【秋・恋の攻防編】聖夜祭への不安

 夏休みが終わってすぐの頃は、どこから広がったのかカレンが聖女として覚醒したという噂でもちきりだった。


 しかし最近は、今年の聖夜祭参加者の男子生徒たちが発表されたため、噂話は聖夜祭への話題へ変わりつつある。のだが……。




「パティは聖夜祭のドレスどうするか決めた?」

「っ……」

 昼休み食堂でマリーに突然聞かれ、パトリシアはギクリと昼食のサーモンソテーを喉に詰まらせかけた。


「やっぱり特別な日だし、とびきりのドレスを用意したいわよね」

 マリーは憧れていたバレットから聖夜祭に誘われ、それは幸せそうにしている。


 実は夏の学院祭の夜、オリバーからしつこく言い寄られ困っている所を助けられ、一緒に花火を観た日から二人の仲は急接近したらしい。


 まだ正式に付き合っているわけではないらしいが、夏休みも二人で出掛けたり、いつの間にか親しい間柄になっていた。


 それに比べパトリシアといえば、婚約者であるはずのブレントからまだ誘いを受けていないままだが……マリーの笑顔を見ると言いづらい。


「パティ? どうしたの?」

 気まずい表情を見せたパトリシアに、マリーが不思議そうに首を傾げる。


「え、えっとね」

 けれど親友にいつまでもこの事を黙っているのは気まずくなるだけだと分かっているので覚悟を決め、小声で彼女の耳元へ顔を寄せた。


 が、その時だった。


「カレン様、今日の昼食は僕に御馳走させてください」

「いや、ぜひ俺に御馳走させてほしい!」

「えぇ、そんなこと言われても……困っちゃうよ」


 騒がしい団体が食堂に入って来て注目を集める。カレンと彼女を守るように囲う親衛隊御一行だ。

 パトリシアとマリーも会話を止め、思わず視線を向けてしまう。


「カレン様、今日こそ返事をもらえませんか。おれと聖夜祭に出てください」


 こんな所で誘うのかと周りの生徒たちがぎょっとする中、一人の男子生徒がカレンの前に跪き赤い石の埋め込まれたブレスレットを差し出す。


 よく見れば、学院祭の時含めいつもなにかあると率先してパトリシアに敵意を向けてくるカレン親衛隊過激派の男子生徒だった。


 芝居がかった声量と動きに、より一層注目が集まる。他の親衛隊男子たちは、聖夜祭参加資格を持っていないらしく悔しそうに顔を歪ませているが。


「でも……勝手に他の人と約束したら、ブレント様に怒られちゃうかもしれないし」

 カレンの発言に食堂にいた生徒たちがざわめきだす。


「それって、ブレント殿下にも誘いを受けてるってこと?」


「最近よく一緒にいるのを見かけるし、やっぱりあの二人って」


「え、婚約者は?」


「バカだな。あの左手の刻印見ろよ。本物の聖女に乗り換えたに決まってるだろ」


 さまざまな憶測が飛び交う中、取り巻きの一人が「まさか、ブレント殿下にも誘いを受けているのですか!?」と躊躇なく声を上げる。


「それは……言えないよ」

 思わせぶりな態度を取りつつ、カレンは困り顔をするだけではっきりと明言はしなかった。


「ああ、殿下までを虜にしてしまうとは、さすがカレン様」

「しかしいくら殿下と言え、カレン様と聖夜祭に出る権利は譲れない!」


 取り巻き達の中ではもうブレントがカレンを聖夜祭に誘っていると確定して、どんどん話がヒートアップしているようだ。パトリシアは周りの窺うような視線を受け、その場に居づらくなってくる。


「行こう、パティ」

「マリー?」

 パトリシアの心情を察したのか腕を引っ張りマリーは混沌とする食堂から連れ出してくれたのだった。




「なにあれ!」

 食堂を離れ廊下を歩きながらもマリーはパトリシアの代わりにプリプリと怒ってくれている。彼女のそんな優しさにじんときた。


「ブレント殿下にはパティという正式な婚約者がいるのに、聖夜祭のパートナーに選ばれるわけないじゃない、ねっ!」


「え、えっと……」

 パトリシアが言いづらそうに口を噤むとマリーは「どうしたの?」とまた不思議そうな顔をする。


「実は……わたし、ブレント様にブレスレットを貰えていないの」

「……えっ!」

 マリーはまだ誘われていないなど思ってもいなかったようで驚いて目を見開く。


「だからカレンさんがブレント様に誘われている可能性が絶対ないとは言い切れなくて」

「そ、そんなことあるわけ……」

 あたふたしているマリーを見て申し訳ない気持ちになる。


 聖夜祭自体はまだ少し先の話だが、参加者にはそれなりの準備もあるうえ、婚約者がいる男子生徒は大抵選ばれてすぐにパートナーへ声を掛けるものなのだ。


「なかなか誘うタイミングがなかったのかも。そうだわ、ここはパティからデートに誘ってみたらいいんじゃないかしら」

「デート……?」


「そうよ。最近、さっきみたいな変な噂もたっているし、二人でゆっくり今後のことについて話し合ってみるべきよ!」


(確かに……このままじゃ、マズイかも)


 やはりアニメと違う流れのように感じても、起きる出来事の根本はシナリオ通りのようで怖い。


 もしブレントから聖夜祭のパートナーに選んでもらえなかったなら、なにもしていなくとも断罪の流れに持っていかれる可能性が高い気がする。


 そうなればここにはいられない。


 全てを捨ててこの国を逃亡する。を実行するしかなくなるのだ。


 もう非力で幼いあの頃の自分じゃない。冒険者として生計を立てられるぐらいに強くなったつもりだ。自分は一人でも生きてゆけるという自信もある。でも……


(全て失って、この身一つでクレスロット王国まできたのに……いつの間にか、また失いたくないって思える居場所にわたしは今いるのね)


「パティ?」

「……そうね、自分から誘ってみよかな。今から!」

「それがいいわ……って、今から!?」

 パトリシアは覚悟を決め頷き、駆け出したのだった。


(ここで弱気になっちゃだめだ。出来る限りのことをしよう)


 離れたくない、大切な人たちとの別れが訪れないように。

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