第5-21話 不在の継承

 倒れている鍛冶師のもとに、一番早く駆けつけたのは1つ目のモンスターだった。

 彼は俺の『導糸シルベイト』に拘束されたまま素早く近づくと、老人の身体に手を当てる。


『坊っちゃん。あっしがカンヌキの身体を。法術を使いますが、構いませんね』

「大丈夫」


 俺がそう返すと、少年がその1つの目を大きく開いてから老人を見た。

 見た瞬間、勢いよく俺の方を振り向いた。


『こいつぁやべぇ! 坊っちゃん、治癒魔法は使えますかい』

「うん。使えるよ」

『さっすが。今からあっしが言うところを治してくだせぇ』


 そう言って少年が指さしたのは、胸の中央……そのやや左あたり。


「心臓?」

『大きな血の道が詰まってるんですわ』

「……なるほどね」


 さっき白血球のことを思い出したからか、俺の頭の中に小学生向け図鑑の絵が浮かぶ。

 心臓に繋がっている大動脈、その形が。


『そのまま「導糸シルベイト」を垂らしてくだせぇ。細かい場所はこっちで言いやす』

「……ん」


 モンスターの言葉を信用するなど、普通であればありえないことだが……事態が事態だ。


『もうちょい右でさぁ。ああ、そこで良いです。そのまま垂らして、垂らして。もっとゆっくり、急いで』

「どっちなの」

『ゆっくり急いでくだせぇ』


 そんなモンスターの言葉を信じるように、俺は糸を垂らし続ける。

 まぁ、もしモンスターが俺の手を使って鍛冶師を殺させようとしているのだとしても……『導糸シルベイト』がある。もし勢い余って大動脈を破裂させたところで、すぐに治せるだろう。


 そうして俺が糸を生み出していると、モンスターがストップをかけた。


『そこでさぁ。そこの詰まりを壊してくだせぇ』

「……うん」


 俺はその言葉を信じて、『導糸シルベイト』の先端を『形質変化』。血の詰まりを砕いた。

 果たして、俺が『導糸シルベイト』に感覚を研ぎ澄ませてみれば、その先でちゃんと流れていく感覚がある。


『うん。うん。これなら、しばらく安静にしてりゃ目を覚ましますわ。弟子に面倒見させましょ。それに、この歳なら仙境あっちに鬼腫を祓いに行けないのも納得ですわ。あっしが着いていくんで、弟子の初陣と行きましょや』

「……弟子?」


 俺が首を傾げると、俺と対象になるようにモンスターが首を傾げた。


『この歳だ。そろそろ後継あとつぎがいるでしょ』


 モンスターの言葉に俺は後ろを振り向く。

 そこには、俺よりも鍛冶師の事情に詳しい父親が立っていて、


「センセイに弟子はいない」

『はぇ?』

「少なくとも俺は知らない。そもそも弟子を取るような人じゃない」

『いや、いやいや。いやいやいやいや!!!』


 鍛冶師を地面に寝かしたまま、モンスターが立ち上がった。

 立ち上がったまま、信じられないものを聞いたかのように叫んだ。


『そいなら誰がカンヌキを継ぐんだ!? 仙境の魔力は毒だ。大人じゃ耐えられねぇ。子どもの頃からと。それも、普通の子どもじゃ駄目なんだ。適性がねぇといけねぇ!』

「適性?」

『仙境は生き物! 相性ってモンがあるんですわ。普通の子どもじゃあ「カンヌキ」にはなれねぇ。深い絶望を知ってる子どもじゃねぇと』

「あ、だから……」


 だから、あの鍛冶師はニーナちゃんを置いていけと言ったのか?


『あっしが目覚めた時点で、口伝が途切れてるんじゃないかとは思ってましたがね。こんな厄介な状況は流石に初めてですよ』


 モンスターはそう言いながら、その額を抑えた。

 抑えた瞬間、顔一面に広がっている巨大な瞳をやや細める。


 なるほど、1つ目だと額に手を当てようとしたら目にあたっちゃうのか。

 

 俺が変な納得をしていると、モンスターが慌てて騒ぎ始めた。


『ああ、ああ! どうしよう。お館様に怒られちまう。本当にどうしよ……。あ、そうだ! アカネのねぇさん。あの人、まだ生きてるでしょう!』

神在月かみありづきの? うん。会ったことあるよ」

『あの人がいた! あの人に助けを呼びましょ。鬼腫キシュを祓える法師を呼んでもらいましょ! なに、そんな難しくはねぇ。10歳までの子どもか、10歳までに仙境の魔力に身体を慣らしている法師なら誰だって入れやすぜ!』


