第33話 晴天の霹靂

 クリスマスパーティー!!!


 思いもよらぬ単語が飛んできて俺は思わずびっくりしてしまったが、何とかすばやく頷いた。


「うん! クリスマスパーティーしよう!!」

「じゃあ、24日にイツキくんの家にいってもいい?」


 俺はその言葉で、母親を見た。

 パーティーはしたいけど、流石にこれには母親が『OK』を出さなければ通らないだろう。


 そんな俺に、母親は微笑みながら頷いた。


「大丈夫。アヤちゃんを誘ってあげてね」


 どうやら電話越しに声が漏れていたらしい。

 俺は何も言ってないのだが、母親が先手を打って『OK』を出してくれた。


「アヤちゃん! 大丈夫だよ!!」

「ありがとう! なら行くね!」


 それだけ言うと、アヤちゃんは電話を桃花さんに代わってしまった。

 なので俺も電話を母親に交代した。


 クリスマスパーティーだってさ!

 マジかよ。ついにそんなものに俺が参加するときが来ちゃったのかよ! え、良いの? 大丈夫? こんな俺がパーティーなんかに参加しても!?


 思えば前世ではクリスマスとは無縁の人生だった。


 というか、そういうイベントごとに余りに興味がなさすぎてVtuberの配信を見て初めてその日がクリスマスだってことを知るくらいだったのである。あまりに終わってる。


 彼女と過ごすことも、男友達で集まって過ごすこともなかった。

 そんなことをするのは陽の者と決まっているのだ。しかし、女の子からパーティーに誘われるとは……もしかしたら、転生してからの出来事で一番嬉しいかもしれん。


 まぁ、アヤちゃんは女の子の“子”要素だけで10割だけども。


 いや、でもアヤちゃんが女の子だろうと男の子だろうと友達からパーティーに誘われるのが前世と現世を通して初めてである。嬉しくないわけがない。


 『治癒魔法』の成功を遥かに上書きするような出来事に浮ついた気持ちにテンションを上げていると、母親がお礼を言いながらスマホを切って立ち上がった。


「パーティーするなら準備しないとね」

「準備?」

「そうよ。だって、明後日でしょ?」

「……うん?」


 俺はちらりとリビングの端の方にかかっているカレンダーを見た。


 ……あぁ、そういえば今日22日か。


 そういうわけで、俺たちの魔法練習はそこで打ち切りとなって母親たちと一緒に買い物に向かうことになったわけである。


 実に数日ぶりにバスに乗って、俺たちは買い物をしに街に向かった。


「ぱーち! ぱーち!!」


 パーティーが上手く言えてないヒナと、ヒナを抱きかかえている母親と一緒に入ったのは、チェーンの雑貨屋だった。何を買いにきたのかというと、風船である。何の風船かと言うと、膨らませたら『Merry Xmas!』になるやつがあるのだ。ちなみに俺は初めて知った。


 他はクリスマスツリーとか、クラッカーとか、そういうパーティーグッズを買いに来たのである。そんなものを買うどころか、雑貨屋に入るのが人生初めての経験で俺はテンションがあがるのを抑えきれなかった。


 なんか陽キャになったみたいだ!


 前世では子供のころでも、こんなにパーティーらしいパーティーなんてしなかった。ケーキを買ってきて、チキン代わりの唐揚げを食べて、それで終わりだった。俺のスタンプラリー人生はもしかしたらあの時期から始まっていたのかも知れない。


 でも! そんなものは今日で終わりだ!

 俺はアヤちゃんたちと一緒にクリスマスパーティーを楽しむのである!!


 俺たちは雑貨屋でグッズを買うと、ケーキ屋でケーキを予約。

 時期的に厳しいかと思ったが、デパートじゃなくて街のケーキ屋さんだったのが功を奏したのか、なんとかまだ予約することができた。


 カバン屋の時でもそうだが、俺の母親は大きなデパートとかで買うよりも街に根ざしたお店で買い物をしたがる傾向にある。地域密着型の生活を送りたい人なのかも。


 なんて、初めて知った母親の一面と共に今度は肉屋に向かった。

 肉屋で買うものは当然、肉である。チキンだ。


 ヒナは初めて入った肉屋で、びっくりしてあたりをキョロキョロと見回していた。ケーキ屋のときよりも見ているから、何か彼女の琴線に触れるものがあったのかもしれない。


 そうして色々と準備を終えた俺たちは家に戻った。

 家に着くとすっかり夕方になってしまっていて、余った時間でちょっとだけ魔法の練習をした。


「ねぇ、イツキ。ヒナ。せっかくクリスマスだから、アヤちゃんにあげるクリスマスプレゼントを考えておいてね。明日一緒に買い行きましょ」

「プレゼント?」


 そう聞いたのは俺じゃなくて、ヒナだった。


「そうよ。プレゼント交換するの。ヒナはアヤお姉ちゃんになにあげる?」

「えっとね、お洋服!」

「お洋服? でも、アヤお姉ちゃんは大きいからヒナの服は入らないかもねぇ」


 流石は2児を育てた母親である。

 ヒナのとてもプレゼントにならないような案を軽く流した。俺もあんな強いコミュ力が欲しい。


「イツキは何をあげるの?」

「えっ、うーんとね……」


 クリスマスってプレゼント交換なんてするんだ……。

 まぁでも、言われてみればそうだな。交換するな。


 なんだっけ、こういうプレゼントでハート型のアクセサリーは子供っぽいからダメって聞いたことがある。いや、ハート型がダメなのは大人にあげるからだっけ? やばい。女の子にプレゼントなんて贈ったことないから何をあげれば喜んでもらえるかさっぱり分からん。


