それは不遇な恋の始まり②

 王位継承権一位を決める決闘の日。


 なんで自分は行けないのかとリオノーラは無理やりついて来ようとしていたが、クラウドから一言「屋敷に居なさい」と言われると、しゅんと大人しくなっていた。


 城についてすぐ、パトリシアが通されたのは立会人の控室ではなく書庫。クラウドの口添えにより、城に保管されている貴重な聖女の文献を見せてもらえることになっていたのだ。


 けれど書庫で文献を何冊読んでもどうすれば聖女の刻印を貰えるのか。その答えはどこにもなかった。


 ある聖女は大聖堂にて大天使ラファエルの加護を受けたとあるし、ある聖女は婚約者との口付けにより刻印が現れたとある。現国王の王妃もある日祈りを捧げていると、温かな光に包まれ刻印を授かったのだとか。


(アニメではどうだっただろう……ヒロインが刻印を貰った回は、覚えが……)


 残念なことに、パトリシアはこの世界と類似のアニメのファンというわけではなかった。

 妹が好きなアニメでたまに一緒に観ていた、その程度の知識しかない。


(こんなことなら、もっと妹の熱い解説に耳を傾けておけばよかった)


 後悔しても遅いけれど、アニメ最終回にて断罪されるパトリシアのシーンだけは鮮明に記憶に残っているので怖い。

 味方だと思っていた人たちにも裏切られ、孤独のまま失意のうちに処刑されるのだ。


「はぁ……真新しい情報もないし、もう行かなくちゃ」


 一つ新たに知れた事といえば昔の文献にある聖女たちは刻印を貰う時点まで処女だったという事実ぐらいだろうか。

 近年の聖女たちの事情は知らないし、それが条件の一つなのか偶然なのかは分からないが、自分も刻印を貰うまでは失わないように気を付けよう。


 決闘は夕刻前と聞いていたから、そろそろクラウドの待つ控室へ戻ろうかと、書庫の管理人に一言お礼を伝えパトリシアは部屋を後にした。






 結局、なにも分からないまま……。

 パトリシアは人気のない吹き抜けの廊下をトボトボと歩く。そよぐ風にふわりと黒髪が舞いあがり、片手でそれを押えながら溜息を吐いた。


「「はぁ……」」


 重たい溜息が見事に誰かと被り、少し驚いてそちらに視線を向ける。

 すると中庭に下りる廊下の階段に腰を下ろしていたもう一人の溜息の主も、こちらに気付き振り返った。


「「…………」」


 なんとなく目が合ったまま、二人は無言だった。


(サディアス殿下、もうすぐ決闘なのにこんな所でどうしたんだろう)


 以前、階段から落ちる事件の発端となった手紙を頂いた事があったけど、サロンで話せなかったからと当たり障りのない挨拶の内容だった。パトリシアも一度それに返事を書いて、あれから特に接点もないまま今に至っている。


「御機嫌よう、サディアス殿下」

 無視して通り過ぎるわけにもいかないので、とりあえずあいさつをしてみた。


「御機嫌よう。本日は、俺たちの決闘の立会に来てくださったのですね」

「はい」

 これから命運を分ける決闘が控えているというのに、サディアスには覇気がない。


「……なんの面白みもない試合になると思いますが、ブレントの継承式を飾る余興だと思って楽しんで行ってください」

 サディアスは他人事のようにそう言うと、戦いに備えウォーミングアップをするでもなくぼんやりと空を見上げている。


 この人は最初から勝負する気がないのだなと察した。

 やる気がないと言うよりは、全てを諦めているようなそんな雰囲気が……少し前の自分と重なる気がして。


「……誰かに勝つなと言われているのですか?」

 隣に腰を下ろし遠慮なしにそう聞いてきたパトリシアにサディアスは少し驚いた様子だった。

「いえ、まさかそんな事……誰にも言われては、いませんよ」


「そうなんですか? まるで最初からブレント殿下の勝利が決まっているような言い方だったので、てっきり……」

 そこでパトリシアはハッとした。


 まさか……まさかとは思うが、彼も転生者でこの先、自分は一生ブレントに勝てないと人生投げやりになっている? だとしたら他人事には思えない。


「あなたはあの……もしかして、アレですか?」

「アレというのは?」

 転生者ですかと聞きたいが、もし違って言動を不審がられても困る。ここは慎重に言葉を選ばなければならない。


「……自分は、誰かの引き立て役で終わるのだと人生諦めている系の?」

「な……なぜ、それを」

「やっぱり、そうなんですね!」

 パトリシアは両手を口元に添え震えた。この反応、間違いないと!


