一途な気持ち

「やっと君を独り占めできる」


 悪びれなくそんなことを言ってきたサディアスに移動魔法で連れてこられた場所は、人気のないバルコニーだった。

 会場からは離れているのか、喧騒も聞こえてこない。


「サディアス様って、たまに大胆ですよね」

 夜にパトリシアの部屋に忍び込んで来た時といい、油断ならない一面がある。


「仕方ないだろ。君を会場からさらわなければ、君が俺以外の男ともダンスを踊ることになってしまいそうだったからね」

 なにか大事な話でもあるのかと思えば、想像より大人げない理由にパトリシアは吹き出した。


「ふふ、サディアス様……改めて、おめでとうございます」

「うん、ありがとう」


 今日、ゆっくり二人きりで話せるのは初めてだったので、パトリシアはようやく試合に勝った彼へお祝いの言葉を伝えることができた。


「やっと、過去を清算できた気がするよ」

 サディアスは、清々しい顔をしている。


「わたしも……ここから新しいスタートに立てる。今は、そんな気持ちです」

 アニメと同じ結末は迎えなかった今、この先どんなことが起こるのかは、もう分からない。


 けれど人生とは、本来そういうものだ。

 もう、起きるかもしれない最悪の未来に怯えながら生きなくていい。パトリシアの心は、そんな解放感に包まれていた。


 これから自分の未来には、どんなことが待っているのだろう。

 ワクワクする気持ちと共に、隣にいるサディアスへ視線を向けると彼と目が合う。


 これからもこんな風に笑い合いながら彼と一緒にいたいなとパトリシアは思った。


 伝えてもいいのだろうか。それとも、この想いは、胸に秘めておいたほうがいいのだろうか。


 だが、迷っているうちに、真剣な目をしたサディアスが口を開く。


「……君に伝えたいことがあるんだ」


 改まった雰囲気になり、パトリシアも姿勢を正した。


「…………」

「…………?」


 サディアスは、なんだか少し緊張しているようだった。王室の秘密さえ、さらっと暴露した彼が躊躇するなんて、よほどのことを告げられるのかと、パトリシアの表情も僅かに強張るが。


「パトリシア、ずっと君が好きだったよ」

「え……」


「子供の頃から、君だけを思い続けてきた。たとえ、一生叶わない気持ちだったとしても……君を想わずにはいられなかった」


 切ない感情の滲む瞳に、パトリシアの胸もきゅっと締め付けられる思いがした。


 自分は、アニメの結末に怯え、その気持ちに気づいてあげることさえできなかったのに。

 彼は、そんな自分を、それでもずっと思い続けてくれていたなんて。


「でも、今ならなんのしがらみもなく言える。結婚を前提に付き合ってほしい。俺の恋人になってください」


 今までの自分なら、信じられなかったかもしれない。どうせ最後にはカレンのもとへ行くのだろうと。けれど、今なら素直に信じられる。


 そして同じ気持ちであることが嬉しい。


 命がけで彼が助けてくれたあの夜、サディアスを失いたくないと思ったあの瞬間、パトリシアは自分の想いを自覚せずにはいられなかったのだから。


「わたしも、サディアス様が好きです」


「え…………本当に?」

 迷いなく答えると、受け入れられた途端サディアスは驚いた顔をする。


「ふふ、本当です。でも……わたしを婚約者にしていいんですか?」

「当然だよ! 君以外考えられない」

 そう言いながら、感極まったようにサディアスはパトリシアを抱き締めてきた。


「だって、せっかく聖女を王妃にはしないと、陛下が宣言なさったばかりなのに……」

 本物の刻印を授かったことは秘密にしているけれど、元聖女候補だった自分が王妃になっては意味がないんじゃないか。そんな不安が頭を過る。


「なんの問題もないさ。父上は、王妃が刻印を持つ聖女である必要はないと言ったんだ。聖女を王妃にしてはいけないわけじゃない」

「そう?」


「なんの心配もいらないよ。聖女以外を王妃にするというこれからの前例は、俺たちの子供に託してもいい」

「そっか……そうね」


 いつか自分達の間に子供が生まれ、その子が男児で聖女以外を王妃に望んだら、しきたりに囚われずその想いを叶えてあげられる、そんな未来は素敵だなとパトリシアも思った。


「それに……もう君は俺の恋人だ。取り消しは聞けない」


 パトリシアを求めるような彼の綺麗な瞳に、思わず見惚れてしまいそうになる。


 「取り消しなんてしない」と伝えるとサディアスは、愛おしそうにそんなパトリシアへ手を伸ばす。


「君に触れても良い?」

 黙って頷くと、彼は壊れ物を扱うようにパトリシアの黒髪に触れた。


 優しく撫で、指で髪を梳き、毛先を指に絡め、その一房に口付ける。


 髪に触れられているだけなのに、その視線や仕草の一つ一つに甘い色気が含まれているようで……また彼の新たな一面を知れた気がした。


「ずっと、君に触れたかった。まだ、夢みたいだ」

「夢じゃないわ」

「じゃあ……もっと、夢じゃないって実感させて?」


 サディアスは焦がれた声で囁くと、パトリシアの唇に想いの籠った甘い口付けをくれたのだった。

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