2話「謎の巫女少女、現る」

 二人が黒い人型の何かによって連れ去られたあと、優司と右京は呆然と立ち尽くしているしかなかった。それはあっという間の出来事であり、黒い何かは佳孝達の足を掴み廊下へと引きずりだし、そのまま奥の方へと消えていったのだ。


 恐らくだが、あの二人が連れて行かれたのは優司が最初に探索していた部屋だろう。

 廊下の奥はその部屋しかないのだ。


「お、おい。何だよあれは!? それに佳孝達はどこに行っちまったんだよ!」


 右京は目の前で起こった出来事に理解が追いつかないのか、気を動転させながら優司の肩を掴んできた。


「分かんねえよ! ただ……この廊下の先には部屋があるんだ……」


 肩を掴まれながらも彼は知っている事のみしか話せなかった。

 というより今現在情報はそれしかないのだ。


「チッ……クソが! 助けにいくぞ優司! アイツらを見捨てたままにはできない!」


 右京は手を退けると何かを考えた素振りを見せたあと乱暴に頭を掻きながら彼の方を向いた。


「ああ、もちろんだ。だが相手は訳のわからん黒い人型の何かだ。こっちもそれなりに武装した方が良い」


 優司はそれに対して頷きながら答える。例え目の前で非現実的な事が起こったとしても、このまま佳孝達を見捨てるという事は到底できないのだ。

 

 これでもあの二人は中学校生活の苦楽を共に過ごしてきた大事な親友達。

 その絆は優司にとって何ものにも代え難いのだ。


「そうだな。よし優司はこの鉄パイプを使ってくれ。俺は角材を使う」


 右京はそう言って近くに落ちている錆びた鉄パイプを拾い上げて渡してきた。

 優司がそれを受け取ると次に右京は壁から手に持ちやすい角材を引き剥がしていた。

 この廃墟は朽ちかけている事から至る所が脆い、ゆえに簡単に引き剥がす事が可能だ。


「これで準備は大丈夫だな。あとは警戒しながら俺が最初に探索した部屋に行くのみだ。ビビるなよ右京」

「はっ誰に言ってんだ。もうビビらねえよ。それに……ダチを攫ったあの黒いもやだけは許せねえ」


 二人は互いに拳を合わせて覚悟を決めると、懐中電灯で廊下を照らしながら奥の部屋を目指して足を進め始めた。だが廊下に足を踏み入れた瞬間、優司は体を内側から物凄い勢いで揺さぶられたような感覚に陥る。

 

「ぐあぁつ!? なんだこれ……気持ち悪い……」


 突然体の内から不快感らしき感情が湧き起こってくると、彼は壁に肩をもたれさせ乱れた呼吸を整えようとした。


「おい大丈夫か!? しっかりしろ!」


 右京は直ぐに周りを懐中電灯で照らして警戒すると、どうやらこの現象は彼だけに起きたものだと推測できる。しかし悪寒や視線の数々はよっぽど経験してきたつもりの優司だったが……まさか体の内からとは流石に予想外の事だった。


「はぁはぁ……あ、ああもう大丈夫だ。いらん心配をさせてすまないな」


 優司は呼吸を整えて体の内の不快感を抑えると動けるまでに体は回復した。


「まったくだぜ。てっきりあの黒いもやに殺られたのかと思ったぜ……はぁ」


 そしてその様子を見ていた右京は安堵したのか彼に顔を向けながら少し笑みを零していた。


「さあ、さっさと行くぞ。あの黒いもやに捕まったアイツらが心配だ」

「だな。もし佳孝達に何かあったら俺はこの廃墟事燃やしてやる」


 再び二人が廊下奥の部屋を目指して歩き始めると、懐中電灯が照らす先に何か反射する物が落ちている事に優司は気がづいた。


「な、なあ。あれって祐也が持っていた手鏡じゃないか……?」


 右京もその存在に気づいたらしく彼に言うと確かに落ちている物はあの黒い手鏡であった。


「ああ、間違いない。あれは祐也が俺達に見せてきた手鏡で元凶の物だ」

「ということはやっぱり、アイツらはこの先の部屋に居るんだな……」


 優司は何かの役に立つと思い手鏡を拾ってそれをポケットに入れると、背後では右京が懐中電灯でこの先の部屋を照らしながら呟いている。


 佳孝達が連れて行かれた部屋はもう彼らの目の前にあるのだ。

 だが不可思議な事に、その部屋の入口がしっかりと閉まっているようだ。

 

