もうちょっと右だったら魔王さま!

ポチ吉

まおうさまが あらわれた!

 彼らは騎士だった。


 正しく、正しく、騎士だった。

 笑いたく成る程の力の差を笑って吹き飛ばし、身体の芯から湧き上がる恐怖を誇りで覆い隠す。弱く、弱く、弱くて、本当に、本当に、弱くて――それでも強い者。

 混ざりモノを含み、純度の低い質の悪い聖銀ミスリルにありったけの祝福を。

 ある者は万能の無能物質、架空元素エーテルの扱いを学び、ある者は只管に、直向きに、一心に、武を磨く。

 それは、正しく、正しく、弱者の姿。

 故に、それ故に、何より正しい強者の姿。

 神々よりの祝福も無ければ、悪魔との間に契約も無い。

 神秘と言う神秘に見捨てられたが故に、彼らは正しく騎士だった。

 その身に纏うはくすんだ銀の全身鎧。

 その手が掲げるのは一様にクレイモア。

 それは瘴気交じりの黒の風の中に烈火のマントを靡かせる騎士と言う群体生物。

 鬼種オウガが居た。額に角持つ戦闘特化の種族が居た。

 鱗種リザードマンが居た。体を固い鱗で覆った者達が居た。

 炭鉱種ドワーフが居た。ドワーフと呼ばれる事もある剛力誇る頑強な戦士達が居た。

 精霊種エルフが居た。エルフとも呼ばれる森と、風を信仰する美しい種族が居た。

 魔女種ウィッチが居た。左右で異なる色彩を持った女だけの種族、魔道のスペシャリストが居た。

 猫人種マオが居た。猫の耳と、尾を持つ獣の強さとヒトの強さを持つ種族が居た

 人間種が居た。それら六つの種のベースと成った始まりの種族が居た。

 即ち、そこには人七種ひとななしゅが居た。老若男女問わずに、人が居た。

 互いが互いを補い、互いが互いを高め合う。

 そう。

 ただ、ただ、勝つ為に、そこに人七種は居た。

 ある者は恐怖に震えていた。これより向かう先に待ち構えるモノに対する恐怖で、震えていた。

 ある者は怒りに震えていた。進む先に待ち受けるモノの眷属に喰い散らかされた己の大切な者達の事を想い返し、怒りに震えていた。

 また、ある者は真っ直ぐに前を向いていた。湧き上がる恐怖も、込み上げる怒りも彼方へと送り、ただ、ただ、未来だけを、この戦いの後にくるであろう『明日』だけを想い。

 そこには人が居た。

 恐怖に震え、怒りに震え、未来を想う人が居た。

 そこには騎士が居た。

 誇りを胸に、明日の誰かの為に戦う全身鎧の騎士が居た。


 魔王城。


 雲。

 暗い雲。

 空。

 消える事の無い暗い雲に覆われた闇色の空。

 木々は枯れ、大地は死に、空は果てた。

 此処よりは王域、王の領地。弱き人には届く事の無い場。

 そこは、魔王城。

 赤い月よりこの世界に降りたった人を滅ぼす為の王が住む城。

 敷き詰められ、積み上げられた漆黒の石は、壁は、床は居たって強靭。強靭にて荘厳。在り方一つで相手に畏怖を覚えさせるには十分な視覚、嗅覚、聴覚に訴える知覚的重量感。

 光の届く事の無いその場所に群生する植物は、その生命の輝きを見せる以上に、不気味さを漂わせ、そこを這い回る生き物もまた同様。

 枯れ枝を縦横無尽に見苦しく空に延ばす木、その幹に張り付きギョロリと竜の目を動かす単眼トカゲが愚かな獲物を歓迎するようにチロチロと舌を出す。


「――我らは、弱い」


 そこに。声が響く。


「我らに神は祝福を与えず、我らに悪魔は契約を持ちかけず、我らを運命は選ばなかった」


 男の声だ。

 枯れた様に低く、重い、壮年の男の声だ。

 それでも確かな響きで空気を震わせ、聞く者達の心を震わす戦士の声だ。


「我々は、英雄ではない」


 そんな声が、朗々と響く。

 魔王城の門前。数多の騎士甲冑を率いる様にして、先頭に立つ白銀の甲冑の中から響く。


「故に救おう英雄を」


 その声に誰かが応じる。


「故に戦おう諸君」


 別の誰かがまた応じる。


「「弱者であるが故に強者を想え!」」


 声はそうして広がる。


「「「その一歩が世界を救う! その一振りの剣が明日を創るッ!」」」


 一人、二人、次へ、次へ。


「勝てぬ戦い、必敗ひっぱいの戦に勝つ為に挑め! 我らは死ぬが――我らは勝利するッ!」


 波紋の様に、光の様に、希望の様に広がり――


『さぁ、世界よ! 矛盾を許容しろッ! 世界防衛機構が特務十六番隊、死にに行こうかッっ!』


 咆哮と化す。

 総員抜剣オール・ハンドゥより総員突撃オール・ラッシュ

