第2-04話 誘い誘われ

「話したいことも多くあるじゃろうが、まずはあがれ。座って話しをしようぞ」


 アカネさんはそういうと、自由気ままに履いていた草履を脱ぎ捨てて屋敷に上がりこんだ。その隣でイギリスからやってきた祓魔師エクソシストのイレーナさんがしっかりと靴を揃えてあがる。


 どっちが日本人なんか分かったもんじゃないよ、もう。


 しかし、そんなことを思った俺も家ではヒナに靴を揃えてもらっている男。アカネさんに対して何も言えん。


「調子はどうじゃ、宗一郎。家が壊れたと聞いたが」

「今は瓦礫の撤去中です。建て直しはこれからですが……全部終わるのは6月とか7月になるかと」

「ふむ、随分とかかるな。建て直しとなればそれくらいはかかるか……。金は足りておるか?」

「はい。ご心配なく」

「うむ。何より」


 アカネさんはそういうと、俺たちを大きな和室に案内してくれた。


 前に住んでいた家も相当デカい家だと思っていたが、神在月家はその規模が1つ2つ違う。壁にはなんか高そうな水墨画の掛け軸がかかってるし、置物の七福神? か、なにかの木彫りの像は、これもまた高そうだし。


 なんというか、全体的に『金がかかってそうだな』という印象を持つ部屋だった。

 珍しいものが多いので俺がきょろきょろと視界を動かしていると上座に座ったアカネさんがニヤリと笑った。


「さて、改めて。久しいの、イツキ」

「お、お久しぶりです!」

「そう固くなるな。子供は無遠慮なものと決まってろうて」


 そうは言われても……アカネさんは色々と分からない人だから不気味だし、ちょっと近づきがたいオーラが出てるので無遠慮と言われても、『はい、そうですか』と飲み込める話じゃない。


 髪の毛もピンクだし。


「さて、ここに呼んだのは他でもないイレーナとの話じゃが……。まずは、宗一郎。お主の方の話から終わらせてしまおう。昨日の今日でここに来たということは何か理由があるんじゃろうて」

「えぇ。アカネ殿もご存知かと思いますが、イツキに対する祓魔師たちの無責任な発言を諌めていただきたく」

「ふむ。無責任、とな」

「イツキに小学校に通うことなく祓魔の技術を教え込めだの、許嫁を複数あてがえなどというものです」

「なるほど。ちなみにな」


 そういってアカネさんが取り出したのはタブレット。

 そこには色んな女の人の顔がずらりと並んでいた。


 え、今どきの巫女さんってタブレット使うんだ……。

 和洋折衷だなぁ。


「既にわしのところにイツキと見合いをさせろという話が80件ほど来ておる」

「全部断ってください」

いのか? 上は21歳から、下は14歳まで。よりどりみどりじゃろうて」


 80件!!?

 ちょっと来すぎじゃないか!?


 しかもさらっと年齢公開されているけど、昨日父親から聞いた話と違って歳の近い人もいるっぽい……。まぁ、8歳差もあるけど。


「イツキはまだ6歳ですよ」

「子供のころに相手を決めるからこそ、許嫁いいなずけよ」


 けらけらと笑いながらアカネさんが笑う。


 しかし……それにしても、下が14歳ってのはなんだか闇を感じるね。

 出会ったことがないような6歳の男の子と許嫁になれと言われた女子中学生の気持ちやいかに。てか、その年齢と結婚させるのは色々まずいだろ。法律的に。


 ……ん? いや、俺が6歳だから問題ないのか??


