21話「少女は幼馴染を守る為に」

 優司が息巻いた行動を見せて京一達が体制を整え直すと、三人は悪霊と視線を合わせたまま事態は膠着状態に陥った。何故なら白装束は先程、彼から銃弾の攻撃を受けたせいで苛立っているのか歯軋りのような嫌な音を出して彼らを睨んでいるからだ。


「せ、先輩……。格好良く言ってみたはものの、この後は一体どうしたら良いですかね?」


 悪霊がいつ動き出しても良いように優司は両手に拳銃を構えつつ、視線もしっかりと前に向けていつでも対応出来るようにしてある。


「……やれやれ。優司くんは思いつきの行動が多いみたいだね。……だが問題はない。こっからはちゃんと指示を出すからね。それとまずは確認なんだけど、二人とも昼間のうちに例の準備は出来たかい? それによって今からの行動が大分変わってくるからさ」


 京一は肩を竦めて脱力した様子で彼に声を掛けるが直ぐに気を取り直した様子で表情を引き締め直すと、二人が昼間の時に護符を木々や地面といった気づかれにくい場所に貼り付けたどうかの確認を訊ねたきた。


「はい、問題ありません。言われた通りに準備はしてあります!」


 刀を構えて視線を一切悪霊から外すことなく幽香は彼に言葉を返す。


「よし上出来だ。ならば今から悪霊をその場所まで誘導して術式を発動する。二人とも印の授業はしっかりと覚えているね?」


 彼女の言葉を受けて褒めるような言葉を口にすると京一は矢継ぎ早に”印”の授業という言葉を言い放った。


 それは特定の護符の術式を発動する為に必要な事で多種多様な印があるのだが、優司達は篠本先生による過酷な実践授業の副産物として二学年前半で習う範囲の印を僅か数週間で叩き込まれたのだ。


「「はいっ!」」


 そんな事もあってか二人は自信に満ち溢れた声色で返事をする。 


「うむ、完璧だ! ……あとは悪霊に悟られないように尚且つ追いつかれない距離感での命懸けの鬼ごっこの開始だッ!」


 京一も篠本先生が担任ならそれぐらいは覚えているだろうとある程度考慮していたのか笑みを見せて答えると、悪霊との鬼ごっこと言う何とも洒落た言い回しで二人に行動開始の合図を告げた。


