第2-09話 釣り

 父親が普段乗っている黒いセダンと違って、キャンプに行くようなデカい車に乗り込んだ俺たちはレンジさんの運転でモンスターの発生現場に向かった。


「どうにも人を乗っ取ってね、暴れてるらしい。人を乗っ取る“魔”は第三階位以上だし、今回は霊感持ってなくても見えるから、早々に片付けてくれって連絡が入ってさ。でもまぁ、珍しい相手だからイツキくんの勉強になるかと思ってね」


 霊感というのは、言葉通りモンスターを見るのに必要な力のことだ。

 遺伝するらしく祓魔師であれば誰だって持っているし、ヒナのようにモンスターと長い時間触れ合ってしまった結果、後天的に手に入ることもあるらしい。


 だが多くは生まれつきだ。

 なのでそういう人たちは『お化けが見える』のだが、普通の人間には見えないので特に騒ぎにならなかったりするのである。


 しかし、今回の相手はそうではないらしい。

 人が暴れている、という話で俺の前世の記憶がちくりと刺される。


 手元のボタンを操作すると、緊急車両用のパトランプが出現。

 周りの車が避け初めたのを見てから速度を上げたレンジさんに、俺は尋ねた。


「モンスターが人を乗っ取るなんてこと、あるんですか?」

「あるよ。狐憑き、っていう言葉聞いたことない?」

「言葉だけは、あります」


 本当に言葉だけだが。


「そっか。昔からね、人を乗っ取る“魔”は存在したんだ。だって、そうすれば祓魔師たちにバレずに魔力を喰えるだろ? 第三階位の“魔”だって馬鹿じゃない。できるだけ、目立たないように魔力を喰うもんだ」

「で、でも。だったら、どうして暴れてるんですか?」

「そろそろ成長を迎えるタイミングなんじゃないかな」

「……成長?」

「あれ? 言ってなかったけ。“魔”は人の魔力を取り込むことで、成長する。第一階位の“魔”だって放っておけば理論上は第六階位にだってなるよ」

「うぇ!?」

「“魔”は人と違って、魔力総量を増やせるからね。階位もそれと一緒に上がっていくんだ。そして、力を付けた“魔”は大まかに2つの行動を取る。溢れた力による万能感に呑まれるか、あるいはもっと隠れて力をつけようとするか。今回のは前者だったんだろうね」


 周りの車が次々と路肩に寄せる中で、俺とレンジさんの乗っている車だけが二車線の道路を通過していく。時速は80km。飛ばしてんな。


「イツキくんは見てるだけで良い。これから先、同じように人に取り付く“魔”がでたらどうするか。その対処法を見てて欲しいんだ」

「は、はい!」

「まぁ、そんなに身構えなくていいよ。ほとんど釣りみたいなものだから」

「……釣り?」

「そう、釣り」


 前世のほとんどの時間をインターネットで費やした俺は『どっちの釣りだ……?』と首を傾げたが、そこは特に大事そうじゃなかったので黙った。レンジさんの魔法を見てれば分かることだ。


 そんなこんなで、俺たちが着いたのは小さな商店街だった。

 警察が既に囲っていて、それを取り囲むように人だかりが出来ている。


「裏から回ろう。人目につくのは避けたい」

「は、はい!」


 レンジさんはパトカーに並ぶように駐車させると、素早く降りた。

 それを見た若い警官がレンジさんのところに走ってやってくる。


「状況は?」

「刃物を振り回していたので、3人がかりで暴れてるところを取り押さえようとしたのですが謎の力で吹き飛ばされました。2人が軽い怪我をして、1人が刺されて病院です」

「分かった。どこにいる?」

「今は、ここの楽器店の店長を人質にとって立てこもってます」


 ここの、と言いながら警官は地図を指差した。


 やば、大事件じゃん。

 普通に全国ニュースになるだろってレベルなんだが、レンジさんは慌ててない。てことは、こういう状況に慣れてるってことだ。うーん。祓魔師って凄い職業だな。


「裏から回る。話は通しておいてくれ」

「了解です。人払いしておきます。……そちらのお子さんは?」

「弟子だ」


 それだけ言うと、若い警官は持ち場に戻った。

 え、今ので通じるの? 


