22話「悪霊との鬼ごっこ」

 白装束の悪霊が怒りを顕にして全身から血のような赤色をした蒸気を立ち上らせ始めると、優司達は京一の指示のもと昼間のうちに準備しておいた護符が仕掛けてある場所へと誘導する為に走り出した。


「ま”て”て”て”て”て”てェ”!」


 彼らが必死に走ってその場所まで向かおうとすると、当然の如く悪霊も体を宙に浮かせて雄叫びのようなものを上げて一直線に飛んでくる。


 その速さは単純に考えても障害物がない事から凄まじいものであり、それに対して優司達は隆起した足場の悪い地面を走っている状況であって、少しでも油断しようものなら一瞬で捕まってしまう油断の出来ない現状である。


「くそっ、これ本当にあの場所まで間に合うのか!?」


 背後から追ってきている悪霊の霊気を背中で感じながら優司は息を荒げながら走り続ける。


「優司! こんな所で弱音を吐いてもしょうがないよ! 寧ろさっきまでの威勢は何処に行ったのさ!」


 すると彼の隣を並走していた幽香が真剣な眼差しを向けて、先程見せていた余裕のある態度はどうしたのかと訊ねてきた。


「んなもんとっくに消え去ったわ! 見てみろよあの悪霊のただならぬ気配をよぉ! あんなのゲームで例えたら魔王戦の二回目だぞ!」


 優司はきっぱりとそう言い切ると後ろの方に人差し指を向けて、白装束の尋常ではない気配が迫り来ていることを声を荒げながら告げる。


「ゲームで例えられても分からないよ。……ああ、まったくもう世話が焼けるなぁ!」


 幽香が困ったように眉を顰めて言葉を口にすると、何を思ったのか急に後ろ髪を乱暴に掻き始めて走っていた足をも止めて悪霊と対面するようにその場に立ち止まった。


「ゆ、幽香くん!? 一体何を!?」


 その突然の行為に優司達も足を止めて幽香へと顔を向けると、京一は驚愕の声色を漏らしつつ何をする気なのかと訊ねていた。


「大丈夫です先輩。優司の為にちょっとだけ足止めをするだけですから」


 先輩からの質問に幽香はそう言って答えると徐に制服のポケットに手を入れて何かを探している様子であった。


「食ろうてやらぁ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”あァ”」


 だがその間にも悪霊は赤色の蒸気を撒き散らしながら迫り来ていて、その距離はもはや三メートルほどの近さとなっていた。

 そして白装束はナタを右手に構えて投擲するような姿勢を見せてくると、


「……今だっ! 護符術【二式防御壁】!」


 幽香は相手の動きに合わせるようにしてポケットから二枚の護符を取り出して結界を張った。 

 すると優司の目の前には何時ぞやの廃墟で助けられた時に見たのと同様に、二枚の護符が宙に浮かんで陣を形成すると淡く朱色に光り輝いていた。 


「ぐァっ!? なんだこの壁はァ……小賢しいィ」


 ナタを投げる前に自らの体が結界に接触すると、悪霊と結界の間に僅かにだが電流音のような何かが弾ける音が聞こえた。


「よし、これなら少しは持ちそうだね。……ちょっと優司! 何をぼさっと立っているんだ! 今のうちに走って距離を稼ぐよ!」


 悪霊が結界に弾かれた事で直ぐには越えられないと判断したのか、幽香は振り返りざまに声を掛けながら走り出す。


「お、おう! ありがとうな幽香!」


 そして優司は彼女の咄嗟の行動に呆然と立ち尽くしていたが声を掛けられて正気を取り戻すと感謝の言葉を口にしながら同じく走り出した。


「はぁ……。まったく、幽香くんも意外と行動派なんだな……」


 彼の隣を走る京一は溜息を漏らして彼女の意外な一面を見てしまったかのように小言を呟いていた。


 ――それから暫くしてある程度の距離を稼ぐ事に成功すると、優司の背後からは何かが割れるような音が響き聞こえてきた。


「くっ……。やはり二式では持って数分だったか……」


 その音が結界が破られたものであることを幽香は言うと下唇を噛み締めて苦悶とした表情を浮かべていた。


「ははっ、悄げるな幽香くん。キミの護符術のおかげで俺達は距離を稼ぐ事が出来た。それは素直に誇っていい!」


 京一はそんな彼女を見て励ますように笑みを見せながら声を掛けると、それを横で聞いていた優司はまったくもって同感の意であった。あの時、あの瞬間に幽香が結界を張っていなければ今頃は追いつかれて再び交戦状態に入っていただろうからだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「先輩ッ! この場所が昼間のうちに僕達が準備しておいた場所です!」