 優司がこの部屋を後にした時、入口を閉じた覚えはない。

 つまり……確実にこの奥に”何か”が居ると分かる。


「俺が入口を開けるから、優司が先に中に入って状況を確認してくれ。いいな?」


 右京は部屋を前にして最後の確認を行う。


「任せろ。アイツらが居たら直ぐに連れ出してこっから逃げてやる」


 先に優司が中へと入って捕まっている二人を助ける事となった。

 例え二人が気絶していも彼は絶対に二人を引っ張りだし引きずってでも助けると決めている。


「よし、スリーカウントでいくぞ! 3……2……1いまだい「あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ」」


 それはまたしもて突然の出来事であった。右京が入口の横に着いてカウントをしてから入口を開ける予定だったのだが、カウント後に起こったのは本当に最悪な事であった。


「畜生ッ! 離しやがれクソが!」

「右京! 今助けるぞ!」


 そう、カウントが終わったと同時に黒い何かが姿を現して、右京の体全体を包み込むように絡み始めたのだ。優司はこのままではやばいと判断すると彼を助けようと近づくのだが、


「ぐあきいあがおた!」


 その黒い何かは人語ではない言葉を発しながら優司に黒いもやの塊を放ってきた。

 しかし避ける間もなく彼は至近距離でそれを食らってしまい廊下の壁に衝突すると、背中を壁に擦らせながら動けなくなった。まるで金縛りにあったように。


「あがっ……う、右京……」


 優司はそれでも声を必死に出そうとすると、口からは空気が抜けていくように掠れ掠れであった。


「うぁあっぁっああああ!」


 そして彼の前で全身を黒いもやに包まれた右京はやがて抵抗する動きもなくなり、黒いもやが離れていくと同時に廊下に倒れ込んだ。


「……す、すまない……助けてやれなかった……」


 右京が目の前で倒れ込むと優司の体は不思議と動けるようになっていた。

 だが今動けるようになったとしても一体彼に何が出来るというのだ。


 優司は視線を目の前の黒い何かに向けると、それは最初に見たときよりも鮮明に人へと形が近づいているように見えた。

 輪郭や手足、全てがもやから形のあるものへと変わっているのだ。


「ままだだだだだだ! りりりりななあいいいい!」

「何言ってんだよ……。このクソもやが……」


 その黒いもやは何かを喋っているのか彼の方へとゆっくりと近づいてきた。

 優司はせめてもの抵抗で持っていた鉄パイプを黒い何かに向かって投げてみるが効果はなかった。体をすり抜けてしまい意味がないのだ。


 ――やがてその黒い何かは直ぐ近くに立つと優司は自分の死を悟った。

 しかし黒い何かは顔らしき部位を近づけてくると意味の分からない言葉を囁いてきたのだ。


「い、いちちちねんんんんんんごおごごごくうくうくうくうくうくううううあああ!」

「はぁ……? 一年後食う? 一体なにを言って……あがッ!?」


 その言葉の意味は分からなかったが黒いもやの一部が切り離されて優司の右腕に纏わり付くと、皮膚を貫通して中へと入っていき腕に強烈な痛みが走った。


「ッ……!」


 その痛みのせいで声も碌に出せず意識を手放そうとしていると、優司達が歩いてきた方の廊下から何かが走り寄ってくる音が聞こえてきた。

 ――そして足音は彼の直ぐ横で止まると、


「優司から離れろ! このがっ!」


 その声が聞こえると共に優司の視界には瑞々しい濡羽色の髪に白色の髪飾りを付けた女性が巫女装束を身に纏い黒い何かに立ち塞がる姿が見えた。

 しかも背丈的に恐らく優司と同年代だろう。


 そして何故鮮明に見えるかと言うと右京が襲われて倒れた時に手放した懐中電灯が運良くその姿を照らしてくれたのだ。それにこの女性の声は不思議と何処か懐かしいような気分になり、優司は腕の痛みが少し和らいだ気がした。

