転生王子は男装女騎士(死亡確定キャラ)を守りたい~最終手段は婚約破棄だったんだけど~

あさぎ かな@電子書籍二作目

第1話 王子視点

 

「あ、えっと、ミレイユ、……僕と婚約破棄をしてほしい」

「は?」

(あ、滅茶苦茶怒っている!)


 猛禽類を彷彿とさせる鋭い視線に、思わず飲まれそうになった。

 黒馬にまたがり、男装した凜々しい公爵令嬢は騎士の誰よりも気品と威厳に満ちており、軟弱で元陰キャの王子と違っていつも堂々としている。うん、格好いい。

 今も秋の実を祝した狩り大会の最中に告げる言葉ではないのだが、それでもここで言わなければ機会を失ってしまう。


 僕には勿体ないくらいのできた婚約者。

 美しくて、凜々しく義理堅い彼女。

 前世でずっと好きだった乙女ゲームのキャラ。妹がプレイしていたのを横で見ていて、その見た目と生き様に一目惚れだった。


 だから転生して大好きな彼女の婚約者になった時は一人で舞い上がったし、秘密の部屋に彼女の肖像画とか贈られたものを飾っている。恋人特権だから、犯罪じゃない……たぶん。


 彼女は『絶対零度の女騎士』なんて呼ばれ、いつも毅然とした態度だけれど、お茶会の時にスコーンを口にしている姿がとっても可愛くて「こういうのをギャップ萌えっていうんだな」って思ったほどだ。

 読書や紅茶が好きで、編み物もとても上手な女の子らしい女の子だ。その両手は固く、剣術でできたタコや刀傷も薄ら見えるが、それすら愛おしい。


 長い青紫色髪、紺色の瞳、百七十センチで僕と背丈はあまり変わらない。男装のため胸にサラシを巻いて軍服を着こなしているが、今日は一点だけ違いがあった。

 長い髪を結んでいるリボンは、僕の瞳と同じ鳶色と髪の金を使っていた。

 あれは僕が前に贈ったもの。自分が贈ったものを身につけてくれることが嬉しくてちょっと浮かれていた。いや状況的にそうじゃないのだけれど!


「――クロード王子」

「え、あ、はい!」


 声も凜としてすごく好きだ。眉をつり上げて見つめる彼女に、僕は馬の手綱を引きながら言葉を返す。

 

 死ぬほどつらいけど!


「婚約解消したい……理由を聞いても?」

(君に死んでほしくない――って、言えたらいいんだけれど)


 僕の婚約者であるミレイユ・グランジェ・ジルは、乙女ゲーム《泡沫の乙女》に登場する死亡確定キャラだ。

 乙女ゲームの終盤で大量発生した魔獣に立ち向かい、王族を逃すために一人で残った誇り高き女騎士。その戦い方や生き様は胸熱だが、実際に死なれるのは困る。

 大好きな彼女を死なせたくない。


 だから幼い頃から彼女を騎士ではなく、普通の令嬢としての生活ができるように根回ししたのだが、彼女の一族は代々騎士団を勤めるゴリゴリの武闘派だった。

 初手で詰んでると思った。

 そのほかにも色々頑張ったのだが、結局シナリオ通り彼女は騎士となった。男装は──周りから女だからと言われないためらしい。女性で術者や近衛兵などいるものの、騎士に至ってはさほど多くない。

 彼女が騎士になるのも、婚約者になったのもシナリオ通り。

 

