第8話 エジプト編
ヌート神がおわす天空に月が昇る。
月影でよく見えない神殿の足元にヌビア人の盗賊が2人、隠された王族の墓を探していた。
日中、商人のフリをして市場の民に訊いたところ、古くから西の砂漠にある誰も近づかない神像の元に何らかの神を祀った財宝があるという。
王族の墓ではないが、少しは期待できそうだ と、盗掘用の道具を色々とラクダに積んできたが、神像の足の間には無防備にも扉が用意されていた。
こんな状態で誰にも荒らされないものなのかと不安になったが、扉は綺麗で無理矢理開けた様子も、大物を運び出すのに引きずったような跡もなさそうだった。
扉には閂が降りているわけでもなく、すんなり開くので、逆に罠が無いか入念に調べてから中へ潜り込んだ。
部屋内の松明を灯すと財宝は手つかずで残っており、盗賊たちは歓喜した。
装飾品を革袋に詰め込み、ラクダに乗せることが出来そうな家具を素早く選び、祭壇前の巨大な石箱はさてどうしようか という話になった。
これをこじ開けるのは相当な労力がいるし、泥棒稼業として長居するのは得策ではない。
盗賊たちは諦め、箱の上に嵌め込まれていたターコイズのスカラベを剥がし、袋へ放り込んだ。
その途端、スカラベが嵌めてあった箇所から黒い霧のようなものが吹き出し部屋に充満し始める。
盗賊は罠か呪いかと慌てて扉の外に出て唖然とする。
2頭のラクダは足跡の残さず消えていたためだ。
盗賊の1人は神の呪いに違いないと怯え、駆け出した。
もう1人は持ち出せるものだけ担いで走り出す。
黒い霧は今や大きく膨れ上がり、人のような姿を取っていた。
夜の最中でもはっきりと分かるそれは、王笏を持ち、コブラの冠を戴き、しかし顔の細かな造形は形作らず、常にぼんやりとしていた。
スカラベは何か悪しきものを封じていたのだろう。
盗賊たちは知らず、それを解き放ったのだ。
怯えた男は全ての荷を放り出し、足をもつれさせながら走った。
相棒にも”黒い王の財宝だから手放すように”と警告したが、もう1人は捨てずに走っている。
ふと、盗賊たちは先ほど見た神影が左右に立ち並ぶ路を走っていることに気付いた。
目の前に巨大な神殿が見えてくる。
馬鹿な。有り得ない。
この方角に、この先にこんな神殿はなかったはず。
革袋を携えた盗賊は訝しみ、走る速度を緩める。
先に駈け出した方が巨大神殿に辿り着くや、中にいるモノを見て恐怖に顔を歪め絶叫した。
扉から節くれだった、鉤爪を備えた巨大な腕が伸び、3本指のその手が盗賊を掴み、中へ引きずり込んだ。
盗賊の断末魔と嘲笑うかのような咆哮が、夜の砂漠に響き渡る。
山犬すら声を潜め、虫も息を殺しているような中、神殿からの咆哮はもう1人の盗賊の精神を揺さぶった。
財宝を持った盗賊は神殿に背を向け、巨大な霧の王へと突進した。
袋の中に入っているスカラベなら、霧の怪物に効果があるかもしれないという、一縷の望みを託して。
しかし盗賊の望みに反して黒い霧は薄らいで消え、気づけば四方が巨大神殿によって囲まれていた。
どの神殿からも哄笑が鳴り響いていた。
目の前の神殿が、参道に何かを吐き出す。
それは見慣れた背嚢をぶら下げた、干からびたラクダであった。
盗賊は自分の運命を悟り、頽れた。
翌日、禁忌となっている神像傍で、男2人が発見された。
1人は黒の王の神像の持つ王笏に貫かれ、もう1人は神像が持つアンク十字と共に握りこまれて絶命していた。
彼らが盗んだはずの装飾品は見当たらないため、元の場所に戻っているかもしれないが、誰も近付こうとはしないため確認が出来ず、あのスカラベが石箱の蓋に戻されているかどうかは、神のみぞ知るところである。
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