【夏・学院祭編】夏は恋の季節②
出店にはこの学院では普段食べられないジャンキーな食べ物の店も沢山出店されていた。
フランクフルトや豚の照り焼きをその場で削ぎパンにサラダと挟んで食べるバーガー。
フルーツの串刺しにチョコレートをコーティングしたスイーツなどもある。
パトリシアとマリーは目移りしながら中庭に並ぶ出店を周り、お腹が膨れた所で校内で行われている展示物や出し物を見に行くことにした。
中でも講堂では今売れっ子のオペラ歌手と本学院のオペラ部の生徒たちによる合同の舞台が行われるということで、人気が高いらしい。
「すごく素敵なお話だったわね。私、ラストでウルウルしちゃった」
「そうね」
拍手喝采のオペラを観終わった後、特設会場のカフェでお茶をしているうちに夕方となり、そう言えば美術部の展示をまだ見ていなかったという話になり、東棟の二階にある美術部の展示室に向ったのだが。
「っ!?」
「マリー?」
展示室の近くまで来て突然マリーが立ち止まり、パトリシアの服の袖を引っ張ってきた。
「パティ……あそこ」
マリーがこっそりと震える指で示した先にはサディアスが誰かと廊下で話している姿があった。
悪党に襲われたあの日以来久々だ。
「実は……私の気になっている男性、あの方なの」
「え、えぇ!?」
「はぁ、やっぱり素敵。あの空間だけ輝いて見えると思わない?」
「え……う~ん」
サディアスはどう見てもキラキラした王子様タイプではないので返答に困る。
だが、親しい相手と話しているのか、珍しく気の許した笑みを浮かべたりしている姿を見て新鮮な気持ちになった。
「ああ、なんて爽やかな笑顔なの」
「ん? んん~」
好きな人が素敵に見える気持ちはわかる。でも分厚い眼鏡と長い前髪のせいで、野暮ったいというか爽やかさはない気がするのだが。
「鍛え抜かれた逞しくて大きな身体も男らしくて素敵。それにつぶらな瞳も」
「目を覚ましてマリー!?」
さすがにツッコミを入れてしまった。
長身ではあるがサディアスはどちらかというとスマートな体型だ。というかあの分厚い眼鏡からつぶらな瞳など伺えない。
「あら、よく見たらサディアス殿下と一緒なのね」
「へ?」
そこでパトリシアもよく見てみたら、サディアスの話し相手の男子生徒は逞しくガタイの良いつぶらな瞳の青年だということに気が付いた。
「…………」
マリーが好きな相手しか目に入っていなかったように、自分もサディアスしか目に入っていなかった事実がなんだか恥ずかしい。
「……あの人って確か」
良く見れば、相手は数か月前になるがカレンが食堂近くの廊下で書類をぶちまけマリーに介抱された際、書類運びは自分がすると名乗り出てくれた筋肉隆々の男子生徒ではないか。
マリーは顔を赤らめ男子生徒に見惚れている。それを見てパトリシアは、これは自分が協力できるチャンスなんじゃないかと思った。
「え、パティ!?」
ぎゅっとマリーの手を握り、そのまま彼女の手を引きサディアスの方へと歩き出す。
「こんにちは、サディアス殿下」
勇気をだして話しかけると、こちらに気付いたサディアスが「こんにちは」と返してくれた。
「彼女たちはサディアス様のお知り合いですか?」
マリーの意中の彼も同じくこちらに視線を向ける。マリーは石の様に固まってしまう。
「こちらはパトリシア嬢、ブレントの婚約者ですよ。それから、そちらの女性は……」
パトリシアはすかさずマリーを紹介する。
「彼女はマリー、わたくしの一番の友人です。とても優しくていい子なんですよ。そちらの方はサディアス殿下のご友人ですか?」
「ええ、彼はバレット。美術部の部長で、こちらの展示を見に来たついでに少し話をしていたんです」
(美術部部長!?)
