第3-15話 大人の考え

「イツキくんと仲良くなるの……?」


 アヤちゃんが首を傾げる。

 それは言外に『もう仲良いけど』と言いたげだった。


 いや、分からん。

 若干、俺の願望が入っているかも知れない。


「はい。アヤさんにも後で教えますが、『共鳴』は似たものであればあるほど強くなるんです。でも、アヤさんとイツキくんは年齢以外はそこまで似てないですよね」


 年齢も同じかどうか怪しいけどなぁ……。

 なんてことは、流石に口が裂けても言えないので俺は頷いておいた。


 でも、ヒナの時は何もしてないのに『共鳴』したあたり、精神年齢よりも身体の年齢に引っ張られるのかも知れないな。


「だから、これから2人を結び合わせるものを作ってもらいます」

「何を作るんですか?」


 そう聞いたのは俺。

 それに白雪先生は真正面から答えてくれた。


「『思い出』です」


 そこからの白雪先生の話をまとめるとこうなる。


 まず、俺とアヤちゃんの仲が良いのは大前提。

 けれど、それだけだと共鳴は強くならない。

 だから、俺とアヤちゃんの間に共通項を生み出すという。


 何しろ共鳴には『類感呪術』……『似たものは、同じ性質を持つ』という特性があるからだ。


 それを手っ取り早く作る方法が、『思い出』なのだという。

 でも確かに言われてみれば、思い出は同じことを体験するだけで簡単に共通項を作れるので良いかもしれない。


 まぁ前世の俺には大した思い出も無いので、これも願望が入っているかも知れないけど。

 とは言っても、『思い出』を作るなんて言われても何をするんだろうか。


 俺は前世の経験があるから強く思うが、思い出というのは何かアクションを起こした人間が得られるものだ。何もせずに、ただ寝ていても空から降ってくるわけじゃない。ただ寝続けている人間に降ってくるのは将来に対する漠然とした不安だけである。そっちは詳しいぞ。


「とはいっても、簡単に思い出が作れたら苦労しないと思うので……。こ、これから色々と試してもらいます! 最初に……そうですね」


 白雪先生が考えこむように下を向いた瞬間、窓の外から笛の音が響く。

 音のする方を見れば父親が生徒を集めて、何かの指示をしていた。


 そして、俺と一緒にそれを見ていた先生が「あっ」と声を漏らす。


「そういえば、合宿場にはちょうど良いものがあるんです」

「ちょうど良いもの?」

「今から宗一郎さんにちょっと相談です」


 俺はそう首を傾げたが、白雪先生はそれには答えず俺たちを連れて建物の外に出る。


 外に出たら、ちょうど父親と、父親が引率している生徒たちがどこかに向かおうとしていたところだった。


「宗一郎さん!」

「む? あぁ、白雪か。どうした」


 父親は足を止めると、生徒たちに先に向かうように指示。

 中学生っぽい子たちは俺たちを不思議そうに見ながらも指示に従って、ぞろぞろと2人組でどこかに向かっていく。


 それを横目に、白雪先生が状況を簡単に説明した。

 

 アヤちゃんに『共鳴』したら、そこに何かがいたこと。

 その何かに『拒絶』されてしまって、今は時間を空けるしかないこと。

 それに加えて、俺とアヤちゃんに共通項を持たせることで共鳴の深度を高めたいと思っていること。


 そのために、合宿場を使いたいということ。


 父親はその話を最後まで黙って聞くと、頷いた。


「了承した。そういうことなら、イツキとアヤはこちらで預かろう」

「ほ、本当ですか! お願いします」

「うむ。ちょうど良いタイミングだったからな。気にするな」


 完全に他所よそ向きの口調で喋っている父親だが、ちょっと嬉しそうにしているのを俺は見落としてないからね。


 そんな父親は言うが早いか、俺とアヤちゃんに向き直ってから言った。


「早速だが、場所を移そう。これより向かうところが、適している」

「どこに行くの?」

「樹海だ」

「……うん?」

「だから、樹海だ」


 そう言うと、父親は俺たちを連れて歩きだした。


 富士山で樹海と言われれば……俺だって知っている。

 あれでしょ? 心霊スポットというか、まぁ、後を追われたくない人が入っていくところでしょ。知ってるよ。


 なんでそこに……?