 あのまま走り続けて少し開けた場所へと到着すると、幽香は足を止めて京一にこの場所が目的の地であることを教える。


「了解した。あとは二人とも俺がさっき言った通りに配置についてくれ……って大丈夫かい優司くん?」


 それを聞いて頷きながら返事をするとこの場所へと来る途中に彼が事前に”ある話”をしていてそれに従うように言ってきたが、京一は横で両膝を抱えて震えている優司が気になったのか声を掛けていた。


「は、はい! 大丈夫ですとも! こっからが正念場ですからね!」


 息を整えて優司は直ぐに顔を上げるとやる気を満ち満ちと溢れさせて言葉を返す。


「あ、ああまあうん。そうだけど……あまり気張ると逆に失敗するから適度にね?」


 京一にはそれが空回りしているように見えているのか表情が若干引き攣っていた。


「はいっ!」


 彼は先輩の表情を見て瞬時に色々と悟るが取り敢えず元気よく返事をする。 


「やれやれ……。これで失敗したら優司のせいだからね」


 横から幽香が頭を抱えた様子で目を細めながら言ってくる。


「だだ、大丈夫だ! 俺はやってみせるさ! ……それに少しばかし白装束に聞きたい事もあるからな……」


 優司は妙な緊張感に見舞われて声が吃るが何とか笑みを作って答えた。そして彼には悪霊に色々と聞きたい事があり、これから行う事が無事に成功したら問いかけるつもりでいるのだ。


「ん? 何か言ったかい?」


 彼が後半に放った言葉が小さくて聞こえなかったのか幽香は首を傾げて聞き返している。


「あ、いや何でもない。さぁ、準備に取り掛かろう。白装束を”拘束”する為に」


 優司は右手を僅かに上げて首を左右に振ると京一に言われた通りに指定された場所へと移動した。


「何処だァ”人の子ォ”ォ”ォ”ォ”」


 三人が各々の位置に付いて印を結ぶ準備を整え終えると同時に白装束は姿を現した。

 そして周囲を見渡したあと幽香の顔を見るなり、


「あ”あ”あ”あ”見つけたぞォ”人の子よォ。よくも手間を取らせてくれたなァ! お前から先に脳天から食ろうてやるからなァ!」


 凄まじい雄叫びを上げて体から吹き出ている蒸気が段々と熱を帯び始めているのか周りの温度が上がっていくようであった。優司はそれを肌で感じ取ると冷や汗とは別に温度の方で汗が流れ出てきて、只管に暑さに耐えながら京一からの合図を待った。


「あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あァ”!」


 そして悪霊が声にもならない奇声を上げてナタの刃先を幽香に向けると再び浮遊突撃を仕掛けて来た。優司はそれを目の当たりにして先輩はまだ合図を出さないのかと気が気ではなく、一層のこと声を掛けて催促するべきかと口を開こうとしたその時に――――


「二人とも今だッ! 拘束の”印”を結ぶんだ!」


 京一が大声で合図を出すと共に両手で印を組んで霊力を集め始めた。

 

「承知致しましたっ!」

「よっしゃ、待ってたぜぇ! この瞬間をよぉ!」


 幽香と優司も同じく両手を使って印を結ぶと至る所に貼っておいた護符に霊力を送り始める。

 それは偏に昼間のうちに悪霊を拘束する為に準備しておいた”とある護符術”を発動する為に必要な行為であった。


「よし、これぐらい集まれば発動できるな。逝くぞッ! 護符術【冥界の束縛】三式方陣!」


 霊力が集まった事を確認するように呟くと、京一は悪霊へと顔を向けて両手を広げるや否や勢い良く手のひらを合わせて護符術を発動するのであった。

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