第2-05話 入学式

 桜が咲いている。

 車道の端を一面のピンクが覆って、地面には花びらの道が生まれる。


 その景色を見ると今年も春が来たんだな、と思う。


 季節感や、イベントごとなどと言った人生のメリハリに全く興味のなかった前世の俺も、桜を見たら春が来たんだと思ってテンションを少しだけ上げていた。まぁ、上げたところで春から心機一転して新しいことを始めようとも、転職して環境をリセットしようとも思っていなかったが。


「イツキ。緊張してる?」

「ううん。大丈夫」


 母親に話しかけられて、俺は首を横に振った。


 俺たちが立っているのは小学校の正門前。

 そこには白い看板に『祝 入学式』と書かれていて、その看板の縁を赤と白のふわふわした飾りで飾ってある。ここがどこで、今から何が行われるのか。その全てを説明する必要など無いだろう。


 ……そう、俺は人生で2度目となる小学校の入学式を迎えているのだ。


 とはいっても、1度目の記憶はない。殆どない。

 なんか上級生に案内されて、体育館に並んで入っていったところの記憶がぼんやりとあるくらいだ。あれって全国共通なのかな。


 俺は母親に手を引かれて校庭をまっすぐ通り抜けると、校舎の前で立ち止まった。今どき懐かしい掲示板があって、そこにクラス名簿が張り出されているのだ。無論、その周りにはすごい人が集まっている。


 緊張した面持ちの子供や、はしゃいでいる子供。

 友達とはしゃいでいる子供もいる。


 えっ、もう友達作ったの? 

 嘘でしょ!? 早すぎるって。


 いや、流石に保育園とか幼稚園のときの友達だろう。

 そうじゃなかったら俺はもうどうすれば良いんだ。


 俺がその光景に軽く絶望している中、母親はちょっとずつけていく人の集まりに辛抱強く付き合いつつ俺の手を引く。そして、流れる人の波に乗っていると数分と経たずに掲示板までたどり着いた。


 まぁ、別に近づかなくても『導糸シルベイト』を使った『視力強化』を行えば離れたところからも見えるんだけど……それは、楽しくない。


 そもそも、そういう機械的に行事を片付けていたのが前世の俺である。

 そういうのとは、もうお別れすると決めたのだ。


「イツキは何組かな?」

「ん……。あ、あった!」


 1年1組の上から順番に名簿を見ていたら、俺の名前がすぐに見つかった。

 なんと俺のクラスは1年1組。名字が「き」から始まるので、出席番号は5番だった。そりゃすぐに見つけられるわ。


 自分の番号を見つけた俺は母親に手を引かれて、再び名簿の前から離れる。

 そして、心配そうに母親が尋ねてきた。


「イツキ。ここから1人で教室まで行くんだけど、行ける?」

「うん。大丈夫だよ!」


 そう、ここからは母親と離れて1人で教室に行くのだ。

 

 うわっ! 緊張する!!


 この歳で二度ほど死線をくぐり、何だったら1回死んでる俺だが新クラスは普通に緊張する。でも楽しみだ。これから6年間過ごす小学校の最初の最初なのだ。緊張しない方が無理があるというものである。


 良い小学校生活を送れるように頑張ろう。


 そんなことを思いながら、俺は胸を高鳴らせて校舎の中に入った。

 そして1年1組の靴箱を探しながら、さっき見ていた名簿についてぼんやりと思考を走らせる。


 それにしても……カタカナの名前多かったな。

 キラキラネーム、というわけではない。そもそも、日本人じゃない名前が結構入ってたのだ。まぁ、世の中はグローバルだし、多様性の時代なのだろう。


 前世の時はどうだったかな……。

 海外出身の子がいたような気がするし、いなかったような気もする。

 でも、いたとしても学年に1人だったような気がする。少なくとも、クラスに2、3人もいなかったのは間違いない。


 ぼんやりと世の中の変化を噛み締めながら、俺は靴を下駄箱に入れると新品のシューズを取り出して履き替えた。このシューズって、気がつけば真っ黒になってんだよな。で、自分で洗うんだよ。大変なんだそれが。


 下駄箱を抜けると、上級生の手作りっぽい看板が『1ねんせいはこっち⇒』と置いてあった。分かりやすい。


 看板に書いてある矢印の通りに階段をあがって、教室に向かう。


 俺の他にも階段を登っている1年生っぽい子はいたが、ここで話しかけられるほど俺はコミュニケーションに自信があるわけでもなく無言でクラスに向かう。いや、6歳相手に話しかけられないってどうなのよ。


 そんなことを思いながら教室の扉の前にたどり着いて、俺は深呼吸。

 閉まっている扉の前に立って、心を引き締め直す。


 ……よし、入ろう。

 

 ががが、と引けば音の出る扉を通り抜けるとそこは大騒ぎだった。

 なんか雪国の冒頭みたいになっちゃったが、実際にそうなのだからそれ以外に表現しようがない。そもそも、6歳児に『静かにしろ』って言ったって静かになるわけがないので、当たり前といえば当たり前なんだが……いや、これ凄いな。


「え、筆箱黒いやつなの? だせー!」

「でも鉛筆かっこいいもん」

「うわ! ほんとだ!」


 騒いでいる子供……いや、同級生たちの横をすり抜けて、自分の席に向かう。


 ちなみには黒板にデカデカと『ごにゅうがくおめでとうございます』という、ひらがなと一緒に座席表が書いてあった。


 これチョークで手書きなんだけど、もしかして先生が書いたのかな?


