第5-19話 丁稚
その後、何度か父親が小屋の扉を叩いたものの鍛冶師は沈黙。
一向に小屋から出てこなかった。
「ふうむ。これはもう根比べだな……」
渋い顔をしながら、父親が息を深く吐き出す。
思っていたよりも手紙の効果はあったけど、それ以上に切迫した何かがあったと思うべきなんだろうが……いや、なんなの?
鍛冶師が話をしてくれないと、何が切迫しているのかも分からない。
仙境って言った時にとんでもなく青い顔をしていたから、切迫している事情はもしかして仙境絡みだったりしないだろうか。
いや、これは俺が自分の都合の良いように考えているだけかもな。
俺はいったん自分の思考のリセットも兼ねて、数度、深呼吸。
そして、さっきのモンスターが出てきた井戸に視線を戻した。
「ねぇ、パパ。さっきのモンスター……どうして、あんなにしぶとかったんだろう」
「魔力が濃いからだろう。人にとっても、“魔”にとっても、魔力は生命力。それがここでは濃い分、
「……そうなんだ」
それを俺は喜べば良いのか、厄介だと思えば良いのか。
確かにさっき魔法を使った時に魔法の威力が増していたから、治癒魔法とかの効果も強まるんだろう。強まるとは思うのだが、流石に首と身体が切れても生きているのはモンスターだけだと思うんだよな。
人間がそんな状態になったら生きていられないでしょ。
まぁ、とはいえ。
モンスターがしぶといのは今に始まった話じゃない。
雷公童子とか『
雷公童子が『第六階位』だから、それだけしぶとかったという話もあるが、そうだとすれば魔力の濃いこの場所なら同じように死にづらいモンスターが出てきてもおかしくはない。
ちょっとげんなりとしたものを感じていると、父親が諦めたように深く息を吐き出した。
「とりあえず、神在月にこの話を伝えよう」
「旅館に戻るの?」
「うむ。ひとまず、作戦会議だな」
父親が仕方なくそういうと、踵を返した。
せっかく観光を打ち切ってまでやってきたんだけどな……と思いながら、俺もその後ろに続く。
アヤちゃんとニーナちゃんは、何か言いたげな顔をして……結局、何も言わずに俺たちとともに山道に足をかけた。
彼女たちは、ちょっとムスっとしたまま黙りこくっている。
表情から考えるに、怒りたいけど怒る相手がいなくて感情が空振っている感じだ。
まぁ、その気持ちも分かる。
鍛冶師は短い時間に2回も依頼を断っているし、その理由も説明しないし。
あとニーナちゃんに至っては、それなりの
そうして、もやもやとしたものを抱えたまま父親の車に乗り込む。
エンジンがかかって、父親がアクセルを踏み込み、車が発進。
二車線の道路から、ガードレールもない落ち葉で埋まった一車線の道に差しかかり、そこに入った瞬間、
「……ッ!?」
一つ目の、少年が道の真ん中に立っていた。
父親がアクセルを強く踏み込むのと、俺が『
「『
息を吐き出す。炎の槍が1つ目の少年に向かって放たれる。
しかし、1つ目の少年は手で何かを編むように動かすと、空に向かって飛翔。魔法を回避した。
その一連の動きを見ながら、俺は歯噛みする。
「……っ!」
……『
視界を確保するために作った『魔力遮断』レンズのせいだ。
俺はカット率を『形質変化』によって調整しながら振り返る。
振り返ると、かすかに空中に見える糸の軌跡。そして、その軌跡を追うと糸を木々に絡みつけて空中を飛ぶ少年の後ろ姿が見えた。
……よし、見えるぞ。『
俺が内心、ガッツポーズを決めたのと『
その瞬間を狙いすまして、俺は魔法を放った。
「『
『おわッ!?』
生み出した不可視の刃がモンスターの足と身体を断つ。
動きを封じ、次の手を放つために魔力を編んだ。
編んだ瞬間、こちらに向かってモンスターがまっすぐ手を伸ばしてきた。
『あ、ちょっと、話しましょうよ! 話せば分かりますって!』
「『
『あっぶねッ!』
刹那、放った炎の槍が地面をえぐる。爆発。
しかし、モンスターはとっさのところで地面を転がって回避……しきれず、爆風に巻き込まれるようにして吹き飛ばされた。複数回バウンドし、ぼろぼろになったままモンスターの身体が止まる。
わずかに遅れて、父親が車を停める。
俺はシートベルトを千切るようにしてとり外すと、そのまま車外に飛び出した。
次は絶対に外さない。
そう思って『
『初対面の人間に法術使ってくるって、どういう教育受けてんスか!?』
「モンスターでしょ」
『え、“魔”の南蛮式の呼び方……? かっこいい……』
言ってる場合か?
『って、そうじゃなくて……! 確かに、あっしは“魔”ですけども。昔はやんちゃしてたんですけども』
「ほら」
『いまや調伏されてしまってるんですわ! これはもう人間みたいなものなんですわ!』
いや、その理屈はよく分からないけど……。
俺がモンスターの言葉を聞き流し祓うために『
『戦ってる場合じゃないんスよ!
「…………?」
モンスターの言葉が意味不明なのは今に始まったことではない。
無いのだが、俺は眼の前のモンスターがただの意味不明な言葉を並べているとは思えなかった。
「モンスターがこっちに来て、何か困ることがあるの?」
『困りますよ! お
「……使い魔ってこと?」
『あ、それ! 流石! よく言葉を知ってらっしゃる! いやぁ、一目見たときから賢そうなお坊ちゃんだと思ってましたよ!』
よく口が回るモンスターだな……と、俺が思ったのもつかの間、彼はそのまま勢いよく頭を地面に叩きつけた。
『どうか、この通り! いったん法術は置いといてくだせぇ。この辺に、刀鍛冶が住んでるはずだ。どうか、案内のほどを』
これまで色んなモンスターに会ってきたが、流石に土下座するモンスターは初めてである。
しかも困ったことに眼の前のモンスターは『
「……もし、僕たちが案内しなかったらどうなるの?」
『
モンスターは頭を下げたままそう叫ぶ。
「釣り合いを取らないと、どうなるの?」
『
そう言うモンスターの声色に、どうやら嘘は
「というか、さっきから言ってる『あっち』って、何のこと?」
俺がそう尋ねた瞬間、一つ目の少年はばっと顔をあげて至って真面目な顔で言った。
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます