第2-20話 特訓:錬術③

「という感じだったかな」

「うっ、イツキ。それでよく平気でいられるわね……」

「暗くてあんまり見えなかったから」


 月曜日の放課後。

 ニーナちゃんと2人教室に残って『錬術エレメンス』の練習をしているときに『この休みは何をしたのか』という話になった。


 なので俺がモンスターを祓いに夜の中学校に行った話をしたら、『もっともっと』と詳細をせがまれて最終的に『人が箱になってた』という話になり、ドン引きしたニーナちゃんにそう言われてしまった。


 とはいえ、ニーナちゃんの言っていることも分かる。

 俺も逆の立場だったら同じ反応をしただろう。


 けれど実際にその光景を見た俺からすれば、あまりそれが現実味のあるものだとは思えなかった。現世にきて6年も経つが、人生の過ごした歴としては前世の方がまだ長い。


 だからだろうか。

 人が箱になるなんていう光景を目の当たりにしてショックを受けられるほど、俺はできていなかった。


 まぁ、こんな殺伐とした祓魔師の話は置いといて、


「ニーナちゃんは何をしてたの?」

「ママと一緒に買い物に行ったの」

「あれ? ニーナちゃんのママはお仕事だったんじゃないの?」


 確か先週そんな話を聞いたと思ったんだが。


「そう。でもね、仕事が早く終わったんですって。別の祓魔師えくそしすとが、ママのモンスターを祓ったって言ってたわ」

「そんなこともあるんだ。どこに買い物に行ったの?」

「銀座! 初めて行ったわ!」


 ……銀座に買い物を? その歳で??


 内心驚いている俺をよそに、ニーナちゃんは笑うと楽しそうに続けた。


「服を買いに行ったの。やっぱり、東京とーきょーは人が多いんだって思ったわ」


 なるほど。

 なるほど??


 お銀座に服を買いに行ったと。

 なるほどね?


 と、そこまで考えてから俺は心の中で全力で首を振った。


 ダメダメ。

 俺はすぐに金のこと考えちゃうんだから。


「あのね、それで可愛い服があってね。ママがそれを……」


 それにしても母親と買い物に行った話を楽しそうにしてくれるニーナちゃんを見ていると、可愛いなと思う。母親に思うことは色々あれど、やっぱり一緒に出かけれたことが嬉しいのだろう。いつもに増してテンションが高いのだ。


 そうやって微笑ましく思いながらニーナちゃんの話を聞いていると、ぽん、とお腹に手を置かれた。


「……って、私の話はどうでも良いの。そんなことより、魔法の練習しましょ」

「うん。そうだね」

「イツキ。お腹に力を入れて」


 俺は土日でなまっていた魔力精錬の感覚を取り戻すべく、静かに息を吐き出した。


廻術カイジュツ』を解除し、魔力にムラを作る。

 そして、軽い魔力と重い魔力を切り分ける。


 重たい魔力だけが腹の底の方にある丹田に溜まり、軽い魔力が全身に満ちていくのを感じる。


「出してみて」

「……うん」


 俺は頷くと魔力を動かした。

 動いた魔力が身体の中にある軽い魔力と同化していく。


 そして出来たのは、混じり合ってしまった普通の魔力。


 だーめだこりゃ。


「どう? 出来た?」

「ううん。出来ない……」


 そういって静かに首を振ると、ニーナちゃんは困ったように続けた。


「イツキって『第七階位キング』だっけ?」

「うん。そうだよ」


 『第六階位』が女王クイーンだったから、『第七階位』は王様キングなのかな、と思っていると案の定だった。てか、その名前の由来は何なんだ。チェスか?


 なんてことを考えていると、ニーナちゃんがのっぴきならないことを言った。


「魔力が多いと『錬術エレメンス』は出来ないのかしら」

「うぇっ!?」


 俺は思わず声が漏れた。

 いや、漏れるだろ。流石に!


「魔力が多いとできないって……そんなことあるの?」

「分かんないわ。私たちの国でも『第七階位キング』の祓魔師えくそしすとは歴史上の人物だけだもの。実際に見たことあるわけ無いし……」


 ニーナちゃんにそう言われてしまうと、俺としても「そっかぁ」と言うしかない。


 『第七階位』は魔力が多くて便利!

