第4-14話 公私混同
仕事の誘いが書かれていた手紙には、ちゃんと返信用のレターセットがついていた。
だから、それに遊園地での仕事を受けると書いてポストに入れたら土曜日に黒服のお兄さんが家まで迎えに来てくれた。
なんと俺たちを連れて行ってくれるのだと。
というわけで俺とニーナちゃんは黒服のお兄さんに連れられて一緒に遊園地に行くことになった。
無論、これは仕事である。
確かに向かう場所は遊園地だが、出てくるのはモンスター。
それも子供が何人も行方不明になっているような場所である。
出てくるとされているモンスターの階位は前回の仕事で戦った首なし男と同じ第三階位だから油断しなければやられることは無いと思う。
いや、流石にそれは慢心だ。
どれだけ気をつけても万が一が起きるのがこの仕事だ。
例えば以前、イレーナさんと一緒に田舎に行った時に戦ったモンスターはPDFに『刻術』を刻んでいたことがあった。
あれは誰も油断していなかったが、それでも街にいる人たちが数多くの行方不明に違和感を覚えないようにされているなど無茶苦茶なことをやっていたくらいである。
油断をしていなくてもあんな目に会うのだから、もっと気を使うべきだったのだ。
というわけで、俺は気合いを入れ直して向き直る。
とはいえ俺が最後に遊園地で遊んだのは前世の10歳よりも前のこと。
休みの日に一緒に遊ぶ友達も、1人でわざわざ遊園地に遊びに出かけるほどのアクティブさを持っていないので遊園地なんて過去のものである。
加えて言うなら家族以外の人と遊園地に来るのも初めてだ。
いや、俺とニーナちゃんは仕事で来ているので、これを正しくカウントして良いのかどうか分からないけど。
そんなことをぼんやりと考えていると、遊園地の駐車場に車が停車。
郊外にある小さな遊園地は土曜日だからか、それなりに盛況。
空いているスペースを見つけるために5分くらい駐車場内で、ぐるぐると回っていた。
「では、行きますか」
「うん」
お兄さんが車から降りたのを合図に、俺たちも下車する。
冬に差し掛かろうとする秋風が俺たちの間を吹き抜けて、心地良い。
「とはいえ、私は園内に付き添う形になります。ですので、戦うことはできません。ご了承ください」
「大丈夫。分かってます」
俺はそう返して、お兄さんが買ってくれたチケットを受け取った。
入場するときに受付の人に『なんでスーツを着て遊園地に……?』と
入るときに、受付のお姉さんが黒服のお兄さんに釘を刺す。
「最近、迷子のお子さんが増えてらっしゃいます。お子様から目を離さないようにお願いいたします」
「はい。分かっています」
「では、楽しんで!」
受付のお姉さんにそう言われて、俺たちが中に進むと、ぱっ、と眼の前に広がるアトラクションたち。
ジェットコースターとか、観覧車とか、メリーゴーランドとか、そういうオーソドックスなものが、大きいからまず目に入ってくる。
「着ぐるみの見た目はピンクのウサギよね」
「はい。ですが、ここの遊園地では白いウサギはいてもピンクのウサギの着ぐるみはいないそうです」
「すぐに見つけられそうよね」
「そうであれば何よりです」
事前に聞いていたモンスターの特徴を、ニーナちゃんと黒服のお兄さんがやり取りし合う。
今回はモンスターの写真などはない。
ただ、遊園地の職員さんから聞いたモンスターの見た目の情報はある。
だから、それを元に探し出せば良いのだが……。
「でも……出てくるのかな」
俺がぽつりと漏らしたのは、今回の仕事の最大の懸念点。
モンスターが神出鬼没だということである。
そう、神出鬼没なのだ。
毎日必ずどこかの時間に出現したり、あるいは陣取ったりしていない。
好きなときに現れて、好きなように消える。
だから今回の仕事で、ちゃんと出てくるかどうかは不安なのだ。
だが俺の不安を和らげるように黒服のお兄さんがゆっくりと口を開いた。
「大丈夫でしょう。今回のモンスターは子どもたちだけでアトラクションを楽しんでいると現れると聞いています。私がどこかに控え、イツキ様たちだけで遊んでいれば出会える確率は高いかと」
「……ん」
だから、さっき受付で『目を放すな』と言っていたのか。
「では、イツキ様。こちらを」
「スマホ?」
「連絡用です。なにかあれば、中にある番号にご連絡ください」
黒服のお兄さんはそう言って俺に黒いスマホを手渡してきた。
その機種は小学2年生の俺でも片手で持てるくらいは小さい。
「では、私はこの辺で失礼いたします」
そして言うが早いかお兄さんは俺たちをおいて、どこかに行ってしまった。
残されてしまったのは俺とニーナちゃん。
しばらく、俺は遊園地の中を見渡してから一言。
「じゃあ、遊ぼうか」
「そ、そうよね。遊ばないと、モンスターは出てこないって言ってたものね」
いまいち釈然としない感じでニーナちゃんが漏らす。
仕事をしに来たのに、まず最初に与えられたミッションは『遊園地で遊べ』と来たら釈然としないのも仕方ない。
とはいえ、子どもたちだけで遊ぶという条件が付いているが。
そういうわけで俺はニーナちゃんに尋ねた。
「ニーナちゃん。最初どれ乗る?」
「……そ、そうね。あれとか」
そういってニーナちゃんが恥ずかしそうに指差したのはメリーゴーランド。
「うん。じゃあ乗ろっか!」
王道ド真ん中で来たなぁ、と思いつつ俺は頷く。
それにしてもニーナちゃんはイギリスの良いところの出だから、乗馬とかしたことありそうなんだけどね。いや、これは偏見か。
というわけで一発目のアトラクションが決まったので、メリーゴーランドに乗ろうと足の矛先を変えた瞬間に声をかけられた。
「やぁ、ボク。風船はいるかな」
ぱっと、声の主を見ればそこにいたのは着ぐるみのウサギ。
左手には色とりどりの風船を持っていて、それを1つ。俺に差し出していた。
着ぐるみの色は白。
モンスターではない。
だが、俺はそれに首を振って応える。
「ううん。大丈夫」
「そうかい? じゃあ、お嬢ちゃんは?」
「私もいらないわ」
「そうかい。……それで、君たちのパパとママはどこにいるのかな?」
「トイレよ」
ニーナちゃんはウサギの着ぐるみに予め用意していた言い訳で応える。
それを聞いたウサギは肩をすくめた。
「迷子にならないように気をつけるんだよ」
そして俺たちに背を向けると、今度は親子のところに向かっていった。
「いこっか」
「……そうね」
少し出鼻をくじかれたが、俺は気を取り直してニーナちゃんの手を引いた。
メリーゴーランドに向かいながら、ニーナちゃんがぽつりと漏らす。
「……さっきの、ビックリして魔法を使いそうになったわ」
「僕もだよ」
木を隠すなら森の中、という言葉もあるくらいだ。
もしかしたら、この仕事。
思ったよりも気を張るのかも知れない。
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