 もしかしたら、あの人は前にレンジさんに教えてもらった『後処理』の人なのかも知れない。祓魔師を志したが、モンスターを祓う才能がなく、それでも人を助けたいという正義感に溢れた人。そういう人は警察に入って、祓魔師のサポートをするのだと。


「こっちだ、イツキくん」

「はい」


 レンジさんは今の一瞬で地図を暗記したのか、小走りで人だかりを迂回うかいする。

 俺もレンジさんに置いていかれないように、全身を雷で覆って『強化』。大人の走りついていく。


「人を乗っ取るタイプの“魔”は追い詰められると人質を取る。いかにも、隠れて魔力を集める小賢しいやつの考えそうなことだろ?」

「た、たしかに」

「だから、になるんだ」


 レンジさんはそう言いながら、角を曲がって停止。

 俺もそれにならって立ち止まる。


 すると、その先には警察が数人ほど入り口の前で立っている楽器店があった。

 そこにさっきの若い警官が走ってやってくると、近くにいる警官に伝えていた。


 そして、それを見ていたレンジさんは話し合いが終わるのを十分に待って、『導糸シルベイト』を伸ばす。


「イツキくん。楽器店の中に、男が1人。いるのが分かる?」

「……見えます」


 両目の前で『導糸シルベイト』をレンズのように丸くして、『強化』すれば店の中が見える。そこには初老の夫婦と、それよりはわずかに若い――40代に見える男が血のついた包丁を持って立っている。


「よく見ておいて」


 そういうと、レンジさんは『導糸シルベイト』を曲がり角から男の様子を伺いつつまっすぐ伸ばした。それはまるで、海に向かって釣り糸を垂らす釣り人のように。


「大切なのは祓魔師が来たと悟られないことだ。人に取り憑く“魔”は、追い詰められたら簡単に乗っている人間を殺すからね」


 あぁ、そっか。

 いま、あそこで立てこもっている人もモンスターに操られた被害者なんだ。


 レンジさんの『導糸シルベイト』はガラスの扉をすり抜けて店の中にはいると、包丁を構えている男の首に突き刺さった。その瞬間、まるでコンセントを抜いた電動のおもちゃみたいに、男の動きがぴたりと止まる。


「……食いついた」


 小さく漏らしたレンジさんは、刹那、勢いよく『導糸シルベイト』を引き抜いた。

 ぷつん、と男が糸のきれた人形のように倒れる。


 それに合わせるように警察が扉を開けたので、レンジさんはそこから引き抜いたばかりのモンスターを手繰り寄せた。


 その瞬間、『導糸シルベイト』にくっついて俺たちに向かって飛んでくるのは黒いモヤみたいなモンスター。

 だが、それは素早く人の形を取るとレンジさんが引き寄せるよりも速く、走ってやってくる。その顔はさっき取り憑いていた人に、よく似ていた。


 40代の男が険しい顔してこっちに走ってやってくるのは、まぁまぁなビジュアルの強さがあるのだが、レンジさんは余裕の態度を崩さない。

 

「人の顔を真似ることで魔法を撃ちにくくしているんだ。よくある手口だよ」


 そして、レンジさんは笑顔で言って続けた。


「最後はイツキくんに譲るよ。せっかく来てくれたしね」


 そんな『とんかつの端っこ美味しいからあげる』みたいな感じで言われても。


 とはいえ、俺は落ち着いて向かってくるモンスターの両足を撥ね飛ばした。

 そのまま勢い余って地面に顔を擦り付けてスライディングしたモンスターだったが、止まらない。両手で這って俺のところ来る。怖いって。


 だから俺はとどめを刺すべく心臓に向かって『導糸シルベイト』を伸ばすと、そのまま『形質変化』で杭を作った。


 ドズ、と鈍い音がしてモンスターの身体に大穴が開くと絶命。

 黒い霧になった。


「ほらね、釣りだっただろ?」

「途中までは……」

「そう? 普通の釣りも最後は魚にとどめを指して終わらない?」


 いや、終わらない? 

 なんてさらっと言われても。怖いって。


 俺は空気中に消えていく黒い霧を見ながら、ふと思い当たることがあって続けた。


「とどめって、神経締めのことですか?」

「うん。それ」


 それ、とどめを刺すっていうのかな?

 言うのかもしれんな。

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