「さっきから何を小さい声で喋てっているゥ……。ああ、そうかァ。お前たち何かしら企んでいるなァ?」


 だがそこで先程まで静観していた悪霊が突如として口を開くと、妙に勘が鋭いのか三人が移動を開始しようと利き足を動かしたと同時に声を掛けてきた。


「……ッ」


 その突然の言葉に優司は思わず下唇を噛み締める行為をしてまう。


「ひゃひゃッ! 人の子の考えていることなんぞ手に取るように分かるわァ。だが……そう簡単に思い通りにはさせないィ。いでよォ生首の怨念共!」


 悪霊は彼の仕草を見て確信したのか笑い出すと同時にナタを地面に突き刺してから両手を合わせて不穏な言葉を大声で口にした。


 ――――その刹那、白装束の周囲には淡い白色の靄が現れ出して、やがてそれは形を成していくと小動物や人間の生首と言ったものへと姿を変えた。


「なっ!? あ、あれは昼間に見た動物の……。しかも人間の生首はさっきアイツが茂みに捨てたやつじゃ……」


 優司は周りに出現した生首を見て、そのどれもが昼間に見た動物のもであったり先程悪霊が投げ捨てた男性の生首であったりと驚愕の声が漏れた。


「くそッ、二人とも構えろ! 迫り来る動物の生首を攻撃して迎撃するんだッ!」


 悪霊が不敵な笑みを浮かべて右手を振るうと一斉に生首達が彼らの方に向かい飛んできて、京一は直ぐに除霊具を持ち直して全員に声を掛ける。


 ……そして生首達が京一と優司を取り囲むようにして行動を制限してくると、何故か幽香だけは生首が集まってなく自由状態であった。


「なにっ!? こ、これはどういう……ッァ!?」


 幽香は周囲に顔を向けて二人が生首に襲われている光景を目の当たりにすると、その一瞬の間に横からは白装束が疾風の如く姿を見せてナタを振りかざしていた。

 すかさず彼女は悪霊のナタを刀で受け止めると周囲に金切り音を響かせて競り合い始める。


「ひゃひゃっ! お前を先に食ろうてやるゥ。先程まで気づかなかったがァ、どうやらお前はおん――」


 高笑いしながら白装束が目標を定めるとその口振りからは彼女の正体が女性であることに気づいたようであったが、


「チッ、黙れ悪霊風情がッ!」


 幽香は最後まで言わせてないならないと思ったのか大声を出して掻き消した。


「ふっ、まあいいィ……。さっさとお前の血肉を食らって残りの奴らを殺し、姦姦蛇螺様に魂を捧げねばらないィ」


 悪霊は鼻で笑って済ませるとナタを掴んでいる手に力を込めたのか競り合う勢いが増していくと、幽香は片膝を地面に付けて苦悶とした表情を浮かべていた。

 だが彼女は白装束が放った”殺す”という言葉に反応したのか、


「そう簡単に……僕は負けない。僕は優司の守護者だから……彼に危険が迫るのであれば、その一切合切を切り伏せて刀の錆にしてくれるッ!」


 攻撃を耐え忍びつつ顔を上げると口元を歪ませながら自身の確たる意識を言葉に滲ませているようであった。そして幽香は柄を握り締め直すと地に付けていた膝を徐々に上げていき、


「なんだとォ!? どこにそんな押し返すような力がァ……」


 悪霊は突如として溢れ出た彼女の力に驚愕の声を漏らすと共に競り合いの攻防が一転した。


「よし、良いぞ幽香くん! そのまま押し退けて距離を保つんだ!」


 京一は襲い掛かる生首達を次々と小銃を使って撃ち落としながら彼女に指示を出す。


「頑張れ幽香! そんな山姥みたいなやつに押し負けんなぁ!」

 

 優司も生首達の攻撃をなんとか交わしながら顔を向けて応援の声を掛けた。


「ふふっ承知……致しました」


 二人の声に何処か余裕のある笑みを僅かに見せてから幽香は返事をすると、彼女の全身からは霊力が具現化して見えるように紺青色の蒸気が立ち込め始めていた。


「いくぞ悪霊。御巫流、受け流しの型”天津”ッ!」


 そのまま幽香は御巫流の技を使用すると、刃先で受け止めていたナタを滑らせるようにして往なすと大地を蹴り上げて一気に悪霊の懐へと潜り込む。


「な、なんだこの……力があらぬ方向に受け流されェ……く”あ”ぁ”っ”!?」


 白装束は自身のナタが意図も簡単に受け流された事に驚愕の声を漏らすが、懐に潜り込んだ幽香によって腹部に横一直の斬撃を無防備の状態で受けて苦痛にまみれた声を荒げた。


「ナイスだぜ幽香ぁ!」


 最後の生首を撃ち落として除霊を終えると優司は悪霊の断末魔を聞いて急いで振り返って歓喜の声を彼女に向けた。

 そして彼の隣では同じく京一が最後の生首を迎撃していて親指にぐっと力を入れて上げていた。


「よし、致命傷にはならなくとも幽香くんの一撃でかなり霊力は削げた筈だ。だとしたら好機は今しかない。二人とも! 当初の目的を果たす時がきた! 悪霊を引きつけつつ例の場所へと向かうぞ!」


 京一が上げていた親指を下げて状態を確認するように集団に視線を向けると今この状態が絶好の展開だと考えたのか、優司達に護符が仕掛けてある場所まで悪霊を誘導すると言い放った。


「「了解です!」」


 未だに白装束は腹部の攻撃が効いているのか息を荒げてよろめいているが、優司達もこの一世一代の機会を逃す訳にはいかないと考えたのか返事をして直ぐに走れる体制を整えた。


「おのれェ……おのれおのれおのれおのれおのれェェェェッ! 人の子の分際で調子に乗りやがってェ! もう魂を捧げるなんぞ辞めだァ! お前達は血肉だけではなく骨までしゃぶり尽くして全てを食ろうてやるからなァ”ァ”ァ”ァ”!」


 白装束は全身を震えさせると勢い良く顔を上げて、先程まで何もなかった目の部分が急に赤みを帯びていき、青白く光っていた体の輪郭も徐々に血のような赤色へと変化していくのであった。


「二人とも……どうやら向こうも本気になったようだ。絶対に捕まらないようにねっ!」


 悪霊のただならない変化を感じ取ったのか京一は額に汗のような雫を滲ませて二人に声を掛けると、これから自分達が行う事が命懸けの行為であることを優司は本能的に悟るのであった。

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