【秋・恋の攻防編】破滅の足音②

「カレン様、本日の昼食は僕とご一緒していただけませんか?」

「カレン様、どうかおれと!!」


 昼休み、廊下ではいつものようにカレンに群がる親衛隊の列ができていた。

 今やカレンの親衛隊はかなりの人数いるようだ。


「ごめんなさい、ブレントに二人でランチしようって誘われているから」

 カレンがそう返すと、廊下にいた生徒たちがまたざわざわと反応する。


 そして偶然通りかかってしまったパトリシアに同情の眼差しを向けてくるのだが、朝からそんなことの繰り返しだったため慣れた。

 順応性は良い方なのだ。


「……ふふっ」

「っ!」

「パトリシア様、ご機嫌よう」


 スカートの裾を摘まんで愛らしくぺこりとお辞儀をしてきたカレンに、一瞬眉を顰めそうになったのをパトリシアは耐えた。


(挨拶なんて今までしてくれたことなかったのに……)


 勝ち誇ったような目で見られている気がするけれど……気付かなかった事にする。

 真っ当に相手なんてしたらストレスで飛びかかってしまいそうなので。


「あら、御機嫌よう」

 にっこりと、とびっきりの笑顔で返してやると、思っていた態度と違ったのかカレンは少し意表を突かれた顔をした。


「…………」

 その後もなにか言いたげだったけれど、パトリシアはそのまま何食わぬ顔でその場を離れたのだった。





(カレンさんとランチをするならお昼休みにブレント様とお話をするのは無理ね……)