 なんて、無条件で言えるというわけでもない。


 前例が無いということは何が起きても自分で対処法を見つけるしかないのだ。でも、流石に『錬術』は『術』。つまりは技術だ。


 技術ってのは精度にさえ目を瞑れば、ある程度は誰でもできるものなんじゃないのか。

 それが『第一階位』だろうが、『第七階位』だろうが、関係ないと思うんだけどな……。


 俺は困惑を深めるものの、しかし実際には『錬術』が出来ていないのが事実。


 別のやり方を試してみないとな……なんて思っていると、ニーナちゃんが手を上げた。


「ちょっとイツキ。休憩きゅーけいにしましょ」

「休憩? でも、さっき練習始めたばっかりで」

「良いの、休憩!」


 ニーナちゃんはそういうと、あっけに取られた俺をおいてスタスタと教室から出ていこうとしたので、思わず呼び止めた。


「あっ、ちょっと! どこ行くの?」

「トイレ!!」


 それは失礼しました……。

 俺ってどうしてこうなんだろうか……。

 

 なんて、ちょっと俺が自分の察しの悪さに嫌気が指してナイーブな気持ちになりながら、することもないので教室から校庭を眺めた。


 上級生は体育の時間なのだろう。

 ちょうど男の子たちがサッカーをやっていた。


 ニーナちゃんが戻ってくるまですることも無い。

 だから暇つぶしがてらぼんやりとその光景を眺めることにした。


 とは言っても場所が遠いので『視力強化』を両目に使う。

 まるで双眼鏡でも通したかのように一気に試合が見やすくなった。


 1人上手い子がボールを奪うと、ドリブル。

 一気に駆け上がったところを、隣から走ってきた子にタックルされて、もつれてこけた。


 うわ、痛そう……。

 俺がちょっとまゆを潜めていると、教師がホイッスルを吹いて試合が中断。


 こけた子のところに教師と他の児童が集まって、心配そうに見ている。


 どこの小学校にでもありそうな、普通の光景だ。


 近くにいた児童がこけた子に手を貸して起き上がらせると、その子の足は擦りむいていて薄く血がにじんでいた。まぁ、こけたもんな。そうなるよな。


 そんなこんなで教師が見学していた児童に何かを言うと、こけた児童と見学していた児童が2人でグラウンドから校舎に向かってやってくる。

 

 きっと保健室にでも行くのだろう。


「戻ったわよ、イツキ。……何見てるの?」

「サッカーだよ」

「サッカー?」


 俺がそう言うと、ニーナちゃんは俺の隣に並んで同じように校庭を見た。

 

 再びホイッスルが鳴って試合が再開。

 タイミングも良いから俺も訓練に戻ろうと思って、校庭から視線を外す。


「よそ見も良いけど、ちゃんと練習するわよ」

「うん。分かってるよ、大丈夫」


 俺は頷いて、前を向き直した。


「ねぇ、ニーナちゃん」

「何よ」

「ちょっと試してみたいことがあるんだ」

「……?」


 さっきの光景から、俺は1つのインスピレーションを得ていた。


 というのもさっきの怪我を見た時、頭の中で無意識の内に『あの怪我を治すためにはどう治癒魔法を使えば良いか』を考えているのに気がついたからだ。


 血が滲んでいるということは血管と皮膚が傷ついているということだ。

 それを『形質変化』させて覆うためには、まず傷口を綺麗にするところから……と、そこまで考えたときに、俺はあることに思い至った。


 血管だ。


「……やってみるね」


 俺は丹田の周辺にある軽い魔力で『導糸シルベイト』を通すと、『形質変化』で魔力の通り道にする。


 言うなれば、魔力のを作るのだ。


 そして、丹田の中にある重たい魔力を手のひらに持ち出した。


「どう、かな……」


 恐る恐る、俺の手を握っているニーナちゃんにそう尋ねる。


 彼女は本当に魔力が外に出ているかをチェックしてくれているのだ。

 そんな彼女は俺の手を離すと、ぱっと顔を輝かせた。


完璧パーフェクト! これで『錬術エレメンス』は完璧よ!!」


 俺はニーナちゃんがそう言ってくれたことに、ほうっと息を吐き出す。


 しかし、それと同時にちょっとした心配も覚えた。


 外に出るまでが遅すぎる。

 こんなんだと、とてもじゃないが実戦で使いものにならないぞ。


 ……もっと早くするために、練習が必要だ。

 

 『廻術カイジュツ』も『絲術シジュツ』も最初は意識していたが、今では無意識でできる。そのレベルまで落とし込まないといけない。


 そんなことを考えていると、6時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴った。


 もうこんな時間か。

 まだ練習しても良いのだが……今から新しい魔法を教わっても、ニーナちゃん的には30分もしない内に門限が来てしまう。キリが悪い。


 でも、せっかく『錬術』を覚えたのだ。

 ちょっとだけ、『凝術』についても知りたい。


 でも、いつもいつもニーナちゃんの家に行くのもな……と思っていると、ぴん、と頭に光るものがあった。


 そうだ!

 良いこと思いついた!!


「ねぇ、ニーナちゃん!」

「どうしたの?」


 急に呼びかけた俺にキョトンと首をかしげるニーナちゃん。

 そんな彼女に俺は意を決して誘った。


「せっかくだし、今日はウチに遊びに来ない?」

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