第2-12話 魔術師(子供)

「魔法を? 私が? イツキに?」

「うん! 知りたいんだ。ニーナちゃんの使ってる魔法を!」


 俺は興味津々でそう言ったのだが、ニーナちゃんは一歩後ろに引いた。

 何でよ。


「うー……。あのね、イツキ。私は『凝術リコレクト』の修行中で……」


 ニーナちゃんは俺の聞いたことのない言葉を使った瞬間、ぶんぶんと首を横に振った。


「違うの! なんでライバルに魔法を教えないといけないの!」

「え、でもさっき修行中だって……」

「今のなし!!!」


 その瞬間、掃除の終わりを知らせる音楽が鳴り始めた。

 

 どうやら、時間的にはここまでみたいらしい。

 もう少し話を聞きたかったんだけど……。


 俺は顔をしかめる。


 掃除はさぼれるとはいえ帰りの会はさぼれない。

 あれはみんなが揃わないと、そもそも始まらないからな。


 仕方がないので、俺は話を深掘りせず続けた。


「じゃあ、『凝術リコレクト』? だっけ。それ教えてよ!」

「無理よ」

「どうして?」

「『凝術リコレクト』は『錬術エレメンス』を勉強してないとできないもの!」


 し、知らない単語ばっかりだなぁ……!

 でもニーナちゃんの口ぶりからして今度は本当っぽい。


 どうしよう……?

 なら俺は精霊魔法を使ったりはできないんだろうか。


 俺がそんなことを考えていると、ニーナちゃんは1人で教室に戻ろうとしていたので急いでその後ろを追いかけた。


 それにしても、『凝術ギョウジュツ』に『錬術レンジュツ』か。

 こっちでいう『廻術カイジュツ』と『絲術シジュツ』みたいなもんだろうか?


 だとすれば、ニーナちゃんの『修行中』という言葉もうなずける。

 日本の祓魔師だって、3歳から『廻術カイジュツ』の修行を始め、5歳からは『絲術シジュツ』の訓練を始める。


 ちゃんとした魔法を教えてもらえるのは7歳になってからだ。

 俺もニーナちゃんも、まだ小学校に入学してから1ヶ月。


 彼女の誕生日が4月ならもう7歳だけど、彼女の誕生日はきっともっと後なんじゃないのかな。だから、まだ6歳。それなら日本だったら、まだ『絲術シジュツ』の訓練をしている年齢だ。『凝術』の修行中だってのも、理解できる。


 それにしても、ニーナちゃんはどこの国の魔法使いなんだろうな。


 俺は彼女の後ろを追いかけながら、そんなことを不思議に思った。





 教室に戻るとニーナちゃんを連れて戻ってきたことで先生に褒められ、掃除をさぼったことで班員からちょっとお小言を言われた。ぴったりプラスマイナスゼロである。


 しかし同じ班員なのに、ニーナちゃんは何も言われてなかったのは、みんなに無視されてるみたいで、ちょっと胸を痛めた。当のニーナちゃんは高飛車な顔をして、自分の席に座っていたが。


 今日は特にイベントもなく先生からのお知らせもなく、帰りの会はあっという間に終わった。


 やった! 今日は早く帰れる。


 それにしても前世で大学まで進学した身として、小学校に入り直してから思うのは、先生が親切だな、ということだ。


 宿題を忘れた時は次の日まで待ってくれるし、それで成績が思いっきり下がることはない。大学だったら教授にもよるが提出期限を過ぎたら普通にレポート受け取らないからな。しかもそれで『不可』ついたりするのである。まぁ、レポートを出し遅れた方に100の過失があるのだが。


 クラスメイトたちが帰るのを横目に、俺も帰ろうかと思ってランドセルを背負う。


 今日も下校は1人だ。


 いや、別に友達がいないから俺は1人で家に帰るわけじゃない。

 今住んでいるマンションは学校から遠いので近くまで一緒に帰る友達がいないだけである。断じて俺に友達がいないわけではない。


 そんなことを考えていると、俺はランドセルを後ろに引っ張られて思わず倒れそうになった。


「な、何?」


 ぱっと後ろを振り向くと、ニーナちゃんが俺のランドセルを引っ張っていた。


 どうしたの?