 ならば放課後に話があると、彼がカレンと放課後の約束を入れる前に先約を取るしかない。


 先程ちらっと彼女の手首を確認したが、聖夜祭のブレスレットは付けていなかった。


 全員が貰ったブレスレットを日常でも付けているわけではないが、カレンの性格ならおそらく此れ見よがしに毎日つけて登校してくるに違いない。


 だから、まだカレンもブレントから誘いを受けていない可能性が高いのだ。


 きゅっと下唇を噛みしめ気合を入れたところでブレントのいる教室に辿り着く。


 クラスメイトにブレントを呼んでほしいと頼もうとしたところ、ちょうど教室から出て来たのはブレント本人だった。


「っ! パトリシア」

 驚いた顔をされたが邪魔が入らないうちに本題に入る。


「ブレント様、お話があります」

「悪いが、今日の昼食はカレンと約束をしてる」

「放課後で結構です。とても大事なお話なのでお時間を貰えませんか?」

「大事な話?」


「結局、昨日は放課後に二人で出掛けられなかったので」

「きの、う?」

 ブレントが僅かに眉を顰めなにか言い掛けた時だった。


「ブレント~、お待たせっ……なんでその人と一緒にいるの?」

 カレンがこちらにやってくる。

 さすがに先程まで引き連れていた聖女親衛隊の面々は連れてこなかったようだ。


「ブレント様、お時間いただいてもいいですか?」

「ああ、いや……」

 ブレントは不安そうに服の袖をひっぱってきたカレンを見てたじろいでいる。


「ごめんなさい、パトリシア様。わたしたちこれからランチなの、だからあなたとお話する時間は」

「ご安心ください。わたくしが誘っているのは放課後の話です」

「なっ!」


「ブレント様、お願いします。二人のこれからのこと、ちゃんと話し合う時間をわたくしにください」

 念を押すようにブレントの顔を見上げしっかりと目を見てそう聞くと。


「あ、ああ」

 ブレントは若干目を泳がせながらも頷いてくれた。

 それにほっとしたパトリシアだったが。


「そんなっ! わたしも放課後に話したい事があったのに……」

 ブレントの腕にしがみ付きながら悲しそうに懇願するカレンとパトリシアをブレントは困った顔をして交互に見遣る。


「コホン……では、放課後に食堂のテラスでお話しましょう」

 カレンをスルーして、パトリシアはとっととその場を立ち去ったのだった。






「パティ、ついに放課後ね」

 放課後を知らせる鐘が鳴り響く中、マリーが勇気を分けてくれるように背中をポンポンと叩いてくれる。


「うん。ちゃんと話し合ってくるね」

「ええ……もし、一人でいたくない気持ちになったら、いつでも呼んで? 何時でも飛んでいくわ。寮には外泊届を出せばいいから、夜の街で食べ歩きしちゃいましょう!」


「ふふ、楽しそう」

 あくまでもその時のパトリシアの気分を尊重するように、そう誘ってくれる友人に強張っていた気持ちが和らぐ。


「ありがとう。勇気がでたよ」

 パトリシアは彼女の笑顔に見送られ、感謝しつつ食堂にあるテラスへと向かった。




 しかし、一階にある食堂へ続く吹き抜けの渡り廊下を歩いている時だった。


 向かいから小走りの足音が近付いてくることに気が付きそちらへ視線を向けると。


「きゃーっ!!」

「なっ!?」

 金切り声をあげながら突然ぶつかってきた女子生徒が勢いよく床に倒れる。


「カレンさん?」


 床に蹲りふるふると震えているのは、カレンだった。

 彼女はいつまでも立ち上がろうとしないので、パトリシアは戸惑いながらも手を差し出そうとした。


 だがその時。


「カレン、どうしたんだ!」

「カレン様の叫び声がしたぞ!」

 彼女の叫び声を聞きつけブレントと親衛隊がいろんな方向から駆け寄ってくる。


「痛っ……足をくじいてしまったみたい」

 瞳一杯に涙をためてカレンがブレントを見上げる。


「なんだって!?」

「カレン様、いったいなにが?」

「っ……パトリシア様が、突然」


 そこまで言っておいて口を噤み俯くカレンに、「どうしたのか言ってくれ」とブレントが再び声をかける。


 するとカレンはようやく重い口を開いた。


「突然、すごい形相でわたしのこと睨みつけて、突き飛ばしてきたんです」

「そんなっ」

 そんなことしていないと抗議しようと思ったのだが、カレンはパトリシアの言葉を遮る様に続けた。


「みんな、見てましたよね!」


 カレンはちらほらと廊下にいた生徒たちに声を掛ける。だが何事かとこちらを見る生徒たちは皆、カレンが金切り声をあげるまではこちらを見ていたわけではないので、首を傾げるばかりだった。


 カレンの言葉を肯定する者はいなかったけれど、これはパトリシアにとっても分が悪い。なぜならパトリシアはそんなことしていないと証言してくれる生徒もいないということなのだから。


「パトリシア、なんてことをするんだ!!」

 そっとカレンに手を貸しながらブレントはまるで軽蔑するような眼差しでこちらを見てきた。


「そんな……わたくし、そんなことしていません!」

「そんな言い訳が通用するわけないだろう。カレンは怪我をしたんだぞ!」


(どうして信じてくれないの? なんでその子のいう事だけ信じるの?)

 パトリシアはぐっと下唇を噛みしめた。


 自分がそんなことをするような人間だとブレントに疑われたことが屈辱的だった。


 確かに自分たちは心通わせた許嫁とは言えなかったかもしれない。けれど何年も前から一緒の時間を過ごしてきた仲なのに。


「……ブレント。そんなにパトリシア様を責めないで。わたしは、一言謝ってもらえればそれで」

「カレン、いつも言っているがオマエは優しすぎる」

「まさに聖女様だ」


 親衛隊含めブレントまでがカレンの嘘を真に受け、その上うっとりと彼女に熱い視線を向けている。


(……なにが聖女様よ。ただの嘘つきじゃない)

 入学式のあの日から、彼女はずっと嘘吐きだ。


「わたくし、謝るつもりはありません」

「なんだと!?」


 きっぱりと言い放ったパトリシアの言葉にカレンは驚き、ブレントは気色ばむ。

 だがパトリシアからしてみてば、なにを謝れと言うのだという話だ。


「わたくし、カレンさんに謝罪しなければならないようなこと、した覚えがありませんもの」


 だから周りにいる男性たち全員がカレンの味方という、この異様な状況の中でもパトリシアは毅然とそう答えたのだった。

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