 俺が父親の後ろを追いながら不思議に思っていると、すぐに説明してくれた。


「簡単なレクリエーションだ。一般的な祓魔師はペアを組んで仕事をするからな。協力することの大切さを知るために、簡単なアトラクションを用意しているのだ」

「どんなことをするの?」

「紙の地図を頼りに目的地を目指す。そう難易度は高くないが、早くても2時間ほどかかるのだ。2時間も共に過ごせば少しは仲が良くなるだろう」

「ほぇ……」


 父親の語る『簡単』のレベルがどれくらいか分からなかったが、思ったよりも簡単そうだった。下手すれば小学校や中学校の活動でやってそうなレベルだ。


「せっかくだからイツキたちもやってみると良い。地図は予備があるからな」

「迷子になったらどうするの?」

「ううむ。迷子になるような難易度ではないと思うが……何かあったら、魔法で知らせるのだ。パパが助けに行こう」

「うん。お願いね」

「任せておけ」


 そういって胸を張った父親は、折りたたまれた紙の地図を俺に渡してきた。

 開いてみると、青い丸と赤い丸がそれぞれ1つずつ地図に記されている。


 そして、その間を埋めるようにして道が数本走っていた。


「これが地図だ。青い丸がスタート地点。赤い丸がゴールだ。普通は道を書いてない地図を渡すのだが……今回は特別だ」


 父親がそう言って笑う。

 

 特別、と言っているけど慣れない俺たちでもクリアできるように難易度を下げてくれたんだろうと思う。まぁ、何も手がかりがない状態で地図だけ渡されても……正直、俺じゃどこにどう進んで良いかも分からないしな。


「ついたぞ」


 アヤちゃんが地図を見たがったので受け渡して、2人で地図を見ながら歩いていると父親がそう言って立ち止まった。


 俺たちも足を止めて顔をあげると、そこには鬱蒼とした木々に囲まれるようにして1本の整備された道が通っていた。あまり詳しくないが、山の中にあるキャンプ場に向かう道みたいだ。


 俺がそう思いながら入り口を見ていると、父親が俺たちの地図の青い丸を指差す。


「今はここだ。まっすぐ地図に沿って歩けば出れるだろう。ちょっとしたアクシデントがあるかもだが……少しは楽しむと良い」

「うん。行ってくるね!」

「パパは赤い丸のところで待ってるぞ」


 ということで、俺たちは父親に背を向けて樹海に足を踏み入れた。


 踏み入れた瞬間、ふっと光が陰った。

 7月も終わって8月になろうとしているのに関わらず、ちょっと涼しい。


 うーん。気持ち良い。

 アウトドアなんて俺の人生ではこれまで無縁の存在だったが……ちょっとだが、アウトドア派の気持ちが分かったような気がするぞ。


 そんなことを考えている俺の横でアヤちゃんは地図をポケットにしまい込みながら、困ったように言った。


「ごめんね、イツキくん。私のせいで」

「ううん。アヤちゃんのせいじゃないよ」


 俺はすぐに首を振る。

 そもそも、問題はアヤちゃんの中にいる『何か』が問題なのだ。


「アヤちゃんは何も悪くないんだから気にしないでよ」

「……うん。ありがとう。イツキくん!」


 俺の励ましに微笑んでくれたアヤちゃんがまっすぐ前を指差す。

 そして浮かれたように数歩前に出て、俺を振り向いた。


「こっちだよ、イツキくん」

「後ろ向いて歩いたら危ないよ……」


 俺に振り向き、後ろ向きに歩くアヤちゃんに苦笑しながらその後ろを追いかけようとした時、アヤちゃんが地面から突き出ている根っこに足を引っ掛けて、後ろに倒れた。


「あぶな……っ!」


 俺がとっさに手を伸ばしてアヤちゃんの手を取り、そのまま引いた瞬間……どろりと、俺の意識がアヤちゃんに


 一瞬、視界が暗転。

 そして、目を開くと……。


「……ん?」


 俺はたった1人で、森の中に立っていた。

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