 そう言って目を輝かせる1つ目の少年。

 目がでかいから、ものすごく期待感が伝わっている。


 目は口ほどになんとやらだ。


 なんとやらなのだが……いまの俺は七歳。

 七歳だからこそ、気になることがある。


「ねぇ、それ……僕じゃ駄目なの?」

『坊っちゃん? あのですね、さっきも言いやしたが相手は丙種第五階位。お言葉ですが、死ににいくようなもんですぜ。アカネのねぇさんなら、この状況に適切な人間を連れてきてくれるでしょうに』


 そう言ったモンスターに向かって、黙りこくっていたニーナちゃんが口を開いた。


「だったら、イツキが向いてるわ」

『坊っちゃんが?』

「イツキは『第六階位クイーン』をもう三体も祓ってるもの!」

『く……?』

 

 ニーナちゃんがまるで自分のことのように胸を張る。

 張るのだが、何を言っているのか伝わっておらずモンスターが首を傾げた。


 だが、そこに父親が重ねる。


「『第六階位クイーン』とは乙種のことだ」

『へぇ、乙種を……』


 1つ目の少年は意外そうに俺の顔を覗き込む。

 覗き込みながら『ん? 乙種……?』と、言葉の意味を確かめるように呟いて、


『ええぇっ!!? 本当ですか、坊っちゃん!!?』


 その1つ目を馬鹿みたいに見開いて、俺のところに駆け寄ってきた。


「う、うん。ほら……」


 若干、その勢いに気圧されつつ俺はネックレスに連なった遺宝を見せる。


『うへぇ……! 遺宝だ……久しぶりに見た……。じゃあ、本当に? その歳で?? 乙種を??? そんなの聞いたことねぇ。でも、嘘じゃあねぇもんな……。信じられねぇ……』


 1つ目の小僧はやや引いたようにそう言うと、不思議そうに首を傾げた。


『ほいなら、なんでそんな怪物がこんなところにいるんです? その歳で乙種を祓ってるんだ。英雄のように祭り上げられててもおかしくないでしょう? あぁ、いや。そうか。刀を打ちに来たのか。はぇ〜』


 一人で質問を投げかけ、一人で納得した少年はぽん、と手を打った。


『あ、分かった。だからあっしが目覚めた時、眼の前に坊っちゃんがいたのか』

「何が分かったの?」

『えぇ、えぇ! あっしはね、こういうときの。目覚めたのは偶然じゃあねぇ。坊っちゃんを仙境に連れて行くために目が覚めたんだ』


 どん、とモンスターが地面を踏み込むと俺に向かって手を差し出した。


『坊っちゃんがいれば百人力だ。ぜひ、仙境あっちに案内したいんですが……坊っちゃん、刀は?』

「ううん。持ってないよ」

『完成もしてない?』

「打ってもらってもないんだ」


 そういうと少年はその一つしかない眉を見事にひそめる。


『鍛冶は。多分ですが、釣り合いが崩れるのをカンヌキが嫌ったんでしょうな。しかし馬子にも衣装。法師に刀だ。釣り合いを取り戻した暁にゃ、打ってもらわにゃいけませんぜ』

「た、倒れてるけど……?」


 俺がそういって地面に寝ている鍛冶師に視線を向けると、モンスターは肩をすくめた。


『大丈夫でさぁ。目を覚まして釣り合いさえ取り戻せば、カンヌキも元気になるでしょう。そうなりゃ、あっしがガツンと言い聞かせますよ!』


 それで刀を打ってもらえるんだろうか。

 まぁ、別に俺としてはどっちでも良いのだが……ニーナちゃんを置いていかないのであれば貰えるものは貰っておきたい。


『さぁて、坊っちゃん。行きましょうや、仙境に』

「どうやって行くの?」

彼岸あっち此岸こっちの境目はそう多くねぇ。その内の1つがここにあるんですわ』

「……どこ?」


 俺がそう問いかけると、少年は口元に笑みを浮かべてまっすぐ指す。


 そこには、先ほどモンスターの現れた……古びた井戸があった。

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