 門を蹴破り、石畳を蹴り飛ばして、前に、前に、前へ。

 最弱でありながら最強の可能性を秘める。そんな矛盾を抱えた人の牙は真っ直ぐに進む。力に向い、圧倒的な力に向い。敗北に向い、完全無欠の負けに向い。死に向い、命刈り取る死神の刃に向い。進む、進む、進む、進んで行く。

 希望が在った。

 滅ぼされかけの世界にご都合主義の様に落とされた希望が在った。

 希望の種が在った。

 魔王を、魔王が率いる《竜》を倒せる人の希望の種が在った。


 ――宿命の子。選ばれた子。世界を救う為に生まれて来た世界の子供達。


 その証を身体に刻み、産まれた来た子供達が、人の希望の種が、世界に落とされた。

 誰かが言った。『さぁ、反撃の時だ!』。誰かが言った。『この子たちにまかせっきりは情けない俺も戦うぞ!』。誰かが言った。『この子達が居るのなら……無茶が出来る』。誰かが言った。誰かが言った。誰かが言った、誰かが言った、誰かが言った、誰かが言った誰かが言った。……そして。そして、また、誰かが言った。


 ――この子が居たら魔王に目を付けられるんじゃないのか?


 誰かが言ったその言葉。それに耐え切れなかった人の手により、希望の種の四つが魔王の手に落ちた。

 木々が枯れ、大地が死に、果てた空の下に、人の希望の種は撒かれてしまった。

 故に。それ故に、彼らは進む。

 負ける為に、死ぬ為に。それでも、それでも、何時かの為に、人の希望の為に進む。

 そうして進んだ先の先。

 重く、固く閉ざされた扉。二対の石の竜が守る場所。


「……」


 ここまで一度も魔王配下の《竜》に出会わなかった事に対し、僅かな疑念。この先に本当に彼らが望む者が居るのか。この先に希望の種を奪った者が居るのか。そんな不安が一瞬よぎり――笑って眼前の扉に蹴りを叩き込んだ。

 蹴破られる扉、吹き飛ぶ鉄塊。刹那の間を置かず、雪崩の様に駆け込む銀の群れ。

 そうだ。

 そうだとも。何を恐れる。何を恐れる必要がある。

 我らは最弱。祝福無く、呪い無いただの人。

 死ぬことなど解っている。敵わないと言う事など理解している。ならば。ならば、今更何を恐れれば良い?

 彼らは騎士だった。

 正しく、正しく、騎士だった。

 弱き心に銀の鎧を纏い、震える両手でクレイモアを握る。

 死を恐れる人だった。その恐怖を乗り越えた騎士だった。

 そんな彼らの――


「……無礼だな」


 歩みが止まる。呼吸が止まる。

 疑問符、疑問符、疑問符疑問符疑問符。? ? ? ? ?????。


 ――呼吸とはどうやるのだったか?


 叩き付けられた静かな声、それを認識する事が出来たのは僅かに三人。それ以外は脳のリソース全てを使って呼吸の仕方を思い出そうとする。

 生きている。だが、死んだ。

 本能が、こんが、はくが、敵わぬと見て、死んだ。

 倒れる銀の群れを出迎えたのは一人の女。

 若い女だ。

 闇に浸かった様な漆黒の長髪を緩やかに靡かせる彼女の瞳は、魔女種を想わせるオッドアイ、右の紅玉、左の紫水晶。左右で色の違う瞳は、彼女が魔女種ではない事を示す様に《竜》の眼だった。

 侵略者の証である竜眼を持つ美しい少女が暴力の群れを出迎え、言葉の一つで三人までに減らした。

 体形を魅せる様な黒のナイトドレス。貴婦人の様に悠然と、少女の様に初々しくそれを着こなすその女を見て、彼――この隊を率いる男は確信する。


「……お前が、魔王だな?」


 埋まる事の無い、届く事の無い力の差を目の前に、それでも真っ直ぐに相手を見据え、剣を構え、分り切ってしまった事を問う。


「む? 喋れる者がおったか……余も鈍ったの……如何にも! 余こそが魔王である! 如何様であるか、人の騎士殿?」

「……そうか、」


 胸を張る様に朗々と響く声。


「そうか、そうか、そうか、やはり、そうか」


 それを受け、嗤う。彼は、嗤い、前に向う。

 無事であった二人の仲間引き連れ、前へ進む。

 予想通りに負けた。敗北した。だから――


「では、魔王殿、その素っ首、頂きたいッ!」


 予定通りに勝とう。

 込めるは裂帛。響けよ咆哮。

 勝つ、勝つ、勝つ、勝って、みせる。


 大上段からの斬り落とし/不思議なモノを見る様に傾げられる首/不可視の壁/当たる/弾かれる/「雄雄雄ッ!」/吼える/右足軸に左回しての横薙ぎ/合わせ/左右の仲間が突きを放ち、袈裟をなぞる/弾かれる/弾かれる/弾かれる/そして/そうして――


