第2-13話 特訓:錬術①

「良い、イツキ。『錬術エレメンス』は魔力を精錬せーれんするの! それを使って、より高い位相いそーの魔力にするのが『錬術エレメンス』!」

「…………?」


 そう、語ってくれたニーナちゃんだったのだが……。


 や、やばい。ニーナちゃんの言っていることが1つも分からない。

 これでも俺は前世で大卒なんだが……小学生の喋ってることが分からないのは、普通にショックだ。


「……今ので分かりなさいよ」

「う、うーん……」


 ニーナちゃんに細目で睨まれて、俺は唸った。

 そんなことを言われても分からないものは分からないのだ。


 なんだよ、魔力を精錬せいれんって。


「イツキ。手、だして」

「うん? はい」


 見かねたニーナちゃんにそう言われて、俺は手を出した。

 彼女は素早く手を取ると、「行くよ」と言って目を瞑る。


「……あつッ!?」


 次の瞬間、俺の手に伝わってきたのは魔力の熱。

 それは慣れ親しんだ魔力の熱だ。父親、アヤちゃん、そしてヒナの3人の分を触っているし、自分のやつだって常に分かる。だから、その熱を見誤ることなんてない。


 ニーナちゃんのそれは、間違いなく魔力の熱。

 だが、熱のレベルが俺たちのものとは比較にならないほどに――


「『錬術エレメンス』で精錬せーれんした魔力を手に集めたの。どう?」

「全然、違う……」

「でしょ」


 ふふん、と自慢げに笑うニーナちゃん。

 不機嫌そうな顔じゃなくて、ずっと今みたいな顔をしてれば教室でも浮くことはないのに……と、思ったが今は黙っておいた。


「これ、どうやってやるの?」

「そうね。まずは魔力の精錬せーれんのやり方よね。私たちは3歳からやるんだけど、お腹のあたりに魔力が溜まってるじゃない」


 そういって俺のお腹を指差すニーナちゃん。

 言わずもがな、どこを指しているか分かる。


 魔力を貯める場所、丹田たんでんだ。


「その中の魔力をちょっとずつ外に出すの。そしたら、魔力がお腹に残って、魔力がお腹からゆっくりと身体に回るの」

「…………?」


 ニーナちゃんの言葉に首を傾げる。


 魔力に重いや軽いがあるなんて聞いたことがない。

 魔力は魔力。そうじゃないのか。


「両足でまっすぐ立つでしょ?」

「うん」

「このお腹の中にある魔力を貯めてるところから、魔力を煙みたいにして、ちょっとずつ身体の中に出していくの。とりあえず、やってみて」

「……うん?」


 ……それは『廻術カイジュツ』なんじゃ?

 そう思いながら、俺はニーナちゃんの言うがままにやろうとした瞬間、待ったがかかった。


「あ、イツキ。ちょっとまって」

「どうしたの?」

「手、出して」

「……?」


 よく分からないが、ニーナちゃんにそう言われたので俺は彼女に手を貸した。


「やってみて」


 俺はニーナちゃんに言われるがまま、丹田にある魔力に意識を向けて、解放。

 『廻術カイジュツ』の要領で全身に回した魔力が手のひらに届いた瞬間、ニーナちゃんに怒られた。


「これはダメ、イツキ。魔力の濃さが全部

「一緒だとダメなの?」

「ダメよ、イツキ。重い魔力はお腹に残って、軽い魔力は身体のさきっちょに行く。最初は、その感覚をところからなの!」


 そう言われてしまえば、そうなんだろう。

 未だによく分かってないけど。


「だから、もう一回」


 言われるがままに、俺は全身の魔力を丹田に戻した。


 うわ、魔力を戻すのなんて『魔喰い』トレーニング以来だぞ。


 ……ん? なんかお腹痛くなってきた気がする。

 いや、流石に気のせいだと思う。気のせいだと思いたい。


 というわけで、俺は再び挑戦。

 体内の魔力を再び手に持っていくが、これもまたダメ。


 ニーナちゃんには『魔力が一緒すぎる!』と怒られてしまった。


 三回目に挑戦しようとしていた時、教室の扉が開いて担任の先生が入ってきた。


「あら、イツキくん。もうニーナちゃんと仲良くなったの?」


 そして、彼女は俺たちを見ながら一言。


 いや、まぁ、そうだよな。

 はたから見れば、そう見えるもんね。


 何しろ俺たちは教室の端っこで手を繋いで立ち尽くしているのだ。

 これで仲良く無いと思う方がおかしいというものである。


 しかし、曲がりなりにもニーナちゃんは俺の魔法の師匠の1人。

 これはもう真の友達。マブダチと言っても過言ではない。


 ……今の小学生にマブダチって伝わるのかな。


 そんなことをつらつらと考えている俺と違って、ニーナちゃんは先生の言葉が気に入らなかったのか、ちょっと怒った様子で、


「別に仲良くなって無いもん!」

「そうなの? ごめんね、でも先生は2人が仲良くしてくれていると嬉しいな」

「もう! 早くどっかいって!」

「はーい。また明日ね、ニーナちゃん。イツキくん」


 先生は置き忘れていた日誌を手にとって、笑顔で教室を後にした。


 お、大人ぁ……!

