第10話
とある日を境に平凡な日常が地獄と化した。
以前、結婚とは劇的に人生が一変するものではないと言ったけれど、あれはどうやらとんでもない私の間違いであったようだ。
私の平凡な日常は、それまでの私の穏やかな人生は、劇的なまでに一変してしまった。
それまでの私は妊娠初期によくあると言われている程度の軽い吐き気や嫌悪感、頭痛に悩まされていたのだが、妊娠約八週間が経過した頃、何かのタガでも外れてしまったかのように私の身体に明らかな変化が襲い掛かった。
それはまるでこの世の全てから阻害され切り離されてしまったような、そんな感覚である。
私は現実の世界の全てのものから疎まれ、忌み嫌われてしまったのだ。
そんな究極的な状況をどこからどのように語ればよいか。
ふむ。実に当たり前のことであるが私は生命活動を維持するために呼吸をする。それは言うまでもなく当然のことである。
だが、呼吸をすると私の肺の中にざらざらした無色透明な異物が入り込んでくる。すると私の身体は反射的にその異物を取り除こうと肺をこれでもかと内側から押し上げるのである。
結果、私は激しい嘔吐を繰り返すはめになる。
つまり、今まで当たり前に体内へと取り入れていた酸素がひどく異物のように感じられてしまうのだ。
生きるために酸素を取り入れなければならないが、身体はその酸素を拒み吐き出そうとする。
それに嗅覚も異常なほど敏感になっている。
今まで気にも留めていなかった物という物の匂いがくっきりとした輪郭をもって身体中に絡みつくのだ。
もちろん平気な匂いもあるが、大半の匂いに対して嘔吐するほど拒絶反応を示す。
聴覚もそうだ。
小さな物音がひどく気になり神経を逆撫でするのだ。
この世に溢れかえっているの全てのものが私に対して牙を剥く。
何をしていても、していなくとも、私は世界の全てから影響を受け続けるしかないのだ。
そんな究極的な状況なので私は自室に閉じ籠ることがほとんどであった。
自身の所有物で満たされた部屋にいるとずいぶん気持ちが落ち着くのだ。
それにミレニアさんに教えてもらった方法もずいぶん役に立ってくれた。
アメ、炭酸水、運動。ほんの気休め程度だがその気休めが本当にありがたい。
常に耐え難い苦しみの中にあるのだから、わずかでも心休まる時がないと本当に気が狂ってしまう。
ミレニアさん曰く私のつわりの程度はかなりひどいらしい。
ここまでつわりがひどい原因にミレニアさんは頭を悩ませていたけれど、私はそんなことはどうでもよかった。
私が一番心配なのは私を苦しめるこのつわりが、お腹の子にも影響を与えているのではないかということ。
お腹の中でひとりぼっちで苦しみ続けているのだと思うと、私は……私は……。
涙が伝った。
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