許嫁いいなずけも、見合い婚も、祓魔師の中でも廃れゆく文化。イツキには、自由に相手を決めてもらいたいのです」

「ふはっ。まさか宗一郎が親馬鹿になるとはな。冗談じゃ。そう怖い顔をするな」


 そういって、スワイプしてアカネさんは画面を消すと笑った。


「分かっておる。イツキの育成はお主がやるのであろう。こちらで騒いでる者たちには釘を刺しておこう」

「そうしていただけると助かります」


 父親が静かに頭を下げる。

 そんな父親の頭が上がったタイミングで、黒服の人がお茶とお菓子を持ってきてくれた。


「のう、イツキ。ジュースの方が良かったか?」

「ううん! お茶で大丈夫です!」

「それは何より」


 そう言うとアカネさんはへらりと笑って、続けた。


「さて、そちらの話も済んだことじゃし、わしの方から話をするか。おう、イツキ。お主に預けた破魔札はちゃんと働いたか?」

「うん! あの札のおかげで、戦えたよ」

「おう、それは何より」


 雷公童子は雷と共にパーティーのど真ん中に落ちてきて、全てをめちゃくちゃにした隙に俺を喰おうとしていた。そこを破魔札が助けてくれたのだ。あそこで、破魔札が仕事しなければ俺はもしかしたら喰われていたかも知れない。


 そう考えると、思っていたよりもヤバい状況だったな。


 今更ながらに俺がぞっとしていると、アカネさんはその大きな胸元から1枚の破魔札を取り出した。


「新しいのを渡しておこう。これを持っておくと良い」

「はい……!」


 そういえば、この破魔札ってどういう魔法なんだ?

 

 俺は破魔札を手に取りながら、それを灯りに透かすようにして持ってみた。今の今まで肌身離さず持っていた破魔札だが、その仕組みについて考えたことは一度もなかった。しかし、ちょっと考えて見ると不思議な仕掛けだ。


 あらゆる魔法は『導糸シルベイト』をさせることで、発動する。だが、破魔札には1本とて『導糸シルベイト』が巻き付いていないのだ。だから、どういう原理でモンスターを祓ったのかが分からない。


 やっぱり、魔法には俺の知らないがあるのか……?


 それを父親もレンジさんも教えてくれないというのは、なぜだろう。

 理由があるんだろうか。それとも、あの2人も知らないのだろうか。


「では、本題に入ろう。今日、お主らを呼び出したのは他でもない。の話が入ってきておってな。詳しくはイレーナに継ぐ」

「はい。では、イツキさん。ソウイチロウさん。改めまして、イレーナです」


 アカネさんが会話から引くと、その代わりに黒い征装に身を包んだイレーナさんが胸に手を当てながら自己紹介。ちなみに服の名前はさっき教えてもらった。ちなみにデザインも修道士っぽいというか、シスターっぽくてカッコいい。


「実はイツキさんが小学校に入学前ということで、ぜひウチの学校に入学を、と思いましてやってこさせていただきました」

「僕が、イギリスに……? な、なんでイギリスなんですか」

「イギリスには日本にはない『魔法使いだけの学校』があります。そこに、ぜひイツキさんをお招きしたいと思いまして」

「『魔法使いだけの学校』……」


 というと、あれか。あの映画のあれみたいな。


たぐい稀れなる才能の原石を磨くためには、同じような才能の持ち主たちと切磋琢磨していくのが一番です。イツキさんの将来を考えて、より良い選択肢を提案させていただきたいのです」


 そこで一息つくと、イレーナさんはさらに続けた。


「はい。もちろん、学費は全てこちらで持ちます。それと特別奨学金も」

「特別奨学金?」

「学費とは別に支給される、言ってしまえば生活費交際費のようなものです。当然ですが、返さなくても大丈夫ですよ」


 いや、『当然だが返さなくて良い』とか言われても。

 前世の俺がスタンプラリー生活を送るきっかけになったのは奨学金の返済で、贅沢なんてできなかったのも理由の1つなんだけど。


 しかし……思ったよりも願ったり叶ったりだ。

 俺が英語を喋れないという重大な問題を除いては。


「で、でもイレーナさん。僕は英語が喋れません」

「……? イツキさんは魔法が使えるでしょう? でしたら、『翻訳魔法』を使えば問題ないかと」


 え、そんな魔法があんの。

 じゃあ、マジで問題が無くなっちゃったじゃん。


 俺が驚いた顔をしていると、イレーナさんはニコニコとした笑顔で続けた。


「いかがでしょう、イツキさん。えぇ、もちろん他の国からも『ぜひウチに』という話が来ていることでしょうが」


 いえ、初耳ですが。


「イギリスは大英帝国時代に土着の魔法と近代魔法を融合させた魔法の叡智があります。いかがでしょう? イツキさんがこれから『先』を見通されるのであれば、ぜひウチに来ていただきたいのですが」