「貴殿らは少し、五月蠅い」


 吹き飛ばされる。

 虫でも払うような仕草一つで彼の身体は虚空に踊り、石畳に叩き付けられる。

 止まる呼吸、口の端を汚す唾液、ぼやける景色に、熱を持つ打ち付けた脇腹。


「……く、は。ははっ」


 ただの手の一振りでアバラを圧し折られた。

 その事実に思わず笑いが零れる。


 ――何だ、この差は? 何だと言うのだ、この圧倒的なまでの差は?


 事前に想定していた『最悪』など、今では最早、薄め液を流し込まれたかの様に穏やかな輪郭を魅せてくれる。

 その最悪の事態にすら辿り付けない力の差。これが、これこそが、魔王。侵略兵器、《竜》の頂きに立つ者。

 コレ相手に人に何が出来る? と疑問。

 コレ相手に挑んで何になる? と疑問。


「……だから、どうしたッ!」


 と、回答。

 答えは既に得ている。

 もう絶望はし尽した。悲劇は要らぬ。涙は既に枯れ、叫びは既に聞き飽きた。ならば、それならば――立て。


「……ほぅ、立つか、人の騎士殿よ」

「希望が、在るのでな……」

「……あの子らか……」

「そうだ」


 そう。そうだ。そうだとも。希望は在る。確かに在る。敗北は確定した。確かに成った。

 だが。だが、それが退く理由には成りはしない。それを退く理由とするには、少しばかり悲しい死を見過ぎた。だから、だから――


「子供らを、返してもらうぞ魔王!」

「ふむ。良き覇気であるよ、騎士殿。ならば我が魔炎、受けてみよ! 受けて、耐えて、我を斬って見よ! さぁ、斬って見よ、騎士殿!」


 構える彼の眼前で踊る黒炎。舞う黒炎。

 くるり。優雅に、優雅に、軽やかに女が周り、合わせる様にドレスの端が、ふわり、と踊り、追う様に黒い炎が円を描く。

 そして。そうして、黒の魔炎が彼の下に届こうとしたその刹那――


「はぅあっ!」


 魔王が奇声を発して吹き飛ばされた。

 横から飛び出してきた金色の小さな影の体当たりをモロに喰らって。


「ちょ、え? ゆーくん? 何故に君がここにいるのか? 今はお昼寝の時間のは――……え、あ、待って! ゆーくん、待って! 余、今、仕事着だからっ! 何時ものジャージじゃないからっ! 簡単にポロリしちゃうから! 待って止めて弄らないでぇ――ぎにゃー! 痛い! らめぇ! 幼子の無垢な手とは思えぬ握力により! 余の! 豊満な乳房が! 今っ! 形を変えてゆくぅぅぅぅうぅ!」

「……」


 言葉を失う彼の目の前で――


 まおうが なみだめに なった!


「えぇい! イビルアイ! イービールーアーイーっ! 貴様、しっかり面倒を見て居ろと言ったであろうが……! ――イビルアイっ?」


 まおうは なかまを よんだ!


「……魔王、様……」


 いびるあいが あらわれた!


「……自分、頑張り……ました……頑張った……んです」

「い、イビルアァァァァァイッ!」


 しかし いびるあいは ひんしだ!


「って、せんくん! 駄目っ! イビルアイの触手は食べ物じゃないからね! 『ぺっ』しなさい『ぺっ』って! 口に入れちゃいけません! ――はい、良い子だね、せんくんはぁ、ぁぁっ! けーちゃん! 違う! 違うよ! 余が今、せんくんを褒めたのは『ぺっ』したからだよ! それを口に含まないで! そして、とうくん! これだけ騒いでもマイペースに昼寝を続けようとする君の事が余、別の意味で超心配っ! もっと君はやんちゃして良いんだよ!」


 さらに こどもが さんにん あらわれた!


「……魔王?」

「タイム! 騎士殿、タイムな! もうすぐ三時のおやつタイムで、十分ぐらい時間造れるから、それまでタイムな! ――って、ゆーくんっ? 出ない! 余は未だ、出な――にゃー! ガリッってされたぁ!」

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