なんというギャップだ。運動部で毎日汗を流していそうな雰囲気だったので、パトリシアは少し驚いた。
「まあ、美術部の!」
マリーも知らない情報だったようで、驚きながらも瞳を輝かせている。
「わたくしたちも、ちょうど美術部の展示を見に来たんです」
「そうでしたか! ならば、僕に案内させてください」
嬉しそうな部長の申し出にマリーは口をぱくぱくさせて声も出せないようだ。
「嬉しいです。マリーは絵を描くのが趣味なんですよ」
「なんと! それは美術部に勧誘させていただきたいな」
「えぇ!?」
バレットは笑いながら展示室の中へと案内してくれる。とても気さくな人柄のようで、色んな作品を見て行くうちに最初は緊張で硬い表情だったマリーの顔も和らいでゆく。
先程言ったマリーが絵を趣味にしていることは事実で、共通の趣味がある二人は話が合うようだ。
そんな二人の姿を一歩下がって見守るパトリシアの隣には、自然とサディアスがいた。
「せっかくの学院祭なのに、ブレントと一緒ではないんですか?」
「後夜祭の時に会う約束です」
「そうですか」
「サディアス様は、後夜祭のご予定は決まっていますか?」
「ええ、一応」
「そうですか」
「…………」
なんとなく沈黙が気まずくてパトリシアも話題を探す。
「……そういえば、あれから嫌がらせがパッタリとなくなりました」
「良かったですね」
「はい……」
「…………」
「……今日は余所行きの話し方なんですね」
「ええ、貴女も」
「…………」
この前の砕けた感じでいるほうが気が楽なのだが、人目もあるしお互いそう言うわけにもいかなさそうだ。
「……ブレントと二人の時は、どちらの口調で話すんですか?」
「えっ……もちろん、令嬢らしい口調の方ですわ」
わざといつもより気取ってそう答えてみる。
「ふふ、そっか」
笑われてしまったが、なぜかサディアスは少しだけ嬉しそうだった。
あっという間に美術部の展示を観終わり廊下にでると、日は傾きそろそろブレントとの約束の時間だ。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございます」
赤面しながらも一生懸命にそう伝えるマリーに、バレットが「今度ぜひ美術部の活動を見学に来てください」と白い歯を見せ笑いかけていた。
サディアスとバレットにお礼を言って別れた後も、きかっけをくれたパトリシアに何度もお礼を言いながらマリーは幸せそうに笑っていた。
「どうせなら、後夜祭に誘ってみればよかったのに」
「そ、そんなの無理よ!? たくさんお話できただけで十分!」
「そう? なら、今日はこの後どうするの?」
「私のことは気にしないで。クラスの子たちと合流して女子会を楽しみながら花火を見るわ」
それからのんびりと歩いて外に出ると、すっかり日は暮れている。クラスメイトと合流するためマリーはパトリシアと逆の方向へ歩いて行った。
学院祭が始まるまでは緊張でピリピリしていたが、拍子抜けするぐらい平和に時間は過ぎて普通に楽しめてしまった。
後はブレントと花火を見て祭りは終わりだ。
パトリシアは朝よりも軽い足取りで待ち合わせの場所へ向かおうとしたのだが。その時。
「ふふふ、ざまあみろって感じね」
「自分がブレント殿下の特別だなんて勘違いして調子にのっていた罰ですわ」
(え……)
クスクスと見るからに意地の悪い笑みを浮かべている二人組とすれ違いパトリシアは足を止めた。
彼女たちは一時パトリシアを祭り上げカレンに攻撃しようと企んでいた令嬢だ。
嫌な予感がする……。
自分はなにもやっていないのだ。放っておけばいい。そう思う一方……もし、カレンがアニメと同じ小屋に閉じ込められていて、後から自分が犯人だと疑われたら?
それから……アニメとは違い、今日ブレントはパトリシアと約束をしている。
ならば、彼女が閉じ込められていた場合、誰も探しに来てはくれないんじゃないか。
真っ暗な小屋の中で一人過ごす心細さをパトリシアは知っている……
そう思ったら見てみぬふりは出来なくて、パトリシアは中庭の先にある林の方へと駆け出したのだった。
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