【夏・学院祭編】夏は恋の季節③
夜の林は薄暗かったが、子供の頃から暗がりで鍛錬することが多かったので、すぐに目が慣れ躊躇することなくパトリシアは奥へ進んだ。
アニメの記憶を辿ればこの先にはもう使われていないボロ小屋があるはず。
その予想通り、しばらくすると林の先に少し開けた場所を発見した。
ガツンッ、ガツンッ!!
建物を蹴るような音が聞こえパトリシアは足を止めた。
目を凝らすと、やはり開けた場所には小屋があり人影が見える。
(あれは……サディアス殿下?)
バリンッ!!
「ああ、ここに閉じ込められていたのですね」
「サディアスさまぁ!!」
小屋から飛び出して来たカレンは迷いなくサディアスの胸に飛び込み縋りついた。
(アニメと違う……)
ブレントに助けられるはずのカレンはサディアスに助けられていた。
「サディアス様。わたしっ、すごく怖かったっ」
「…………」
そう言えばサディアスは先程後夜祭の予定が決まっていると言っていた。
自分がブレントと約束を取り付けたせいでアニメと筋書が変わり、カレンはサディアスと過ごすことになったのだろうか。
(なら、この後は……)
少しして落ち着きを取り戻したカレンが顔をあげ、二人は見つめ合い……。
「……っ」
パトリシアはその先を見る前に視線を逸らし逃げるように駆け出した。
ブレントとサディアスの立ち位置が入れ替わったなら、この後二人はキスをするのだろうか。
その場合どうなるのだろう。ブレントとカレンが恋仲になることがなくなるなら、自分にとっては安心して良い事なのではないだろうか。
パトリシアはそう思いながらも、なぜか胸が苦しくて心臓が早鐘のようにバクバクと音をたて……気持ちが乱れてゆくのを感じていた。
(なんで……どうして……わたしっ)
「きゃっ」
「いってー」
「ごめんなさい……」
林から飛び出し中庭に戻ったパトリシアは見知らぬ男子生徒にぶつかってしまう。
すぐさま謝ると男子生徒は不機嫌そうに舌打ちをして立ち去っていった。
(……そうだった。サディアス殿下も、カレンさんを好きになる一人なのに)
それなのに「味方でいる」と言ってくれた言葉に、一時でも気持ちがぐらついていた自分がバカみたいだ。
彼だけは断罪の時がきても自分の味方でいてくれるんじゃないかと、無意識に期待してしまっていたのかもしれない……。
「…………待ち合わせ場所に行かなくちゃ」
気が付けばいつの間にか花火が打ち上げられていた。
今頃、サディアスはカレンと……。
そんな妄想が脳裏にチラつきながら、ふらふらとした足取りでパトリシアは約束をしていた時計台の前に向った。
待ち合わせ場所には不機嫌なブレントが立っているかと思ったが。
「あ~ん、ブレント様ったら!」
「時間も守れない子ほうっておいて、私たちと向こうで花火観ましょうよ」
カレンになにかしたんじゃないかと疑わしい先程の令嬢二人が、ブレントの両脇に寄り添って甘ったるい声を出している。
「それもいいかもな」
ブレントも彼女たちを無下にはしていない。
パトリシアは走って乱れた呼吸を整えながら、どうしようかと少し考えた。
ここで自分が割り込んでいくのは、居心地が悪くなりそうだ。
しかしブレントとバッチリ目が合ってしまった。
こちらに気付いたブレントは不機嫌そうに眉間を顰めた後、そっぽを向いて無視を決め込む。パトリシアが遅刻をしたせいだろう。
令嬢二人もそれに気づいて、クスクスと嫌な笑みを浮かべていた。
「ね~え、あちらに行きましょう。ブレント様」
だが、令嬢がブレントの腕を引っ張り、彼もそれを受け入れようとした時だった。
「いたぞ、こいつらだ!!」
険しい顔をした男子生徒二人が令嬢の手首を乱暴に掴み上げる。
「きゃっ、なんですの貴方達!」
当然ながら辺りにいた生徒の注目を集め、令嬢たちは気色ばんで抗議している。しかし。
「カレン様を林の奥にある小屋に閉じ込めたのは貴様らだろう!!」
「なっ!?」
男子生徒の発言を聞いた途端、分かりやすいぐらいにサーッと彼女たちの顔から血の気が引いてゆく。
あんな大胆なことをしておいて捕まらないとでも思っていたのだろうか。
「カレン様からの証言がある。ドアの向こうから罵倒された声が、貴様らの声だったとな!!」
「そんなっ、そんなのあの子の嘘よ!!」
令嬢たちはそれでもなお否定し抵抗しようとしていたのだが。
「……オマエたち、カレンに手を出したというのは本当か?」
怒りの滲むブレントの声に令嬢たちは竦みあがった。
「カレンは今どうしている」
「カレン様は心身的な疲労から、サディアス殿下と医務室へ向かわれました」
男子生徒の発言を聞いて「サディアスと?」と、ブレントは眉を顰めた。
「詳しい話は後で聞く。そいつらを連れて行け」
「はいっ!」
「いやっ、いやよ、離して!!」
ブレントは男子生徒たちに命令すると、カレンが気掛かりだったのか医務室の方へ駆け出して行った。
パトリシアはそんな揉め事の一部始終を蚊帳の外のような気分で見ていたのだが、突然後ろから新たに現れた男子生徒に手首を掴まれ……
「アンタも一緒に来てもらう!!」
「えっ?」
突然なんだと戸惑ったが、良く見ると手首を掴んできた男は先程、林を出た際にぶつかってしまった生徒だった。
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