「分かります、分かりますとも! わたしも同じです!」

 思わず令嬢の猫かぶりも忘れ素に戻って前のめりになってしまった。

「……貴女になにが分かると?」

 サディアスの声音は冷たかったが、同士を見つけた興奮からそんなこと気にせずパトリシアは力いっぱい彼の手を取り握りしめる。


「な、なにをっ」

「わたしも頑張るから、あなたもまだ諦めないでください……だって悔しいじゃなですか。誰かを引き立てるためだけに堕ちてく人生なんて」

「っ……」


「誰にだって幸せになる権利はあるはず。それは脇役として生まれたわたしたちだって同じです。けど、自分が幸せになることを諦めたら、そこで全部終わってしまうから」

 そう伝えたらサディアスの唇が僅かに震えた。


「君になにが分かるっていうんだ。俺の気持ちは誰にも分からない、分かるはずがない! 俺だって……本当は諦めたくない。見返してやりたい。俺にだって王になる資格があるはずなのに!」

 サロンで会った時と雰囲気が違うようだけど、それは彼の心からの気持ちが籠った叫びだった。


「でも……今までどんなに足掻こうとしても無駄だった。天は俺に味方しない。それなら、もう道化に徹して諦めた方が楽だろう」


 彼は今までもブレントの引き立て役を脱しようと一人足掻いていたのだろうか。

 同じ体験をしたら自分だってそう思ってしまうかもしれない。他人事ではない。でも。


「何が起きようとあなたが誰かを引き立てる道化になんてなる必要はないはずです」

「っ……なんで、そんなことっ」

 彼の声は震え、いつの間にか涙が頬を伝っていた。


「ごめんなさい、勝手なこと言って。でも、とても他人事だとは思えなくて……わたしも転生者だから」


 これからは同士として協力し合えるかもしれない。孤独に戦ってきたのであろう彼に、そう伝えたかった……のだが。


「ありがとう……でも転生者って、なに?」

「ん?」

 サディアスがきょとんと首を傾げたのを見て、パトリシアは固まった。


「あの……日本の」

「日本って?」

「……アニメを観た記憶とかって」

「アニメ? 初めて聞く単語だな」

 これは演技とかではなく、本気でなにも分からないといった表情だ。


(て、転生者じゃなかったー!?)


 一人で勝手に同士と勘違いして、熱く語ってしまった恥ずかしさからパトリシアの顔が一気に赤くなる。

 勘違いをしたままでよく会話が成り立ったものだ。


「あ、あの、ごめんなさい。わたし、ちょっと、いえ、わりと大きな思い違いをっ」

 しかしどんな思い違いかと聞かれても説明できないので困ってしまうわけで……

 パトリシアがしどろもどろ目をぐるぐるさせているのを見てサディアスが吹き出した。


「フッ、なんか分からないけど、もしかして俺たち噛み合わない会話してた?」

「そ、そうみたい……」

 なんだか気が抜けてパトリシアも可笑しくなって笑った。




 二人で一頻り笑い合った後、遠くの方で鳴り響いた鐘の音がそんな時間に終わりを告げた。


「……そろそろ決闘の時間ですね」

「ああ……もう一度ブレントと本気で挑む決心がついたよ。君のおかげで」

 メガネと長い前髪であまり表情は読み取れないけど、その声音には彼の決意が込められていた。


「そんな、わたしはなにも」

「嬉しかった……君にそんなつもりはなかったとしても、君がくれた言葉が」

 そう言ってもらえると、パトリシアも少し嬉しかった。噛み合っていなかったとはいえ、彼に掛けた言葉に嘘はないから。


「最後まで諦めないでがんばるから……俺の事、見ていて」

「うん、応援してる」


 本当はどちらかの王子に肩入れしてはいけないのだろうけど、ここでの会話は二人だけの秘密だ。

 パトリシアは真っ直ぐにサディアスを見て頷いたのだった。

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