第4-10話 勝者の余韻

 『神在月かみありづき』家の階段を登るやいなや、境内けいだいにいた母親が心配そうに駆け寄ってきた。


「イツキ、大丈夫だった? 怪我はしてない?」

「大丈夫だよ。なんともなかった」

「良かった……」


 俺がそう言って笑うと、母親はほっと胸を撫で下ろした。


「もう、あんまり仕事したらダメだからね」

「……ん」


 お小言を言われて、俺は小さく返した。


 母親の心配する気持ちも分かるが、俺だって無茶をする気はない。

 

 ただ、前に進みたいと思っただけだ。


 それに、俺がいつもやっていることとそんなに変わらなかった。

 自分でも心配し過ぎだと思ったし、母親も心配しすぎだと思う。


 でも、それをわざわざ言葉にするようなことはしない。

 心配してくれているのだから。


 俺が母親の気持ちを噛み締めていると建物の中から、アカネさんがやってきた。


「おう、イツキ。初の仕事はどうであった」

「……そんなに難しくなかった」

「うむ。随分と余力を残していたそうじゃの。アレから聞いたぞ」


 あれ、と言いながら俺の後ろにいる黒服を視線で貫くアカネさん。

 俺が振り向くと、黒服のお兄さんが頭を下げていた。


 さっきまでずっと一緒にいたから、アカネさんと話す暇なんてなかったと思うんだが……いつの間に。


 ちょっと驚いた俺だったが、思い返せば前の『七五三』の時も、アカネさんはなぜか俺がモンスターを祓ったことを知っていた。多分、そういう魔法を持っているんだろう。


 正直なところ、アカネさんは不気味な存在だと思う。


 祓魔師たちをまとめ上げる『神在月かみありづき』家のトップ。

 男尊女卑が強く残る祓魔師の世界で、女の人なのに一番上に君臨している強さ。


 そして破魔札や、魔力総量の測定。それに、いつの間にかモンスターを祓ったことを知っているなど、普通の祓魔師が使わない魔法を使う。


 本当に何なんだろうね、この人。


カエデ、報酬は宗一郎の口座に振り込んでおくのでええかの」

「イツキの学費用の口座があるので、そちらにお願いします」

「学費用? まぁ、好きにすれば良いが」


 さらっと母親の口から『学費用』という言葉が飛び出したのにビックリ。


 学費用って何の学費だろう?

 もしかして、大学??


「さて、イツキ。どうじゃ? 次も『仕事』を受けてみたいと思ったか?」

「うん。簡単なやつだったら」

「わはは。正直なことだ。それが良かろう」


 そういってアカネさんは、からからと笑った。

 

 笑っていると、ヒナが走って俺のところにやってきた。

 

「にいちゃー!」

「あ、ヒナ! ちょっと!!」

 

 走ってやってくるヒナの後ろをニーナちゃんが追いかけてくる。

 アヤちゃんは上手いことヒナを制御しているのだが、ニーナちゃんは振り回されているような気がしている。気のせいだろうか。


 そんな苦労人ニーナちゃんの静止を振り切って、ヒナが俺に飛びついた。


「あのね! ニーナねぇちゃがね、すごいの!」

「凄いの? 何が?」

「地面に隠しちゃったの!」

「地面に?」

 

 ヒナの言っている意味が良く分からずに俺が尋ねると、ヒナは笑顔でニーナちゃんを振り向いた。


 急に名前を呼ばれたニーナちゃんは少しむくれると、


「そんな大したことしてないわよ。『影送り』をしただけ」

「あー。そっか、ヒナは見るのが初めてだから」


 『影送り』というのは、妖精を相手に取りかせて、相手自身の影に飲み込ませる拘束魔法だ。拘束できる時間は相手との力量差……というか、単純に魔力量の差になる。


 下手なモンスターだったら、飲み込んだまま祓魔師が魔法を解除するまで一生出てこれない。強力な魔法だ。


 そんな『影送り』だが、魔法を使うと相手の影が底なし沼になってずぶずぶと沈みこんでいく。初めて見たなら、確かに凄い魔法に見えるだろう。派手っちゃ派手だし。


 一方で俺はニーナちゃんやイレーナさんから『影送り』の魔法は見せてもらっているのだ。

 ヒナと違ってそんなに驚くことはない。


 驚くことはないが、とりあえずヒナの頭を撫でておいた。


 そんな俺に、興味津々と言った具合でニーナちゃんが質問してきた。


「一人でやるのは初仕事だったのよね? どうだった? 緊張した?」

「うん。すっごい緊張したよ。でも、やってみたら意外と簡単だった」


 俺がニーナちゃんに答えていると、素早く俺の後ろに回ったヒナがジャンプで背中にしがみついてきたので、そのままおんぶする。


「相手は第二階位ポーンでしょ? イツキからしたら簡単よね」

「そうかな。ニーナちゃんでも簡単だと思うけど」


 それは紛れもない俺の本心だ。

 というのも、ニーナちゃんはモンスターを前にして過呼吸になるのを除けば、優れた祓魔師だからだ。


 今の時点でピクシーやレプリコーンたちの妖精を複数体呼び出して使役しているし、他にも攻撃的な妖精も呼び出せるようになっている。

 

 モンスターと戦う前に準備さえしておけば、そこら辺のモンスターに負けることはないと思う。


 そんな芸当ができるのは一重にニーナちゃんが『第四階位』だからで、つまりは魔力を沢山もっているからだ。そう思えば、魔力総量を増やせると知らない祓魔師たちにとって、この世界では才能が全てと思われてしまうのも仕方ないことだろう。


「あっ、そうだ」


 考えている途中に思い出したがアカネさんに聞いておかないといけないことがあったのだ。


 俺はヒナをおんぶしたままアカネさんに向き直る。


「アカネさん。《アクター》って知ってますか?」

「あくたー?」


 俺の問いかけに、アカネさんは眉をひそめた。


 まるで初めて聞いたと言わんばかりに。


「今日祓ったモンスターがそんなこと言ってたの。日本にモンスターが増えているのはアクターのせいだって」

「ふむ……。“魔”が名前を呼ぶ“魔”か」


 アカネさんは少し顎に手を当てて考え込むと、巫女服の懐に手を入れてスマホを取り出した。


 そして、そのまま何かを検索。

 本当に巫女らしくない人だ。


「いや、出てこんの。アクターと言ったか。なにか知っておるか?」


 しかし、何も出てこなかったのかそう言いながら、黒服のお兄さんを見た。

 ずっと俺の後ろに立っていたお兄さんも静かに首を横に振る。


「いえ、私も知りません」

「そうか。月島に調べさせた方が良かろう」

「承知しました。連絡をしておきます」

「うむ」


 月島、というのは『神在月かみありづき』家の分家だ。

 モンスターに関する色んな情報をまとめている家である。


 そして残念なことに情報はデータ化されていないっぽいので、何かを調べる時はそれなりに時間がかかるのだ。いい加減にデータ化すれば良いのに、と思うが……できない理由もあるんだと思う。


「しかし、そうか。“魔”が“魔”を生み出しているのか……」


 アカネさんはそう言うと、少しだけニーナちゃんを見てから顔をあげた。


「少しこちらでも調べておこう。それに関してはこちらに任せておくと良い」


 俺はそれにほっと息をつくと同時に、どうしてアカネさんはニーナちゃんを見たんだろうと……そんなことを、考えた。

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