけだ。立場が上だと分かるには十分すぎる」


 すると、最初から俺の奴隷を探していることに気づかれていたのか。

 グリセントは俺の方を見て笑う。


「少年も用意しようか?」

「いらねえよ!」

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