【秋・恋の攻防編】破滅の足音①
ブレントが襲われアンデットが出たと思われるような事件が起きたと、一夜にして学院内では噂が広がっていた。
「パティ、おはよう!」
朝、学院に着き馬車から降りるとマリーが明るく手を振りこちらにやってくる。
昨日はデートどころの話じゃなくなってしまった事は、寮生活をしている彼女の耳になら既に入っているだろう。それを気遣って待っていてくれたようだ。
「一緒に学院まで行きましょう」
「もちろん」
パトリシアはなるべくいつも通りに振る舞ったつもりだったけれど、友人の目はごまかせないらしい。
「寝不足はお肌の大敵よ」
「えっ」
言いながら、ツンツンと目の下のクマを指摘されパトリシアは苦笑いを浮かべた。
「昨日は少し寝つきがよくなくて」
「婚約者が襲われたんだもの。眠れなくて当然よ」
「う、うん……」
パトリシアが眠れなかった理由はもちろんブレントが襲われた心配もあるのだけれど……正直それだけじゃない。
闇の中へ意識を引きずり込まれそうになった事といい、気になることは沢山ある。
それから……
(昨日の二人、なんだか雰囲気が……)
あの後どうなったのか、ブレントとカレンの事も気になっていた。
いつもと違った気がした。うまく言えないけれど、より親密になったように見えたというか。
(もしかして今回のもわたしが知らないだけでアニメ通りの出来事なのかもしれない)
「ブレント殿下、早く良くなるといいわね」
「ええ……」
相槌をうちながらもぼんやりとしてしまうが、こんなことではまたマリーに心配を掛けてしまうと空元気でも笑顔を見せようと顔を上げた時だった。
なにかを見て突然顔色を変えたマリーが足を止める。
「マリー?」
もうすぐ校舎に着くというのにどうしたのかと、彼女の視線の先を確認しようとしたのだが。
「ど、どうしたの?」
マリーに勢いよく手を引っ張られ、ぐいぐいと急ぎ足で校舎の中へと連れて行かれる。
「あ~……私ったら、一限目の授業の宿題を忘れてしまって。急いで教室に行かなくてはって」
「???」
とってつけたような違和感のある言い訳を不思議に思い、パトリシアは先程マリーが表情を変えた方へと振り返り……
「パティ!」
見ちゃだめよと言われた時にはもう遅かった。
そこにはブレントとカレンが仲睦まじく並んで登校している姿があった。
もちろん他の生徒たちの注目の的だ。
人目を気にせず腕にひっつくカレンを、ブレントは振り払うことなく愛おしそうに優しげな眼差しで見つめている。
その光景にパトリシアはサーッと指先から冷えてゆくのを感じた。
(ああ……これは……アニメで……観た事がある……光景かもしれない……)
「おい、なんだよアレ」
「そういえば、殿下はカレン嬢を聖夜祭に誘ったって噂が流れてたな」
近くの男子生徒たちがしている噂話が胸を抉る。
そのうちにパトリシアの存在に気が付いた生徒たちが、同情のような眼差しをこちらに向けてくるのを感じた。
「かわいそう」
「でも、相手が聖女の刻印を持つ子じゃねぇ。本物の聖女には誰も敵わないよ」
ひそひそと聞こえてくる噂話に耳をふさぎたくなった。
「パティ、行きましょう!」
「う、うん」
マリーはパトリシアを守るようにそう言ってくれたけれど、このまま教室に直行するのも正直気が重い。
どこにいても、好奇の目を向けられそうで……
その時。
「パトリシア嬢」
名前を呼ばれ顔をあげると、サディアスがいた。
「少し良いですか?」
パトリシアは黙って頷き返した後、先に行っててとマリーに伝えた。
連れてこられたのは校舎の屋上だった。
ひゅうひゅうと冷たい風が吹き付け肌寒さにパトリシアはぶるりと震える。
けれどその寒さのおかげでこの時期屋上には生徒が寄りつかない。
先程までの喧騒から抜け出せ正直ほっとした。
「ありがとう、気を使わせてしまってごめんなさい」
あの場にいるのが辛かった。そんなパトリシアの気持ちを察して人気のない場所に連れ出してくれたのだろう。
パトリシアは、できるだけ心配させないよう笑って見せたのだが。
「なんで君が謝るの? こんな時に、無理して笑う必要ないよ」
「っ……心配かけてごめんね」
サディアスの優しさに鼻の奥がツンとする。
でも泣きそうな顔を見られたくなくて景色を見下ろすふりをして彼に背を向けた。
「……あいつが憎い?」
暫くの沈黙の後サディアスはそう聞いた。
パトリシアは少し考えてから首を横に振った。
(ブレント様が悪いんじゃない。カレンさんも……これは必然の出来事なんだ……)
アニメと同じ。二人は運命の相手同士で……邪魔者は自分なのだから。
「そっか……こんなことされてもあいつの事……」
「え……」
「いや……安心していいよ。それでもブレントの婚約者は君だと陛下はおっしゃるだろうから」
「なん、で……?」
「それにあいつが女性を連れて歩いてるのなんて日常茶飯事だろ。いつもの気紛れかもしれない」
「そうかな……」
「きっと今朝のブレントはどうかしてたんだよ。昨日殴られておかしくなったのかも」
「うん……」
だとしたらそれはそれで一大事だが。
「でも、さ……」
ずっと背中を向けて会話をしていたサディアスが、急にこちらを向いた気配がして顔を上げると。
「あいつはバカだ……こんなに可愛い婚約者がいるのに。いつも君を不安にさせてばかりで」
涙で潤んだ目元を、そっと指先で撫でられた。
「……また、そんなことを」
「本音だよ」
いつもみたいに「なんてね」と、冗談だって笑うことなく彼は言った。
どんな反応をしていいのか分からない。夏の後夜祭の出来事が頭を過る。
(あなたが想っているのも、カレンさんじゃないの?)
戸惑いの表情を浮かべるパトリシアがなにを考えていると思ったのか、サディアスは「ごめん」と呟き手を離した。
「大丈夫、ブレントの妃は君だ。それでも……もしもブレントが君を裏切り続けるなら、俺はあいつを絶対に許さない」
「っ……」
「前にも言っただろ。信じなくてもいいけど、俺は君の味方でいるって」
パトリシアが言葉を返せないでいるうちに、サディアスはそれだけ言って屋上から出て行ってしまった。
(味方? 味方ってなに? もしわたしが断罪されそうになったら、あなたはカレンさんじゃなくわたしの味方をしてくれるとでも言うの?)
「そんなの、信じられないよ」
正確には、信じるのが怖いのかもしれない。
誰一人周りにいなくなって家族にも見捨てられ、自分には誰も味方などいなかったのだと気付いてアニメのパトリシアは処刑された。
もちろんサディアスにも裏切られる形で……
物語の登場人物たちの誰も彼女の死を悲しむ者なんていなかった。
自分もそんな結末を迎えるのかもしれない。このままじゃ今まで築いてきたもの全てを失うかもしれない。
(……このまま終わっていいの?)
そんなのいやだ。けれど、どうしたら最善なのかは分からない。
ただ全部を捨ててこの国から逃げる前に、まだできることがあるんじゃないかと諦めたくなかった。
足掻きたかった。
マクレイン家の人たちや友人たちとの日々を、簡単には手放せない。手放したくない自分がいるのだ。
これ以上傷つきたくないけど……もう一度だけブレントとちゃんと話し合う場を設けようとパトリシアは気持ちを奮い立たせることにしたのだった。
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