第6-21話 リンといっしょに④

 マンションの一室に用意されていた《異界》の入口。

 そこから中に入った俺は、リンちゃんといっしょに歓楽街の中を歩いていた。


 歓楽街は前にニーナちゃんに見せてもらったイギリスの旧市街を思わせるような、古風なヨーロッパ建築だった。その建物に貼りつけられるようにしてネオンが輝いているものだから、違和感が凄い。


「そこのお兄ちゃん。どうだい? ウチを見てくだけ見ていきなよ。男も女も両方いるよ――人も、人でないのもね」

「そこの女の子! そっちの男の子と一緒に遊んでかない? うちが一番安いよ!」


 しかも困ったことに俺たちが出た通りは通りだったみたいで、明らかに未成年だと思われる俺たちにも客引きをしかけてきた。それはショーウィンドウとして飾られている男女もそうだし、店先にいるキャッチと思われる男女も同様に、様々な方法で俺たちの注意を引いてくる。


 中には腕を引っ張るものも出てきたので、流石にそれは強い力で振り払ってから先を急いだ。


 そうやってキャッチたちを無視して歩いていると、リンちゃんが俺に耳を寄せてそっと尋ねてきた。


「あ、あの人たちってモンスターですかね……?」

「どうだろ……。僕には、普通の人に見えるけど……」


 まるで見せ物のようにガラス窓の中に飾られている美男美女に視線を向けてから、俺は思ったことをそのまま返した。


 そう。そこにいる人たちは普通の人間に見える。

 もしかしたら『劇団員アクター』が人の姿をしていたように、あの人たちも本当はモンスターで、人の真似をしているだけかもしれないが……それはそれで疑問が残る。


 《異界》はよっぽどのことがない限り、祓魔師たちは入れない。

 だから、その内側でわざわざモンスターたちが人の姿を取る意味が分からないのだ。

 けれど、人だったとしても何故異界の中に人間がいるのか? という疑問もあるのだが。


異界ここに閉じ込められてるって、ことですか?」

「んー。どうだろ、だったら客引きとかはしなさそうだけど……」


 客引きたちも普通の人間に見えるし、さらにはそこで仕事をしているように見えるので余計に状況を理解するのが難しい。


 とはいえ、警察官が音信不通になった理由は分かった。

 この街の中に迷い込んでしまって、外に出られなくなってしまったのだろう。


 俺はメールにあった警察官たちの特徴を思い返しながら、キャッチたちを押しのけて歩いていく。


 人のいる《異界》は、明らかに異質な状況ではあるが――今回の仕事は警察官を連れ戻すこと。俺は妖精ピクシーたちを呼び出してから、空に飛ばした。


 ぱっ、と流星のように《異界》を駆けていくピクシーたちを眺めてから、視線を前へと戻す。そうして歓楽街を抜けたら、今度はどっと歓声が聞こえてきた。


 声のする方へと視線を向ければ、そこには巨大なドーム状の建物がある。

 ぱっと見の大きさは……ショッピングモールくらいだろうか。かなりデカい。


「映画館……ですかね?」

「みたいだね」


 リンちゃんも同じように大きな建物だと思ったのだろう。

 身近にありそうなものをあげてくれた。


 そんなデカい建物が《異界》の中に存在すること自体が異様に思えるが、マリオネットが学校の屋上に遊園地を作っていたことをふと思い出した。『形質変化』で作っているから、魔力さえあれば作れるもののサイズには上限がないのだろう。


 ということは、この《異界》を生み出したモンスターの階位ってどれくらいなんだ……? ということを頭の中で考えつつ、俺は新しい妖精を呼び出した。


「あれも見てきて」


 俺が新たに呼び出したピクシーにそうやってお願いをすると、彼女たちはふわりと空に浮かび上がってから、まっすぐ建物に向かった。


「ちょっと、行ってみようか」

「はい!」


 俺たちはその後ろを追いかけた。

 建物までの路は、教科書でしか見たことないようなガス灯で整備されており、それが光を照らしているものの――それ以上に、看板からの強烈な光の方が強くあかりの意味を成していない。


 そうしてやってきた巨大な建物に近づくと、ガラス製の扉の前に立っているドアマンと目があった。まるで、ホテルみたいだな……と思っていると、彼らは扉を開いてくれた。


 俺は一瞬、その建物に入るかどうかを悩んで――そっとリンちゃんの腕を掴んでから、建物内部に足を踏み入れる。長身の男女二人組とすれ違いながら、足を踏み入れた先には巨大なエントランスホールが待っていた。