 ちなみに、俺の座席は窓際だった。

 窓側の先頭を1番として、そこから後ろ側に行くに従って番号が下っていく方式らしい。俺は出席番号が5番なので最後尾の席だった。


 窓側の最後尾とかまじかよ。

 なんか青春っぽいこと始まりそうだな〜と、間抜けすぎることを考えながらランドセルを机の上に置こうとして……隣の席の女の子に目がいった。


 騒いでいる他の同級生たちと違ってピンクのランドセルを机の横にかけ、ムスっとした顔で頬杖をついている。


 いや、特筆すべきはその態度の悪さではない。

 ランドセルの色も、俺の時は珍しかったが今どきだと別にピンクも珍しくない。

 珍しいのは、その容姿だ。


 透き通るようなプラチナブロンドの髪に、青い瞳。

 まるで日焼けなんて一度もしてないと思ってしまうほどに白い肌。


 ……イレーナさんにとても見た目が似ている。

 もしかしたら、この子もヨーロッパ系なのかも知れない。


 きっとさっき名簿にあったカタカナの名前の子の1人だろう。


 そんなことを思いながら、俺もランドセルから筆箱を取り出すと横の女の子を見習ってランドセルを机の横にかけた。そして、時計を見る。


 入学式が始まるのは10時。

 今は9時半。まだ30分くらい時間がある。


 ……どうしよう?


 俺の想定だと入学式前の小学生はもっと緊張した面持ちで、ガチガチになっているのだと思っていた。そこで、ちょっとずつ距離感を縮めて行くのが俺の考えていた友達作りの理想だったのだが、現実の小学生たちは俺の想定を超えるほどに自由だった。


 むしろ、入学前には既に友達を作ってしまっている始末。


 や、やばい。

 このままだと小学校の最初からつまづいてしまう。


 最初が肝心とはよく言ったもので、スタートダッシュに乗り遅れるとその後に取り戻すのはとても労力のかかることなのだ。


 俺は周りを見渡して、どうにか話しかけにいける相手を探すが……ダメだ。みんな席なんて自由に離れて好き勝手に喋ってる。付け入る隙がない……ッ!


 と、教室の中をぐるりと見渡してそのまま一周すると、隣席の女の子が再び目に入った。

 

 いた! まだ誰とも話してない子がっ!!


 そう思って俺は一瞬、テンションが上がったのだが、入学式前に頬杖を付いている女の子は流石に話しかけづらい。


 いや、もちろん分かっている。

 小学生だったら隣の席になった子に話しかけて友達を増やしていくなんて基礎中の基礎なことくらい。


 それは魔法で言うなら『廻術カイジュツ』に相当するレベル。それができなきゃ、友達作りは無理と言っていい。言ってもいいのだが……隣が外国人の態度悪い女の子は難易度が高すぎるって!


 しかし、俺は目をつむって深呼吸。


 友達を作るって決めたんだ。

 こんなところでビビってられない……ッ!


 俺は意を決すると、俺じゃない方を向いている隣の女の子に話しかけた。


「……こんにちは」

「…………」


 されど、女の子は無言。

 ちょっと、なにか言ってよ……。

 

 だが、こんなところで立ち止まれない。

 小学1年生の目標は友達を10人作ること。


 隣の席の子と仲良くできないと、その目標は達成するのも難しいだろう!


「僕、イツキっていうんだ。君の名前は?」

「……ニーナ」


 うわ! 答えてくれた!!

 全然こっち向いてくれないけど。


「はじめまして。ニーナちゃん」

「……ふん」


 挨拶したら威嚇いかくが返ってきた。手厳しい。

 そう思っていたら、彼女は頬杖をやめて俺の方を向いた。


「イツキ。なに?」

「え、何って?」

「名字、おしえて」


 わずかに大人びたような視線で貫かれて、俺は別に隠すようなものでも無いので言った。


「僕の名字は如月きさらぎ。イツキだよ」


 そう言った瞬間、ニーナちゃんはガタッ! と、音を立てて席から飛び跳ねた。

 そして、そのままビックリした様子で俺の前に立ち尽くす。


 はたから見れば奇行だが……あいにくと、入学式を控えた1年生たちはそれに誰も気が付かない。そして、ニーナちゃんはその騒ぎの中に埋もれてしまうようなギリギリの声で言った。


「ほ、本当に……!?」


 本当に、というのは何の話だろう。

 もしかして、俺のこと知ってるんだろうか?


「ほんもの? 第六階位くいーんを祓った……如月イツキ?」

「僕のこと知ってたの? だ、だったら……その! よかったら友達にならない?」


 俺がそういうと、ニーナはちょっと引いたように一歩下がった。

 え、普通に傷つく。


「なんで、同じクラスなの!」

「同じクラスだとダメなの?」

「ダメに決まってるでしょ!」


 ニーナは怒ったような、それでいて自信に溢れたように吠えた。


「私は『第四階位びしょっぷ』の魔術師えくそしすと! イツキにために、ここにきたんだから!」


 ……うん。


 うん……????

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