 何もかもがシナリオ通りに進んでいくのが悔しくて、不甲斐なくて、だから最後の手として婚約破棄を申し出た。

 実際に婚約破棄をするのは嫌だし、ミレイユと別れたくない。でも彼女を失うほうがもっと嫌だ。

 ぐっと手綱を握る手に力がこもる。


「僕は――」

「他にお慕いする令嬢でもいらっしゃるのですか」

「え、は?」


 一瞬聞き間違いかと思うほど、小さく絞り出したような声に耳を疑った。

 風が吹き荒れ、木々が揺れて耳障りなほど煩い。


「最近編入してきたエレイン嬢のことが」

「それは絶対ない。(ヒロインからしても僕のルートはないし。あっても断るけど)」

「じゃあ、他の令嬢ですか?」

「違う。けれどこうしないと君が――」


 そう言いかけて彼女の背後に突如、漆黒の獣がミレイユに飛びかかるのが見えた。

 叫んでも遅い。

 飛び出しても間に合わない。


「ミレイユ!」

「王子との──邪魔をするな!」


 漆黒の獣が僕の視界から消えるのが見えた。次の瞬間、木々をなぎ倒して吹き飛ぶ獣の姿を断片的に捉えた。

 あろうことかミレイユは素手で獣を掴んだ瞬間、明後日の方向に振り回して投げたのだ。しかも騎乗した状態で。ミレイユは眉一つ動かさず、首にかけていた笛で魔物出現を合図する。その対応には一切の無駄がそぎ落とされ、機械的にすら思えた。


(惚れる。……って、そうじゃなくて、なんでこのタイミングで魔物が!? ゲーム終盤とはいえ魔物が出てくるのは狩り最終日なはず!)


 一日目の狩り大会で婚約破棄を行えば、その対処として彼女を狩り場から引き離せると思ったのだが――甘かった。

 この数ヶ月、執務に追われていて、ミレイユと時間を取れなかったのを今更ながらに悔いた。仕事では顔を合わせるが二人で話す時間などなかったのだ。

 婚約破棄のタイミングも公衆の面前って予定だったものグダグダである。


(いや、今更後悔している場合じゃない。ここはとりあえず二人で撤退をして――)

「クロード様、いますぐ会場にお戻りください。先ほどの魔物は斥候でしょう。すぐに四足獣の、魔狼人ダークウルフの大群がここに来るでしょう」

「それならミレイユも一緒に」

「二人で逃げている時間はありません」


 これもシナリオの強制力なのか。

 ミレイユは僕の愛馬を軽く蹴って走るように促した。驚いた愛馬は会場に向かって駆け出す。


 手綱を引いても、勢いをつけて駆け出した愛馬はいうことをきかない。振り返ればミレイユはすでに四足獣との戦いに入っていた。馬の乗り捨て、あの場で食い止めるつもりなのだろう。


 爪や牙に毒を持つ四足獣。魔狼人ダークウルフ、元々は精霊コボルドが邪気に染まって魔物に落ちた魔物で、厄介なのはその数だ。

 いくら一騎当千のミレイユでも、多勢に無勢では一刻も持たないだろう。

 遠ざかるミレイユの背中が歪んで見えた。

 彼女と出会った記憶が脳裏に巡る。


『初めまして、クロード王子。私が婚約者兼貴方の剣となるミレイユ・グランジェ・ジルと申します』


 そう言って微笑んだ幼い彼女は、すでに剣術を身につけていた。


『わ、私が甘いものを好きなのを……バカになさらないのですか?』


 二人きりのお茶会で出した茶菓子を美味しそうに頬張る彼女が可愛くてしょうがなかった。


『王子は私が守りますので、ご安心ください』


 市井の視察に出向いた際に賊に囲まれた時も、彼女は勇敢で判断力に優れていた。けれど、僕を守る事を優先することが増え、傷を負うことが増えた。


『クロード様、そんな顔をなさらないでください。傷は騎士にとって勲章のようなものです』


 それでも女の子に傷ついてほしくないと、泣いた僕に彼女はとびりきの笑顔で答えた。


『貴方が私のお守りすべき主で本当によかった』


 このままでいい訳じゃない!

 歯を食いしばり、僕は馬から飛び降りた。

 幸いにも風の加護で上手く着地できたが、思いのほかミレイユの戦っている場所からは少し遠のいてしまった。

 戦力外で、王族の僕が戻ったところで足手まといにしかならないかもしれない。

 けれど彼女を、彼女だけを戦場において自分だけ逃げたくない。


(好いた人に守られてばかりなのも嫌だ!)

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