 うーん。

 提案は魅力的なんだが……正直、気乗りしない。


 だから俺は助け舟をもとめて父親を見ると、彼もまた静かに俺を見ていた。


「パパはどう思う?」

「留学か? ……そうだな。パパの本音を言うなら、行って欲しくない。だが、イツキの人生だ。もし外国で魔法を学びたいと思うのであれば、パパは全力でイツキを支えよう」


 父親はまるで最初から答えを決めていたかのように、淡々と言葉を紡いだ。


 なんでそんなに覚悟が決まってるの。

 俺と一緒で初耳でしょ……。


「ただ、今回の件は留学と一言で言ってしまえぬものでもある」

「どういうこと?」

「つまりだな、イレーナ殿の目的はイツキの青田買い……若い内に自分の国に取り込んでしまおうという目論見あってのことだ」

「な、なんでそんなことを」

「祓魔師はいつの時代も人手不足だからな」


 そこまでいうと、「それに」と言って父親は続けた。


「日本にも神道と近代魔術を融合させた魔法がある。我が如月家に伝わる『相伝』の魔法もな。故にイツキ。お前がやりたい方、行きたいところを選ぶと良い。お前の人生だ。パパはアドバイスはするが……最後に決めるのは、イツキ。お前なのだ」


 そういって父親に両目で射抜かれて……俺は、覚悟を決めた。


 そうか。そうだよな。

 2度目の人生なんだ。もっと俺のしたいように決めたって、良いもんな。


「イレーナさん。ごめんなさい。僕はその話を受けません」

「理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」

「僕はまだ家族と離れて暮らしたくないんです」


 前世では1人暮らしがとても心地よいと思っていた。

 誰にも邪魔されなくて、自分の好きなことを好きな時にできるからと。


 けれど、俺は今の暮らしがとても気に入ってるのだ。

 父親がいて、母親がいて、ヒナがいて。


 4人で暮らしてくのが、たまらなく好きなのだ。


 だから、1人で暮らすなんて考えられない。

 それに外国で暮らすってことはアヤちゃんにもレンジさんにも会えないってことでしょ? やだよ、そんなの。


「だから、僕は日本で過ごします」

「……そう、ですか。いえ、たしかに考えれてみればそれも当然ですよね」


 俺の言葉にした理由に、イレーナさんは少し目を丸くして驚いたが『仕方がない』と言わんばかりに肩を落とした。


「『第六階位クイーン』を祓ったとはいえ、イツキさんはまだ6歳。親元で過ごしたいと思われるのも当然ですよね。すみません、イツキさん。急ぎすぎました」

「ううん。大丈夫です」


 俺がそういうと、イレーナさんはニコりと微笑んだ。

 それにしても美人さんだなぁ。


「んぁ? もう話は終わりか。存外に早かったの」


 話が終わったことを悟ったアカネさんがお茶を飲みながら、会話にイン。

 話を聞いていなかったのかお茶菓子を口にしながら、彼女は胸元からオレンジ色のお守りを取り出すと、俺に手渡してきた。


「イツキ、これを持っておくと良い」

「これは?」

「学業成就のお守りじゃ。お主、来月小学生になるんじゃろう? 魔法だけじゃなく、勉学に励むことよ」


 アカネさんはまるで親戚のお姉さんのようにカラカラと笑った。

 これって破魔札と同じで何か魔法の力が込められたりするんだろうか。持ってるだけで頭がよくなったりとか?


「ね、アカネさん。このお守りってどんな効果があるの?」

「効果?」

「破魔札はモンスターから守ってくれたでしょ? それと同じで、このお守りにも何か効果がないのかなって」

「んぁ? 無いと思うぞ。それは昨日、知り合いの神社でもらってきたものじゃし」


 あんた神職じゃないのか。そんなこと言ってバチがあったっても知らないぞ。

 でも……学業成就のお守りを貰うのなんて、初めてかも知れない。


 だから俺はぺこりと頭をさげた。


「ありがとうございます。大事にします」

「うむ! 友達たくさん作るんじゃぞ」


 そう言われて俺は心の中で唸った。


 ……善処します。

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