「イツキ、無視しないでよ」

「無視なんてしてないよ……?」


 急にどうしたんだ……?

 と、俺が心の中で首を傾げているとニーナちゃんは言いづらそうに続けた。


「……なんでいつも『バイバイ』って言うのに、今日は言わないの」


 あれ? いつもは言ってたっけ。

 ニーナちゃんに指摘されて、俺はふと考える。


 言ってたような気がするな。

 いや、ニーナちゃんだけに言ってるわけじゃないんだ。クラスの中にいる、ちょっと話せる子たちみんなに帰る前にはちゃんと『バイバイ』と言ってるのだ。挨拶は大事。


「ごめんね、ニーナちゃん。また明日ね、バイバイ!」


 しかし無視した、と彼女が言ってくるということは、傷ついたということでもあろう。俺はニーナちゃんに別れの挨拶をして帰ろうとしたらもう一回ランドセルを引っ張られた。


「ちょ、ちょっと待って!」

「どうしたの……」


 1日に二回もランドセルを引っ張られた俺は思わず尋ねる。

 すると彼女はこっちが本命と言わんばかりに続けた。


「あ、あのね。イツキと話があるの。でも今は、人が多くて……」

「人がいるとできないやつ?」


 俺がそう聞くと、ニーナちゃんはこくりと頷いた。

 そうなると、魔法の話かな。

 

「じゃあ、場所変える? どこに行く?」

「ここで良いの。もう少ししたらみんないなくなるから」


 どういう意味だろう……?

 首を傾げた俺だったが、10分も経たずにその意味を理解した。


 小学生たちの気は早いので、帰りの会が終わって10分もすれば教室の中には俺とニーナちゃんだけが、ぽつんと2人きりで残された。先生も『早く帰るのよ』なんて言って、職員室に戻っていったので本当に2人きりである。


「ほらね」

「すごい! ニーナちゃんは詳しいんだね」

「別に……。ただ、いつもこの時間まで残ってるだけだから」


 俺はいつも帰宅部だったので、帰りの会やHRホームルームが終われば我先にと帰っていたが、なるほど。これは知らなかった。


「それで、話ってなんなの? ニーナちゃん」

「……あのね、私はちょっと考えたんだけど」


 ニーナちゃんは少しだけ恥ずかしそうにしながら言った。


「イツキに『錬術エレメンス』を教えることにしたわ!」

「えッ!? それって!!?」


 思わずびっくりして声が大きくなったが、校庭を走り回っている小学生の声にかき消された。


「ううん。でも、タダでは教えない。私がイツキに教える代わりに、イツキにも私のお願いを1つ聞いてもらうの」

「うん。良いよ」


 俺は二つ返事で快諾した。

 その返事にニーナちゃんは目を丸くして、


「え、良いの? お願いの中身はまだ言ってないのよ?」

「うん、大丈夫。僕にできることなら何でも言ってよ。あ、でも、僕。お金はもってないから、お小遣いはあげれないよ?」

「いっ、いらないわよ! そういうお願いじゃないもん!」


 そういってニーナちゃんはそっぽを向いたが、すぐに俺に顔向きを戻した。


「でも、そうね。イツキがそうやって言うなら契約けーやく成立せーりつだわ! 私がイツキに『錬術エレメンス』を教えるかわりに、イツキは私のお願いを1つ聞く。完璧パーフェクト!」


 そう言ったニーナちゃんは、その蒼い目を細めて胸を張る。


「じゃあ、早速『錬術エレメンス』を教えてあげるわ!」


 それにしても、と放課後2人だけになってしまった教室の中で思う。


 『自分のお願いを先に聞け』というのではなく俺のお願いを聞いてくれるあたり悪い子じゃ無いんだろうな、ニーナちゃん。

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