「なにあげたらアヤちゃん、喜んでくれるかな?」

「そうねぇ。イツキが一生懸命選んだものだったら、喜んでくれるんじゃないかな」

「……うむむ」


 それが難しいんだよな……。


 果たして何が良いだろうかと俺は考えていると、ふと名案が浮かんできた。


「えっとね! 髪の毛まとめるやつは?」

「ヘアゴム? 可愛いのがあると良いわね。明日、見てみよっか」

「うん!」


 ヘアゴムならそこまで奇抜なものは無いだろうし、アヤちゃんも色んな種類もっているから1つ増えたところで管理の手間は増えないだろう。それに可愛いのもあるんじゃないかな。我ながら名案じゃないか、これ。


「ヒナは何をあげるのー?」

「絵本!」

「絵本かぁ。アヤお姉ちゃんは絵本読むかなぁ?」


 アヤちゃんは5歳なので、流石に絵本はそんなに読まないかも知れない。

 ここでも母親のコントロール力が光っていた。やっぱり父親とは別ベクトルで凄い人だ。素直に尊敬します。


 なんて俺が親の偉大さを噛み締めながら、翌日もパーティーの準備だった。


 アヤちゃんに贈るプレゼントを買ったり、昨日買えなかった食材とかも母親が買っていた。パーティーをするからと、ちゃんとパーティー用の食事を用意するらしい。うーむ。凄まじい家事力。俺も見習わなければ。


 それと、当たり前なんだが家の片付けをした。

 アヤちゃんたち霜月家の人たちが来ても、大丈夫なようにやるべきことが思ったよりもあったのだ。


 何が一番散らかっていたって、俺が特訓で使っていた木の模造人形だった。

 あれの破片やらバラバラになったパーツとかを庭に散らしておくことなんて出来ないということで、家の裏まで運んでいったわけである。


 いやぁ、自分のせいとはいえ木っ端微塵になった木片を片付けるのは流石に大変だったね。



 こうして23日は過ぎていって、ついに24日のパーティー当日を迎えた。

 しかし、クリスマスパーティーが始まるのは午後からである。


 無論、それまで何もしなかったわけじゃない。

 当日の準備には飾り付けがあるのだ!!


「にいちゃ! これ上につけて!」

「うん、良いよ」


 膨らませた風船を『導糸シルベイト』を操作して、壁の高いところに貼り付ける。


 これ便利だな。

 母親の手を借りなくても高いところに手が届くぞ。

 

 そうやって俺たちが準備を進めている横で、母親は料理を作っている。

 そう。なんと飾り付けは俺たちに任せてくれたのだ。これはやる気も出るというもの。


 しっかり風船を飾り終えると、今度はクリスマスツリーの開封に移った。

 このツリー、コンセントを挿せば虹色に光る機能まで付いているのだ。


 試しにやってみると、ぴかぴかと虹色に光っていた。


 うーん、これはゲーミングツリー……。


 ……いや、クリスマスツリーってこういうものか。


 つまらない考えを、頭を振って追い払うとクリスマスツリーも綿とか使って飾り付ける。他にも細々とした飾り付けを終えて、準備も万端。


 あとはアヤちゃんたちを迎えるだけだ。


 そう思って俺たちが待っていると、インターフォンが鳴らされた。

 我が家は相当に古い和風の家だが、流石にインターフォンくらいは付いているのだ。


「はーい!」


 先にでた母親が、俺を見てから微笑んだ。


「イツキ。アヤちゃんたちが到着したみたいだから、迎えにいってあげて」

「うん!」


 ヒナと一緒に門まで向かうと、そこにはタクシーから降りてきたアヤちゃんとアヤちゃんのお母さん……桃花ももかさんの2人がいた。


「イツキくん! 来たよ!」

「いらっしゃい! もう準備してるよ!」


 アヤちゃんに釣られて思わずテンションがあがる。

 

「あ、あのね! イツキくんと、ヒナちゃんにプレゼントあるんだよ!」

「アヤ。プレゼントはもうちょっと後の方が良いんじゃないかしら」


 慌ててプレゼントを渡そうとしたアヤちゃんを、桃花さんがたしなめる。

 そんな様子に俺は笑うと、2人を家に案内した。


「いらっしゃい。料理も作ったから、イツキとヒナはお手伝いしてね」

「はーい」


 母親に呼ばれて、俺はテーブルにシチューを並べた。

 生まれて初めてのクリスマスパーティーが楽しみで、思わずそわそわする。


 せっかく準備したんだから、アヤちゃんにも桃花さんにも楽しんでいってもらいたい。

 そんなことを思って、ようやく始めようとしたクリスマスパーティーは、


 ――たった1つの雷鳴と共に、一瞬で終わりを迎えた。

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