 レンジさんもそうだし、先生もそうだが、現世の俺の周りにはよくできた大人が多すぎる気がする。


 昔は俺も大人になれば、あんな感じでちゃんとした大人になれると思ってたんだけどなぁ……。うーん。中身は高校生くらいから成長してない気がする。何なんだこれ。


 俺が俺にショックを受けていると、ニーナちゃんがちょっと顔を赤くして俺の方を振り向いた。


「もう一回!」

「……うん」


 師匠に言われてしまえば、従わざるを得ない。

 俺はニーナちゃんに言われるがままに、再び魔力を全身に回したが……これもどうにも気に入らなかったらしい。


「あのね、イツキ。イツキは魔力に力を込めてコントロールしようとしすぎ。もっと魔力を自由にさせるの」

「自由に……」

「力を抜いて、でも魔力が勝手にお腹に戻らないように力を入れて、重たい魔力と軽い魔力が分かれるように、力をコントロールするの」


 そう言われて、俺は自分の癖を自覚した。

 魔力をガチガチにコントロールしたがるという癖だ。


 確かに、そう言われればそうかも知れない。


 俺は生まれてすぐ『魔喰い』の痛みを避けようとして、魔力を徹底してコントロールした。身体の中の魔力を操ることに関しては、同年代の祓魔師の中で誰よりも歴が長いと言っても良い。


 けれど、だからこそ『錬術レンジュツ』の入り口にも立てないのか。


 これ、あれじゃん。

 レンジさんと『第六感』の修行をしているときにも似たようなこと言われたじゃん。


「ちょっとイツキ。私が見本を見せるから手、貸して」


 そうは言うものの、右手を俺はニーナちゃんに持たれている。

 手を貸せ、と言われても空いてるのは左手だけなんだが……。


 おずおずと俺が左手を差し出すとニーナちゃんは、俺の手を取って彼女のお腹に当てた。


「行くよ、イツキ」

「……う、うん」


 他人のお腹を服越しとは言え、触ることはないので俺はちょっと緊張。

 だが次の瞬間、俺はニーナちゃんの魔力の動きに意識を持っていかれた。


 熱の強さが違う。


 お腹の熱と、手の先の熱が違うのだ。


「良い? イツキ。魔力を自由にさせるの。そうしたら、こんな感じで軽い魔力は身体の先に。重い魔力はお腹にとどまる。コツはいるけど、慣れれば誰だってできるわ」


 ……なるほど、これは凄い。

 確かにニーナちゃんに言われてみれば、魔力に濃淡があるというのも理解できる。


「ほら、イツキ。やってみて」

「……うん」


 俺が頷くと、ニーナちゃんは左手を離して俺のお腹に手を置いた。

 

 呼吸を二度、深くする。

 そして、俺は魔力への意識を薄めた。


 ふわり、と魔力が身体の中で自由に動き始める。

 その感覚は生まれ直して、『魔喰い』に襲われ死にかけたあの時以来で、トラウマがぞくりと刺激された。


 けれど、あの時の俺と今の俺は違う。

 数々の特訓を経て、死線を超えて、魔力を微細な力で操作できるようになっているのだ。


 刹那、身体の中で魔力が分離されるのが分かった。


 いや、分離ではない。

 俺の微弱すぎる力では動かない魔力が丹田にとどまり、その力では止められないほどに軽い魔力が手のひらにやってきている。


 『廻術カイジュツ』なんかでは味わえない、奇妙な感覚。


 その魔力が手の先に来た瞬間、ニーナちゃんは俺の手を離した。


及第点ベターね。でも、良い感じ。ちゃんと、変な感じがしたでしょ」

「……うん。魔力が、二つある」

「そう。それが『錬術エレメンス』の入り口! ここからが、本番よ!」


 次の瞬間、6時間目の終わるチャイムが鳴った。

 

 なるほど。

 まだまだ特訓の時間は残っているらしい。

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