五章 王位争奪戦

ヒロインと悪役令嬢

 あの騒動で捕まったチェンバレン伯爵の自白により、徐々に彼の企みも明るみに出だした。


 ブレントは伯爵の力で魅了の魔法により洗脳されていたことが発覚。そうしてブレントの精神を侵し、いずれは裏からこの国を操ろうとしていたようだ。


 魅了の術が解けたブレントは、部屋に籠って出てこない。しかし王妃や彼の周りの人々は洗脳が解けたのだから、王位継承権を戻すようにと陛下に毎日激しい抗議をしているらしい。


 地下に幽閉されているカレンはと言うと、チェンバレン伯爵に脅され聖女のフリをしていただけで、自分はブレントを心から愛していたと無実を主張。


 さらに彼女は、自分はパトリシアが仕組んだ陰謀に嵌められた被害者だと訴えていると言う。






 マクレイン家襲撃事件から三日後。


 パトリシアはサディアスに言って城の地下牢へ通してもらった。カレンに会うためだ。

 彼女と二人きりで話したいと頼むと、彼は五分だけ時間を用意してくれた。


 これで遠慮なく彼女に聞きたかったことが聞ける。


 コツコツと近づいてきた足音に気付き顔を上げたカレンは、パトリシアを見た途端、あからさまに憎しみの籠った目付きに変わった。


「……ヒロインの座を、乗っ取った気分はどうですか? さぞ気持ちが良いでしょうね」


 その言葉だけで、聞くまでもなく分かる。彼女は自分と同じ前世の記憶を持った転生者だということが。


「なんか言いなさいよ。あなたも転生者なんでしょ?」

 そう問われパトリシアが頷いても、カレンは驚かない。

 彼女も薄々は、気付いていたのだろう。


「だと思った……じゃなきゃ、おかしいもの。マクレイン家の養子に入るのはわたしのはずだったのに! サディアス王子がその素顔を一番最初に見せてくれるのはわたしのはずだったのに! 全部あなたがわたしから奪った!!」


