3話「俺は助かった。がしかし親友達は……」

 優司が気絶してどのくらいの時間が経ったのだろうか、小鳥の囀りが聞こえてくると共にお経らしき言葉が流れてくると彼は目を開けて起き上がる。


「あっ!? 俺は一体何を……あ、あれは夢だったのか?」


 まだ半分ぐらい脳が眠っている気がするが、願わくばあれが夢であって欲しいと思うと同時に優司は辺りに視線を向けた。

 どうやらここは広い和室のようで、周りには高そうな掛軸や書物らしき物が隅に置かれている。


「本当に夢なのか? ……あっ!?」


 一度もこんな場所には来たことがないと確信すると、彼はいよいよこれは夢なのではと疑った。

 ……だがその時、彼の右腕に鈍い痛みが走ったのだ。


「チッなんだよ? ……なぁ!? こ、これは!」


 痛みの元を確認する為に右腕を自分の前に突き出すと、そこには黒い痣のような何か不気味な模様が施されていたのだ。しかもその部分はあの黒いもやが皮膚を貫通してきた場所と一致する。


 優司はそれを見た途端に物凄い不安と恐怖が湧き起り消そうと必死に腕を掻き毟った。

 しかしそれでも……、


「クソクソッ! 何で消えないんだよ! ふざけんなよ!!」


 その黒い不気味な痣は消えることはなく皮膚から血が少し流れただけだった。

 そしてそんな事をしていると段々と足音が近づいてきて、やがてこの部屋の前で止まった。


「んんっ、失礼するぞ。……おや? もう起きていたのか。あの惨劇の後だというのに体力だけは相変わらずの様だな」


 そういって部屋の障子を開けて入ってきたのは、あの廃墟で彼を助けてくれた巫女だ。

 しかし巫女は今、巫女装束を着てなく上下ジャージ姿というラフな格好だ。

 それと気のせいだろうか、彼女の声があの時と比べて少し低い気がした。 


 だが巫女の登場により、やはりあれが夢でなく現実だということも認識させられる。

 あの時、自分だけが”生き残った”という現実が闇を帯びると優司は心を蝕まれていくのが分かった。


「あれは夢ではなかったんだな。……ああ、そうだ。あの時は助けてくれてありがとう。それと巫女さんは何で俺の事を知っているんだ? それに相変わらずって何だ?」


 助けてくれた事に再び礼を言うと彼は巫女が言った言葉に引っかかりを覚えていて質問することにした。

 あの時は焦っていてそれどころじゃなかったが何故この巫女は自分の名前を知っていて、しかもまるで友達のように親しい感じで話し掛けて来るのかというのが優司の中で疑問だったのだ。


「まあそんなに焦るな優司。今から昨日起こった出来事やそれらを含めた大事な話をする。体が動くのなら本堂の方に行こう。そこで父さんが待っているからな」

「あ、ああ分かった。付いて行くよ。俺には親友達がどうなったのか知る権利があるからな」


 彼は体を起こして布団から出ると右腕に違和感を覚えながらも、前を歩く巫女の後を付いて歩いた。そして建物の廊下を歩いている時に壁に掛かっている時計を発見して時刻を確認したが、どうやら今は午前九時のようだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 暫く中を歩いているとこの建物を実態が掴めてきた。ここは恐らくお寺と言われる場所だろう。

 外には池や砂利が敷かれてい日本庭園を彷彿とさせて、とある部屋には大量のお坊さんが法衣を着てお経を唱えているのが何よりも印象的だった。


「さあ本堂に着いたよ優司。ここでなら少しは右腕の違和感が抑えられると思うよ」


 そんな優司の言葉に巫女は微笑みを見せて返す。


「気づいていたのか……。本当に何者なんだ? 巫女さんは」


 そして彼は木製で作られた扉を開けると中へと足を踏み入れた。


「し、失礼します……。ってなんだあれは!?」


 恐る恐る中へと入ると、そこには大きな仏像が部屋の奥に鎮座していて優司は少しだけ怖気付いた。


「やあ、良く眠れたかい優司君?」

「あ、貴方は昨日の……」


 横から音もなくお坊さんが現れるとその人は昨日彼が気を失う前に話し掛けていた人物、巫女のお父さんで間違いなかった。

 その姿は綺麗な丸坊主頭に萌黄色をした法衣を身に着けて誠実そうなイメージの人だ。


「どうだい? 本堂に入ってから右腕の痛みは和らいだんじゃないかな?」

「あっ、確かに……。さっきまでの鈍い痛みが今は収まっている気がする」

「ははっそうだろう。ここは”悪霊”共が唯一干渉できない”聖域”だからね」


 お坊さんは笑いながらこの本堂が聖域だと言うと優司の頭の中は混乱していた。

 腕の痛みが収まっているのは確かに事実だ。

 がしかし、だからと言って悪霊や聖域という言葉は彼には理解できない次元の話だった。


「ああ、ごめんね。いきなり色んな事を言っても混乱しちゃうよね。まずは自己紹介をしようか。私はこの寺を管轄している住職の【御巫みかんなぎ鳳二ほうじ】だ。一応この寺は不動明王を崇拝していね。そのおかげで優司君の腕は今は大丈夫なんだよ。邪が抑えられているからね」


