終章

エピローグ

「ねえ、パティ。本当にサディアス殿下と恋人同士なのよね?」

 冬休みが明けてまだ三日目の休み時間。移動教室へ向かう途中の廊下でマリーにこっそりと聞かれた。


「うん、どうして?」

「だって、全然そんな雰囲気に見えなくて」

 彼女は納得できないと言った顔をしている。


 マリーと冬休み中に会った際、彼女にはサディアスとの事を伝えた。

 彼女は、それを自分のことのように喜んでくれて、自分もついにバレットと付き合いだしたと教えてくれたのだが。


 今日サディアスとバレットを交えた四人で昼食を取った際、態度がなんだか他人行儀に見えたらしい。


「廊下ですれ違う時も、会釈をするだけで素通りだったし」

「だって、今は内緒で付き合ってるんだもの。態度に出てたらだめでしょ」

「そうね、そう言われると二人とも完璧な振る舞いだけど……」


 付き合って早々上手くいってないのかとマリーに心配されてしまったので、そんなことないよと伝えた。




 あれからパトリシアとサディアスは、色々と話し合って、しばらく周りには内緒で付き合うことになった。

 聖女を王妃にする制度を廃止して早々パトリシアを婚約者に据え置くことに問題が起きたとかではない。


 だが、未だブレントを王に推す派閥も燻っており、パトリシアがそれらに巻き込まれないよう、もう少し王室の雰囲気が落ち着くまで公にするのは控えようと言うことになったのだ。


 少々過保護な気もするが、いつも自分のことを考えて動いてくれる優しい恋人に、パトリシアは感謝の気持ちでいっぱいだった。






 とはいえ、恋人同士だということがバレれば、立場上すぐに婚約するよう言われてしまうだろう。そんな事情から、あまり二人きりでデートもできない。


 上流階級の人々が集うような場所ではだが……


 だからパトリシアとサディアスは、たまに夜お忍びで城下町へ出掛けるようになった。




 今日も、いつものように移動魔法で部屋まで迎えに来てくれた彼に連れられ、パトリシアは夜の城下町を歩く。


「ふふ、見慣れているからか、やっぱりその姿の時の方が安心するかも」


 庶民的な服装でいれば街をぶらつく二人を誰も気に留めたりはしない。ただ、やはりオッドアイ含め、美形すぎるサディアスの容姿は目立つので、お馴染みの眼鏡も着用してもらっている。


「俺は、君にもローブを被るなりして顔を隠してもらいたい気分だよ」

「なんで?」

 この辺りにパトリシアの立場を知る者なんていないのだから、必要ないはずだが。


「たまにゴロツキみたいな奴らが、君の事いやらしい目で見てくるから」

「大丈夫よ。それぐらい、自力でねじ伏せられるもの」

「そういう問題じゃなくてね……」


「あ、見えてきた! 行きましょう!」

 サディアスは、なにか言いたげな顔をしていたけれど、目的の場所をみつけ楽しげなパトリシアに手を引かれると、なにも言わずにその手を握り返してくれた。






「わぁ、さすがに人が沢山ね」


 今日は、真冬の花火大会があるということで、王立図書館の屋上を夜も一般人に解放していることを聞きやってきた。


 貴賓席など用意されていないここなら、貴族たちに遭遇する心配も無用だ。


 やがて花火が始まりパトリシアとサディアスは、並んで夜空を見上げた。


「綺麗……花火なんて去年の夏の学院祭以来」

 あの時は、カレンのことがあり純粋に楽しめなかったが、今日は思う存分満喫できそうだ。


「俺も……あの頃は、一生叶わないと思ってた。君がこうして俺の隣にいてくれること」

 サディアスは感慨深そうに呟く。


「……今年の後夜祭は一緒に過ごせたら良いですね」

「もちろん、一緒に過ごそう」

 ずっと繋いでいた手に力を籠めると、彼もぎゅっと握り返してくれた。


「ねえ、パトリシア」

 優しく手を引かれサディアスの方に顔を向けると、ちゅっと柔らかい感触が唇に触れる。


「っ、こんなところで……」

「大丈夫、誰も見てない。それに皆してるから」

「えっ!」


 いつもの冗談かと思ったが、周りを見渡すと全員とまではいかなくとも、キスをしているカップルが沢山いる。


「もしかして、知らないで来たの? この花火大会にはね、恋人と観ながら願い事を言ってキスをすると叶うってジンクスがあるんだよ」

「へー」


 知らなかったけれど、周りにいるカップルの様子を見るに本当なのだろう。


「ほら、君も願い事を言ってみたら?」


 そんな突然言われても、出てこない。こんなに穏やかな気持ちで過ごせる日々が来るなんて思っていなかったし、パトリシアにとっては今がすでに、毎日宝物のような時間だから。


「思いつかないの? じゃあ、俺の願いを言ってくね」

「っ!」


 今年の聖夜祭はゆっくり二人で楽しめますように。パトリシアが、他の男に目移りしませんように。もっと、俺の事を好きになってくれますように。


 一つ一つを言葉にしながらサディアスは、パトリシアの髪に瞼に頬に口付けてゆく。


 そのうち邪魔になった眼鏡を外して「好きだよ」「可愛い」「愛してる」などと言いながら、耳朶に鼻の頭に額に、キスが続いた。


「もう、願い事はどこにいったの?」

 パトリシアがくすぐったくてクスクス笑うと、それを見たサディアスは、幸せそうにうっとりと目を細める。


 彼のそんな表情を見て、パトリシアは温かな気持ちで胸が満たされてゆくのを感じた。


「こんな風に幸せな毎日が、これからもずーっと続きますように」


 そう呟いてサディアスの顔を引き寄せ背伸びをすると……パトリシアは自分からも願いを込めてキスをする。


「っ……不意打ちはずるいよ」

「ふふ、仕返しです」


 自分からは平気でするのに、不意を突かれたサディアスが僅かに頬を赤らめたのを見て、パトリシアは、してやったりと幸せそうに笑ったのだった。




END



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《あとがき》


 最後までお読みくださりありがとうございました!

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