第2-10話 ニーナを探せ!

 入学してから1ヶ月が経った。


 入学するまでは週7で特訓できていたのだが、修行時間が土日だけの週2になってしまったのは、これから強くなっていく上でとても痛いと思ったのだがレンジさんにも、父親にも、今は学業の方が大事と言われてしまった。


 それはマジでその通りなので何も言えず、俺はおとなしく授業を受けている。


 学業の方が大事ってことは、俺は大学まで進学するんだろうか?


 正直、祓魔師としてやっていくのに弁護士や医者みたいな資格は必要じゃなさそうだし、学歴だって要らないだろう。何だったら高校に入らず、中卒で祓魔師になったって良いのだ。中卒祓魔師は色々とマズい気もするが。


 考えてもしょうがないことを考えながら、俺は算数の授業を聞き流す。


 ……うーん、退屈だ。

 前世では決して頭の良い方ではなかったものの、だからと言って小学校1年生の勉強が分からないほど頭が悪いわけでもない。


 だから、こうした授業中は本当に暇なのだ。

 しかし、俺は暇な時間をただ暇なだけで終わらせないようにと新しい特訓を思いついたのだ。


 その名も名付けて『導糸シルベイト』出力強化特訓である。

 そもそも、祓魔師が才能の世界と言われるのには理由が3つある。


 1つ。モンスターを見るには『霊感』がいる。

 だが、これは別に祓魔師の一族に生まれればみんな持って生まれてくる。


 2つ。生まれ持った魔力総量は成長しても変わらない。

 だが俺は魔喰いを使ったトレーニングを経て、今では第七階位になった。

 これもまた、俺にとっては問題がない。


 そして、3つ。問題はこの3つ目。

 魔力出力に関してだ。


 魔力出力というのはどういうことかというと、魔力総量が100あった時に、一度に100を出せる人間はいない。普通は20とか、30とか。どうしても、出力は総量に対して下がってしまうのだ。


 『導糸シルベイト』の出せる本数の限界値も、この出力によるものが大きい。


 例えば、魔力出力20の祓魔師は魔力量1の『導糸シルベイト』を20本までしか出せないと言った具合にだ。では、この祓魔師が魔力量10の『導糸シルベイト』を生み出したらどうなるか。答えは簡単。2本までしか出せないのである。


 正直なところ俺は、自分がどこまで『導糸シルベイト』を出せるのか知らない。

 だが、1本当たりにどれだけの魔力量を込められるのかは分かる。だから、それを増やすために『絲術シジュツ』の練度を高める特訓を行っているのだ。


 行っているのだ、と言ってもどういう風にするかというと手を組み、その中で『導糸シルベイト』を出して、ちょっとずつ込められる魔力量を増やしていくという大変に地味な訓練だ。


 地味すぎて訓練の成果が分かりづらいというデメリットまである。

 しかも、この訓練を始めて2週間だがやる前とやった後で増えた出力は1.1倍か1.2倍と言ったところだろう。地味がすぎる。


 けれど、地味だからこそ授業中にこっそりできるメリットもあるのだ。


 だから俺は今も机に手を置いて、そこで5つの指をあわせ、魔力出力を高めている。


 もっともっと強くならないと、だ。


 そんなことを考えていると、チャイムが鳴って授業は終わりとなった。

 今日の授業はここまで。あとは掃除して、帰りの会をやって、本日は終わりである。今日は早く終わってくれると良いな〜。


 そんなことを思いながら出しっぱなしの鉛筆を筆箱にしまって、算数の教科書を机の中にしまっていると、隣の席に座っていたニーナちゃんが立ち上がって一人教室の外に出ていってしまった。


「あれ? ニーナちゃん。掃除だよ?」

「……ふん」


 そういって俺は話しかけたのだけれど、ニーナちゃんは鼻を鳴らして教室から出ていった。それに対して、俺以外の班のメンバーが何かを言うことはない。ニーナちゃんは、そういう子だからしょうがないよね、という雰囲気だ。


 入学してから1ヶ月。

 ニーナちゃんは、明らかに教室の中で浮いていた。


 最初は金髪だし、目も青いしで、物珍しさで女の子たちに囲まれてたのだが、自意識の高さというか、『私はアンタたちとは仲良くしないから』というオーラを出しまくって、1ヶ月も経ってしまった今ではもう、完全に誰も関わらなくなってしまったのだ。いや、嘘。俺だけが関わっている。


 しかし、教室から出ていったところを自分から追いかけるほどでもなく、やっていることと言えば給食の時に話しかけては無視をされ、掃除の時に話しかけては無視をされである。流石に心が痛くなってきた。


「イツキくん。ちょっといい?」

「は、はい」


 俺が掃除しようと席を後ろに下げ終えると担任の先生に呼ばれたので、ほいほいと教室の前まで歩いて向かう。そして、顔を合わせるなり、先生に苦笑いで尋ねられた。


「イツキくんってニーナちゃんと仲良い?」

「う、うーん? 仲良いのかな……?」


 あまり自信はない。


「ニーナちゃん。日本に来たばっかりだし、慣れない環境に困ってるみたいなの」

「うん」


 まぁ、それは話している感じから、とても伝わってくる。

 そもそも外国から日本に来た理由が『俺に勝つため』というのは、ちょっと不自然だ。親の転勤に合わせて日本にやってきて、そこで俺の噂を聞いて『勝つ』という目的というか目標を立てたと考える方がよっぽど理解できる。


 いや、小学生だからそこまで深く考えずに『第七階位? 私の方が強いから』くらいの認識かも知れない。これを『無いな』と一蹴できないのが小学生の怖いところである。


 というか、ニーナちゃんが日本に来たばっかりなのに日本語ぺらぺらなことを、担任の先生の中でどう折り合いを付けているのだろう。俺はちょっと不思議に思った。


「イツキくんにはね、ニーナちゃんとね、友達になってあげてほしいの」

「ニーナちゃんと?」

「そう。ニーナちゃんも、やっぱり友達いないと学校に来づらくなっちゃうだろうし、イツキくんもクラスメイトが来なくなっちゃうのは寂しいでしょ?」


 先生にそう聞かれて、「寂しい」と素直にうなずけないのは大人の悪いところだ。良くも悪くも、他人と自分を切り離しているので、来なくなったところで「あぁ、そうなんだ」と思うだけだ。


 でも、それは大人同士だから成立するものだ。


 どんな理由でツンツンしているのか知らないけれど、ニーナちゃんはエクソシストであるということを周りに話していないあたり、きっとどこか疎外感を覚えている可能性も否定できない。


 だったら同じ祓魔師である俺が、ニーナちゃんと友達になってしまうのが一番早い。


 ……なんて絶対にそこまで先生は考えていないだろうが、実際のところニーナちゃんに話しかけている1年1組のメンバーが俺しかいないので、選択肢はほとんど無いようなものである。


 それに、俺だってニーナちゃんと友達になれれば祓魔師友達が増えることになる。 

 友達が増えれば俺の卒業までの目標『友達10人作る』に思いっきり近づく。


 だから俺は先生に快諾した。


「うん! 僕、ニーナちゃんと友達になります!」

「ありがとね」


 そういって微笑んだ先生の顔の中には安心と、安堵のような感情が混じり合っていて『あぁ、先生って大変なんだな……』と少しだけ同情みたいなものを覚えた。


 よし、じゃあ探すか。ニーナちゃん。

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