それは不遇な恋の始まり①
それから数か月後。パトリシアは十三歳になった。
毎日、大聖堂で祈りを捧げることを日課とし、一般教養の勉強の他、王妃教育もそろそろ始まる予定だ。着々と聖女としての自覚が芽生えだしてきたと、クラウドも安心している事だろう……。
だから、夜になると部屋でこっそり素振りの練習や筋トレをしていることは、秘密にしている。バレたら聖女というか令嬢らしからぬと禁止されてしまうに違いない。
(自分の身は、自分で守らなくちゃ!)
第一目標に、聖女となり王妃になること。
第二目標に、もしなれなくても処刑されないよう、ヒロインを虐めたりしないこと。
第三目標は、世界の強制力というヤツで断罪される流れになったら、この身一つで逃げること。
教会の援助などを続けてもらうには、第一目標を達成しなければならないけれど、第三まで想定して準備するに越したことはない。
アニメの断罪シーンでは王家の部隊に取り押さえられていたから、あの人数を蹴散らす強さを手に入れなくては。
山賊仕込みの技の数々により、普通の同世代の子たちよりはやり合える自信もあるが、王家の部隊を相手にするには心もとない。
そこで最近のパトリシアは魔法にも手を伸ばしていた。
魔法には【火・水・風・土・光・闇】の六属性があり、魔法使いの素質がある者は基本的に一つ属性を持って生まれてくる。
パトリシアは治癒魔法が使えることから、希少とされる光属性。アンデット系の魔物には強いが人間相手の戦闘には基本向かない……のだが。
「ふふふ、まさかわたしが二属性を持っていたなんて」
稀に多属性を持ち生まれて来る者もいると知り、先日、屋敷の物置で埃をかぶっていた属性診断キットを見つけたのでこっそり調べてみたのだ。ダメ元だったが、自分の属性が【光・風】と判定された時には、両手を上げて喜んだ。
「風魔法なら、攻撃力も防御力も兼ね揃えているもの。取得すれば、逃亡する際に絶対役に立つ」
いざという時の切り札となるので、二属性を持っていたことは誰にも秘密にしたまま修行をしたい。そう考えたパトリシアは、誕生日プレゼントに自分で書店に行って本を選び買いたいとクラウドにリクエストし、こっそり初級魔術書を手に入れていた。
独学には不安もあったが、初級魔法で小さな物を浮かすぐらいなら意外とすぐに取得できた。出だしとしてはまずまずの出来だと思う。
「ふぅ……さてと、今日はもう寝なくちゃ」
魔術書を鏡台の引き出しの奥に隠すと、パトリシアはいつもよりも早くベッドに入った。
明日は、大事な予定がある。王子たちが十四歳の誕生日を迎え、ついに決闘する日なのだ。
明日の勝者が王位継承権第一位を獲得し、パトリシアの正式な婚約者となる。
その試合にパトリシアも立会人の一人として呼ばれている。
(アニメ通りならブレント殿下が勝つだろうけど……)
物語り通りに事は進むのか、パトリシアはそわそわと中々寝付けないまま夜を過ごした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「サディアスはいい子ね」
今よりずっと幼い頃、母はいつもサディアスの出来る事が増えるたびに褒めてくれた。
もっと母に喜んでほしくて、読み書きも剣術もがんばった。いつか王となって、いつも母と自分を見下してくるあの正室たちを見返してやろうと子供ながらに思っていた。
けれど……
「サディアス、いい子だから。あまり目立つようなことはしないで?」
メキメキと実力をつける息子を見るたび、母はなにかに怯え悲しげな表情しか見せなくなった。
「ブレント殿下より目立ってはダメよ。上を目指してはダメ。本気を出してはダメ。勝ってはダメよ」
成長するたび、出来る事が増えるたび、してはダメな事も増えてゆく。
「これはあなたを守るためでもあるの。分かってくれるわね?」
なぜ? どうして? 分からない。納得がいかない!!
けれど自分が言う事を聞かなかったせいで母は……
「っ!?」
サディアスはハッと目を覚まし、額に滲む嫌な汗を拭った。
外はまだ薄暗く朝方のようだ。
嫌な夢をみた。決闘の日だからだろうか。
「……今日もあいつの引き立て役か」
やる前から結果なんて見えていた。自分に勝ちは許されていないのだから。
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