第4-29話 夢のありか:上

『それよりさ! それよりさ! 酷いんじゃない? ボクもゲームに入れておくれよ!』

劇団員アクターはトランプ持てないでしょ」

『それもそうだね! アハハ!』


 気の抜けた笑い声が俺の部屋に響く。

 確かに劇団員アクターの手は丸いので、とてもじゃないがトランプを持てるような形はしていない。


 というか、俺の家にこんなヌイグルミなんていたっけな?


『ボクは君の妹君のヌイグルミだよ! 君のじゃァないさ! 忘れないでおくれよ』

「……うん? うん。そっか」


 なるほど。ヒナのか。

 確かにヒナなら持っているかもしれない。新しい家が建ってからヒナの部屋も用意されており、そこは完全に俺の不可侵なのだ。


 とはいうものの、前にアパートに住んでいた時はヒナが相当のヌイグルミを持っていたので、あの部屋の中がヌイグルミだらけになっていることは想像がつく。だとしたら、その中にいてもおかしくない。


 劇団員アクターの答えはまるで俺の考えを先回りしたかのような回答だったが、そんなに俺の顔に出ていたのだろうか? まぁ、変な顔していたから先んじて教えてくれたってところだろうか。


 それにしても劇団員アクターねぇ。

 ……どういう仕組みで喋ってるんだ? これ。


 何も無いのに勝手に動くヌイグルミが不気味なので、聞いてみる。


「ねぇ、劇団員アクターってどうやって喋ってるの? スピーカー?」

『うん? いやいや、口だよ。ほら、口が動くとボクの可愛い声が聞こえてるでしょ?』

「全然動いていないけど……」

『あら? あらら? あれだね! イツキくんは心が汚いんだね! 綺麗な子には口が動いて見えるんだよ!』


 適当すぎるだろ、と思いながらアヤちゃんの方を見ながら尋ねた。


「どう? 動いて見える?」

「ううん。全然動いてないよ」

『えぇー!?』


 劇団員アクターはわざとらしく声を上げて、ひっくり返る。


 まぁでも真面目に考えたらスピーカーとかだろうな。

 ヌイグルミの中に埋め込まれてるんだろうか。可能性としてはありえるな。


 喋りの次に気になるのは劇団員アクターが動き続けていることだ。


「ねぇ、劇団員アクター。どうやって動いてるの?」

『ふーむむ。それはね、難しい質問だ。逆に聞くけどイツキくんは、なんで呼吸をしたら生きていられるの? どうやって筋肉を動かしてるの? それらは説明できるかい?』

「……うーん」

『怪しいよね! 怪しいよね! ボクも一緒さ。アハハ!』


 掴みどころの無いままケラケラと笑う劇団員アクター

 そのまま片足で立ってクルクルと回り始めた。


「い、いやいや。流石におかしいよ。どうやって回ってるの」

「何言ってるのよ、イツキ。劇団員アクターって昔からこうでしょ?」

「えぇ……?」


 ニーナちゃんから太陽は東から昇るのよ、みたいな感じで『昔からこうでしょ?』と言われてしまうと間違っているのは俺なんじゃないかと思えてくる。


『ジャイロ効果ってヤツじゃないかな! 自転車や一輪車と同じなんだよ。にぱーっ!』

「……いや、それは知らないんだけど」


 ジャイロ効果ってなんだ……?

 俺が知らないだけでヌイグルミが勝手に動いて片足立ちで回転する理論があるんだろうか。


『知らないことは恥ずべきことじゃないよ! 君は無知の知。ボクはふわふわ』

「……何を言ってるの」

『励ましてるのさ! アハハ!』


 くるくると回り続けた劇団員アクターは、しかしアイススケーターのように急に回転を止める。


『ふぃ〜。励ましたら疲れちゃった。ひと休み。ふた休み。み休み?』

「…………」


 劇団員アクターはそんなことを言いながら再びニーナちゃんの後ろに置いてあるおもちゃの椅子に腰掛けた。


 動き続ける人形を不気味に思っていたのもつかの間、家の鍵ががちゃりと開く。

 

「イツキ。ただいま〜。あれ? アヤちゃんたち来てるの?」


 玄関から聞こえてきたのは母親の声。

 それからさらに、どたどたと足音が響く。


「にいちゃ、おかえり!」

「ただいまでしょ」

「そう! ただいま!」


 母親と一緒に買い物に行っていたヒナも戻ってきたのだ。

 それに遅れて母親が部屋に顔を覗かせる。


「もう、イツキ。お客さんが来てるならお茶くらい出さないと」

「あ、う、うん」


 母親にそう言われて、俺はトランプを置いて立ち上がった。

 喋るヌイグルミが部屋の中に居続けることに不気味さを覚えつつ、俺がキッチンに向かおうとした瞬間、劇団員アクターも一緒についてくる。


『ボクもイツキくんを手伝うよ〜!』

「えぇ……。別にいいよ……」

『そんなこと言わないでよ! 笑顔があればパワーは100倍! スマイルスマイル。にぱー!』


 劇団員アクターの適当な発言を聞きながらキッチンでお湯を入れる。

 その間、暇だから魔法の練習でもしようかと思って手を差し出して……。


『何やってるの?』

「……うん? あれ」

 

 ……何をやろうと思ったんだっけ。


 俺は手を差し出したまま固まってしまう。

 いま、確かに何かをやろうとしたんだけどな……。


『お湯が湧くまで暇だし、おしゃべりしようよ!』

「えぇ? 劇団員アクターと?」

『そう! いつもやってるじゃん。じゃあ、そうだなぁ〜。イツキくんの将来の夢!』

「…………」


 急に劇団員アクターに話を振られて、言葉に詰まった。

 

 具体的に将来の夢なんて聞かれても困ってしまう。

 だって俺はこれまで『死なないため』に頑張って生きてきた。

 痛いことも苦しいことも嫌だから、そうならないように頑張ってきた。


 だから、そんなことを聞かれても……聞かれても?

 なんで『死ぬかも』って思ったんだろう?


『じゃあ当てるね! 野球選手ですか? うーん、これはいいえ。サッカー選手ですか。うーん。これもいいえ!』

「なんでずっと一人で喋ってるの」

『イツキくんが喋ってくれないんだもーん! うん。じゃあ、真面目に当てるね。イツキくんの夢は将来を無事に過ごすこと!』

「……まぁ、それは」


 そうだ。


『怪我せずに、病気をせずに、病めるときも、健やかなるときも、元気に元気に過ごすこと』

「……うん」

『ほらね! ほらね!! でも安心さ。心の底から大丈夫! には君の安全を脅かすものは何も存在しない。君の世界。君だけの世界。恐れることはない。穏やかで、落ち着いて、何も変化のない安全だけがある世界』

「…………」

『今度はもう一度。質問を変えてみようか』


 ヤカンのお湯が、ふつふつと音を立てる。

 劇団員アクターはくるりと回る。回ってから静かに聞いた。


『ここは理想の世界かい? イツキくん』

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