「マクレイン家の養子になったのは偶然だよ。あなたを陥れようと奪ったわけじゃない」


 その言葉を聞いた途端、カレンはさらに怒りで顔を歪ませる。


「だからなに? わたしは悪くないから、自分の代わりに処刑されてねとでも頼みにきたの? 本当は、地下牢に幽閉されるべきはあなたのほうなのに!!」


 カレンは鉄格子を握りしめ、目にいっぱいの涙を溜めてこちらを睨み続ける。


「わたしは、あなたのせいでこんなに辛い目に遭ってるのよ!!」

 パトリシアはそんな彼女から目を逸らすことなく、はっきりと返した。


「わたしのせい? 確かにわたしは処刑される運命が嫌で抗った。けど、抗っただけ。カレンさんが捕まったのは、刻印を偽装して聖女のフリをしたからでしょ」


「なっ!? わたしが悪いっていうの!!」


「あなたはずっとわたしを悪者扱いしているけど、嘘までついて、わたしを陥れようとしたのはあなたの方じゃない」


「そ、そんなことない! わたしはアニメと同じ、あなたの取り巻きに沢山嫌がらせを受けたもん!!」


「嫌がらせを受けたのが事実であっても、それはわたしの指示じゃないわ。わたしに取り巻きなんていない。アニメのようにはなりたくなかったから作らないようにしていたの」


「っ……それだけじゃない。ブレントの気を惹いて、わたしとの仲を邪魔してた!!」

「婚約者の心が離れないよう努力をしてなにが悪いの?」

「なっ、全部悪いでしょ!! あなたは、悪役令嬢なのに!! 全然わたしの引き立て役になってない!!」


「わたしは悪役令嬢じゃないし、この世界はアニメじゃない。今のわたしたちにとっての現実世界よ。誰にだって平等に幸せになる権利があるとわたしは信じてる」


「そんなの許さない!! それじゃわたしが幸せになれないじゃない!!」


 そんな風に人のせいにして逆恨みされても、パトリシアには、まったく共感できなかった。


「わたしが悪役令嬢として振る舞わなければあなたは幸せになれないの?」

「っ……」


「わたしはこれからもあなたを引き立てる悪役令嬢になるつもりはない。だからカレンさんも……ヒロインとして振る舞うことに固執するのをやめてみたらどうかな」


 これはパトリシアにも言えることだが、アニメのストーリーを知っていたせいでギクシャクしたことが沢山ある。


「ヒロインのカレンの真似をして生きるんじゃなくて、自分として自分の足で立ってこの世界を生きるの」

 もしカレンが転生者だったなら、このことだけ伝えたかった。


 リアムにそう言ってもらえた時、パトリシアは無意識に自分で自分を縛り付けていた何かから解放された気持ちになれたから。


「あなたがヒロインとして振る舞い続けたいなら、わたしにそれを止める権利はないけど」

「…………」


「わたしが言いたかったのは、それだけ」


 カレンはなにも答えなかった。ただじっと地面を見つめ続けていた。

 パトリシアもそれ以上なにか言う事はなく、その場を立ち去ったのだった。






「無理を聞いてくれてありがとう」

「お安い御用だよ。君には、あのチェンバレン伯爵を締め上げた功績があるからね」

「……なんだか人聞きが悪い」


 パトリシアが複雑な表情を見せると、サディアスは「冗談だよ」と笑った。


「カレンさんは、どうなるの?」

 入口で待ってくれたサディアスと、のんびりと城内を並んで歩く。

 地下牢から出たばかりの目に地上の光は、やけに眩しく感じる。


「まだなんとも言えないけど、修道院送りになるんじゃないかな」


 光属性を持つ娘は貴重なのもあって死刑にはならないようだ。彼女に同情するつもりはないが、命を奪われることはないと知り、パトリシアは少しだけ肩を撫でおろした。


「……ブレント様は、まだ引き籠りのままなの?」

 プライドの高いブレントは、自分が他人に洗脳されていたことで、自尊心を傷つけられたようだ。まさか自分が……という心境なのだと思う。


「ああ。君が会いに行けば、アイツも喜んでドアを開けると思うけど……」

「そうかな」

「……いいよ、今から行っても。今の俺に君を止める権利はないし」


 パトリシアは少し考えてから首を横に振った。


(ブレント様からなにも言ってこない以上、今はそっとしておこう)


 結局、洗脳されていたので婚約破棄は無効だという声もあり、ブレントとの関係は保留状態になっている。


 けれど彼は洗脳される前から、カレンをとても気に入っているようだったし、今も彼女を思っているかもしれない。


 それに自分の心も……ブレントにはないのだと、今のパトリシアは自覚している。


 そんな宙ぶらりんな関係で、どう接していいのか正直よく分からなかった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 中庭を横切り並んで歩くパトリシアとサディアスの姿を、自室の窓から見下ろしていたブレントは、ワナワナと震える拳を壁に打ち付ける。


「クソッ、クソクソッ!!」


 ブレントはなにも悪くないと王妃は言う。

 自分を王に据えたい者たちは、口を揃えてブレントは洗脳されていた被害者だと。


 しかし誰が何と言おうと、聖夜祭で自分がサディアスに恥を掻かされた事実は消えない。


 洗脳されていたとはいえ、あの時の記憶も感情もしっかりと覚えている。


 あんなにカレンとの仲を学院中に見せつけておいて、魔法により誑かされていたせいだなんて滑稽で、自分はとんだ笑いものだ。


 そしてなにより、どうでもいい輩がブレントを気遣い会いに来るなか、パトリシアが来ないことが気に喰わなかった。


 本当なら一番に、悪い夢から覚めた自分に「元に戻ってよかった」と涙を浮かべ会いに来るべきはずなのに!


「なんだよっ、距離が近い! 離れろ!!」


 中庭を歩く二人は、時折楽しそうに笑い合い、仲睦まじげに歩いてゆく。ブレントの部屋とは反対の方へ。


「サディアスめ、使えない落ちこぼれの分際で調子にのりやがって。今に目に物見せてやる」


 ブレントは、そんな二人の姿を窓越しに、憎しみの籠もった目で睨みつけていたのだった。

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