 

「遅くなってすまない優司。助けに来た。歩けそうか?」

「き、君は一体誰なんだ……何故俺の名前を……」


 巫女服を着た女性は銀色に輝く刀らしき物を手にして、刃先を黒い何かに向けながら彼に言葉を掛けて意識を保たせようとしていた。


「詳しい話は後でする。今はここから逃げる事を考えくれ。……本来なら私がもっと早くに来ていれば、こんな最悪の状況にはならなかったんだ。私は優司のなのに……まったくもって不甲斐ない……だが優司だけは何としても守ろう」


 巫女服を着た女性は廊下に倒れている右京を見て唇を歪ませるながら言っていた。

 彼はその言葉を聞いて大体を察すると、何とか残っている力を使って立ち上がる事が出来た。


「こ、ここから出たら、詳しい話を頼むぞ……巫女さん」

「うむ、約束は守ろう。では、私が合図したら急いで出口に向かって走るんだ。いいな? いくぞ、御符術【三式防御壁】!」


 巫女は彼の言葉に頷くと胸の谷間から御札を三枚取り出してその場に投げると”御符術”という言葉を叫んだ。

 恐らくこれが合図だろうと思い、優司は全力で廃墟から出る事を目的とし廊下を走り始めた。


「ああ、クソッ。痛みが和らいだとしてもまだ足腰に力が上手く入らないな……」


 優司自身は必死に走っていると思っていても、それは緩やかなジョギング程度の速さしか出ていないのか後ろから走り迫って来る音が聞こえた。


「焦らなくとも大丈夫だ優司。私の術で暫くは足止めが出来る筈だからな。……それと出来るだけ私に密着してくれ。でないと私は優司を守護できないからな」

「あ、ああ分かった。まったく今日は非現実的な事ばかり起きやがる……」


 彼は巫女に支えられながら何とか足を進めて廃墟から脱出する事が出来ると、外には大勢のお坊さんらしき人達が数珠を持ちながらお経らしき言葉を唱えている場面に遭遇した。


「取り敢えず外に出られれば安心だ。私はお父さんを呼んでくるから、ここでじっとしていてくれ」

「あ、ああ分かった。……えっお、お父さん?」


 巫女は優司を木の下まで連れて行くと、その言葉を残してお坊さん達が居る方へと駆けて行く。 

 しかし彼はそこでようやく安堵出来たと同時に、この異様な状況は一体何だという疑問も浮かんできた。だけど今の優司はそんな事よりも……、


「俺は一体何を見てしまったのだろうか……。そして俺の目の前で親友三人が……ああ、クソクソクソッ! 俺達が一体何をしたって言うんだよ! ただの思い出作りの筈だったのに……何でこんな事に……」


 一安心したことで思考がようやくまともに動き出すと先程まで体験していた事や目の前で親友達が襲われていく光景がフラッシュバックしてきて彼は地面を何度も拳で叩いた。

 

「そんな事をしても時間や友達は戻ってこないよ。君達は解いてはいけない”封印”を解いてしまったからね」

「あ、貴方は? う”っ”頭が……」


 優司が意識を失う前に声を掛けてきたお坊さんは恐らく巫女が呼びに行った”お父さん”だろう。後から巫女が走り寄ってくる姿が見えたから恐らくそうである。

 ……けれど彼はこのお坊さんを見て昔どこかで会っている気がして――――

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