【秋・恋の攻防編】デートの約束

 昼休み、ブレントはいつもと代わり映えのしない面々に囲まれていた。


「ブレント殿下、先日の模擬戦で学年一位だったと伺いましたわ。さすがです」

「今度、我が家主催のサロンに是非お越しください」


 つまらなそうに溜息を吐くブレントに気付かず、令嬢たちは少しでも気に入られようと毎日飽きずに必死だ。


(つまらない……)


 最近パトリシアが、全然自分に会いに来てくれなくなった。


 少しヤキモチを焼かせてやろうと思っただけだったが、彼女の前でカレンの事を褒めすぎただろうかと今更思う。


「ねぇ、ブレントさまぁ」

 右隣にいた令嬢が、腕に絡み付いてくる。気分じゃないので振り払おうと思った時だった。


「ブレント様!」


 凛とした声が聞こえ顔を上げると、真っ直ぐにこちらにやってくるパトリシアと目が合う。

 いつもは令嬢たちに囲まれている姿を見ると、気付かないふりをして離れてゆくというのに。


「ブレント様、お話があります」

「お、おう……」


 パトリシアの真剣な顔というか気迫に押されブレントは思わず一歩後退った。

 ブレントに纏わりついていた令嬢たちも固まっている。


(な、なんだ、怒ってるのか?)


 正直今の状況を含め、彼女に対し後ろめたいことは山ほどあるが……


「着いてきてください」

「はい」


(って、なんでオレがコイツに従わなくちゃいけないんだ!)


「なにか?」

「……なんでもない」


 鋭い一瞥に反論する気は失せ、ブレントは結局パトリシアの後ろに続いたのだった。






「おい、どこまで行く気だ」

「もう少し……邪魔が入らなそうなところまでです」

「はぁ?」


 やがてパトリシアは人気のまったくない講堂裏まで来て足を止めた。


「こんなところまで連れて来て、一体何用だ!」

「ブレント様」

「な、なんだ!?」

 いつもと違う彼女の気迫の眼差しに威圧され、思わず構える。


「…………」

「…………」


(だから、なんでコイツは怒っているんだ!?)


 ゴクリと唾を飲み込み、パトリシアの次の言葉を待つ時間は死の宣告でもされるのかと思った……のだが。


「あの……」


(ん?)

 良く見ると僅かに頬を赤らめながら、なにか伝えようと口を小さくパクパクさせている事に気付く。


(なんだその顔……可愛いな。オレに文句を言いたいんじゃない、のか?)


「その……今日の放課後、わたくしとデートしていただけませんか?」

「は?」

 思っても見なかった言葉に思考が追い付かなくて固まる。


「…………」

「…………」


(な、なんだ? 聞き間違えか? 今、コイツなんて言った?)


 恋愛ごとに疎いパトリシアがこんなことを言い出すなんて、夢でも見ているのかとブレントは自分の頬を抓りたくなったが。


「……やっぱり無理ですか?」

 いつまでも返答をしないブレントを見てなにを勘違いしたのか、パトリシアは不安げな表情で見上げてきた。


 ブレントはパトリシアのこの目が好きだ。


 普段は甘えてこない彼女が、自分に縋るようなこの眼差しが。これを見るためについ意地悪な態度を取ってしまうほどに。


(普段からそうやってオレに縋ってくればいいんだ。そうしたら、もっと可愛がってやってもいいのに)


「仕方ないな。今日の放課後は、たまたま時間が空いている。どうしてもというなら、付き合ってやってもいい」

「よかった……」

「では、今日の放課後噴水広場でな」


 それを聞いたパトリシアは顔を綻ばせ頷いたのだった。






 パトリシアと別れた後、廊下を一人歩きながらブレントは懐に入れっぱなしにしていた小箱に触れる。


(もう少しじらしてやろうと思っていたが、アイツの態度次第では今日渡してやってもいいか)


「あ、こんなところにいた」

「っ!」


 パトリシアとの放課後に想いを馳せていたブレントは、突如現れたカレンの声で現実に引き戻された気分になった。


「ブレント様のこと探してたんです」

「どうした?」

「今日の放課後、大事なお話があるの。時間を作ってくれますか?」

 上目遣いの眼差しの後、彼女はにこっと微笑んだが。


「今日は無理だ、先約がある」

「えっ……でもでも、どうしても今日がいいの! 急ぎの用事なの!」

「なら今聞く。なんだ」

「今じゃだめなの……放課後にっ」


「じゃあ、明日時間を作ってやる。それで我慢しろ」

「……先約って、もしかしてパトリシア様ですか?」

「ああ」


「っ……やっぱり、あの人……」

 カレンはなにか呟くと俯いてしまった。


「話はそれだけか? もう行くぞ」

 ブレントは首を傾げながらも予鈴の鐘が鳴ったのでカレンに一声かけてその場を立ち去ったのだった。




「っ……こんなことで負けないから」

 ギリギリと奥歯を噛みしめ、遠くを睨みつけるようにしてカレンは小さく呟いた。

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