 鳳二は綺麗な言葉使いで自己紹介してくれると、優司の記憶の片隅には”御巫”という言葉が妙に色濃く残っている気がした。しかも初対面の筈なのに何処か懐かしい気分までするのだ。


「んんっ、次は僕の番だよ」

「えっ僕?「しっ黙って」……はい」


 急に巫女の一人称が変わった事で彼は思わず声を出してしまうと、彼女は目を細めて黙って聞くようにと言った雰囲気を漂わせてきた。


「まず優司は忘れていると思うけど、君と僕は小学生三年の頃までずっと一緒に過ごしていて”幼馴染”だったんだ。……たぶん僕の見た目があの時と違うから気付いていないと思うけど。しかし、この写真を見れば全てを思い出すと思うんだ!」

   

 そう言って巫女はジャージのポケットから一枚の写真を取り出すとそれを見せてきた。

 優司はその写真に視線を向けると、まるで錆び付いていた南京錠が開錠さるような感覚で忘れていた在りし日の記憶が次々と呼び起こされていく不思議な現象に襲われた。


「ほら見てよ優司! 僕と君が一緒に遊んでいる所だ! ……だからお願いだよ、思い出して僕の名前は「御巫幽香……だろ?」ゆ、優司!?」


 泣きそうな顔をして必死に写真を見せてくる幼馴染の名は既に優司の中で分っていた。

 そう、【御巫幽香みかんなぎゆうか】だ。

 幼い頃に彼と共に過ごして一緒に山を駆けたりして遊んだ優司の大事な幼馴染。


「ま、まさかあの催眠術が解かれるなんて……。優司君、君は全てを思い出したのかい?」


 目を丸くさせながら驚いた様子で鳳二は尋ねるてくる。


「いいえ、きっと全ては思い出せてないです。だけど、大切な幼馴染との記憶は思い出せました」


 優司は催眠術という単語が気になりはしたが、今はそれよりも幽香との記憶を思い出せただけでも凄く嬉しかった。


 しかし鳳二が言っている通り彼の記憶にはまだ霧のようなものが蔓延っている状態で、まだ自分自身でもはっきりとしていない記憶がある事も優司は悟っていた。


「あぁぁっ優司!! 思い出してくれて嬉しいぞ!」

「お、おう……取り敢えず落ち着こうな? それと気になっていたのだが、俺の知っている幽香は”男”の筈なんだけど?」


 泣きじゃくった表情で抱きついて服に顔を埋めてくる幽香に向かって、彼は記憶を取り戻してからの違和感を聞くことした。

 

 そうなのだ、優司が覚えている記憶では幽香はずっと男だったのだ。

 だか何故だろうか、彼の目の前に居るのは誰がどう見ても男のそれはなく美少女の容姿なのだ。


 今はジャージ姿でラフな格好をしているが長い濡羽色の髪はちゃんと白色の髪飾りで縛ってポニーテールを作っていて肌はもちもちとしていそうで美白だ。


「そ、それは……きっと優司の記憶間違いじゃないのか? あははっ」


 幽香は彼から離れると露骨に愛想笑いしながら目を泳がせまくっていた。

 何とも分かり易い性格だ。きっと嘘とかつけないんだろうなと優司は思った。


「いいや、これは記憶間違い何かじゃないな! 俺は確かに覚えているぞ! 幽香は絶対的に男だった! あんな”巨乳”を持っている美少女ではなかっ……ぐあぁ!?」

「大きな声で巨乳言うな! 馬鹿優司!」


 彼は記憶を呼び起こした事で幼馴染の性別を確認しようとしただけで何も間違えた事は言っていないのだが、幽香から鉄拳制裁を食らって空腹の胃が押しつぶされた。


「ゆ、幽香……拳で殴るとか卑怯だぞ……。いつからそんな暴力的に……」


 空腹の状態での外的ダメージは相当に効いて優司はその場に蹲る。


「ふんっ! 自業自得だ馬鹿者!」


 両腕を組んで見下しながら幽香は言ってきた。


「まぁまぁ幽香も落ち着いて。優司君が思い出してくれたが嬉しいのは分かるけど、今は事情を説明する方が先でその合間に”体質”の事を話しなさい」

「あっ……ご、ごめんなさい父さん。分かりました」


 鳳二が怒っている幽香を落ち着かせると場の空気は改めてことの事情を話す流れとなった。

 優司は未だに腹部のダメージが大きいが、なんとか手を腹に添えて立ち上がると全ての事情を聞く覚悟を決めた。


「お願いします鳳二さん! あの廃墟で起こった事や、この腕の痣について全て教えて下さい! ……俺は全てを受け入れる覚悟です!」

「うむっよろしい! 男の子はそれぐらいの元気と勇気がないとね」


 彼が勢い良く一礼をすると鳳二は活気のある声で返してきた。

 そして優司が頭を上げると彼はあの廃墟で起こった真実を話し始めるのだった。

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