 おそらく三階までを吹き抜けとして作っているのだろう。

 相当に高い天井の上には、巨大なシャンデリアが飾ってあって、壁面には見たことのあるような、ないような絵画が飾ってある。


 ホールにはそれなりの数の人間がいて、各々自由に談笑していた。そうして談笑する人間たちに山羊の頭をしたウェイターたちがドリンクを差し出している。あの山羊の頭が本物なのか、それとも被りものなのかは区別がつかないところだが……ここでそれを明らかにするのは、あまり得策ではない気がした。


 そんな光景を見ていたら、リンちゃんが小さく呟いた。


「……日本じゃないみたい」


 確かに、彼女の言う通りだ。


 ここに来るまでの建物のデザインも含めて、確かに日本という感じはしない。

 どこか別の、外国にでも迷い込んでしまったような錯覚に陥る。気づかぬ内に転移してしまったのか……? という考えが頭をよぎったものだから、スマホで現在位置を確認しようとしたら、マップを開いたままスマホが固まった。


 ……これはGPS信号を掴めてないってことかな。


 そんなことを考えていると、ふわり、と先に飛ばした妖精が戻ってくる。

 それと同時に、建物の奥から歓声があがった。


「……見つけたってさ」

「え、何をですか?」

「警察の人」


 妖精たちからの報告を、そのままリンちゃんに伝えると彼女は瞳を大きく開いた。


「ど、どこにいたんですか!?」

「この先。だけど、ちょっと面倒なことになってるみたいで……急いだ方が良いかも」

「は、はい! お供します!!」


 俺が先を急がせるようなことを言ったら、血相を抱えたようにリンちゃんが頷く。


 そうして彼女といっしょにエントランスホールの最奥。

 2階へとつながる階段を勢いよくのぼったら、果てがないんじゃないかと思うような廊下にぶち当たった。廊下の奥の方には噴水が見える。ここ室内だぞ。


 そんなことを思っていると、再び声が聞こえてきたのでリンちゃんを連れて廊下の続く先へと向かった。噴水を迂回うかいし、シアターの出入り口みたいな扉を開けると、そこにあったのは、エントランスホールとは比較にならないほどに巨大な空間だった。


「ひろ……っ!?」


 思わず、隣にいたリンちゃんが小さく呟く。


 確かに広い。だが、先程と違って天井は低かった。ちゃんと1階分の高さだ。

 さっきリンちゃんが建物を「映画館」と表現したが……この場をたとえるなら、学校のグラウンド程度の広さ――と言ったところだろうか。


 その巨大な広場には人がごった返しており、ゲームセンターのゲーム機みたいなものに座っていたり、みんなが巨大なテーブルを前にして談笑をしている。


「こ、ここって、何なんですかね……?」

「……ここは」


 俺はそっと彼女にも聞こえるように、耳元で呟いた。


「ここは《だ」


 最初は、ゲーム機に見えていた筐体きょうたいもよく見ればスロットだと分かる。

 人が集まって談笑しているのは、賭博用のルーレットだ。


 奥の方にはポーカーエリア、というのだろうか。

 複数の参加者がトランプを持って、ディーラーと思しき山羊頭と何かしらの会話をしていた。


「か、カジノ? カジノって、あのお金を賭けたり、するところですよね……? ここに来る時のマンションにあったっていう……」


 しかし、リンちゃんはそういった周囲の状況に気を配ることなく呟くと何か自分の中で合点がいったのか「あ!」と声を漏らした。


「マンションにあった違法カジノって、ここのことですか……!?」

「多分ね」


 そう言ってから、小さく息を吐く。

 日常のどこかに《異界》につながる門を用意し、そこに人を集めてギャンブルをする。

 相手がどういうモンスターなのかは分からないが、それなりの賢さがあるというのが厄介で、嫌だった。


 だが、俺はここに来た本来の目的を思い出すと――静かに息を吐いて前を向いた。


「けど、いまはそれを考えるのは後にしよう。この奥に、警察の人たちがいるらしい」


 俺はそう言ってから、呼び出した妖精に先導させる。

 ギャンブルを楽しむ一般人たちを押しのけるようにしてカジノエリアを抜け、奥にあった赤いベールで包まれているエリアに足を踏み入れる。


 ベールをくぐると、ふっと周囲が暗くなった。

 だが、光が無くなった代わりに熱狂に包まれる。


 その瞬間、一際大きな歓声が上がる。

 暗闇の中心には、わざわざそこが目立つようにスポットライトが当てられていた。ライトの中心にあるのは金網で周囲を囲ってある小さなリング。


「……いた。あそこだ」


 そのリングの中心には、大きな山羊の頭をした二本足のモンスターと。

 

 ――それに相対するように、丸腰にさせられた四人の警察官が向かい合っていた。

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