第31話 街ゆけば

 小学生になるということはどういうことかというと、訓練する時間が減るということである。


 と、そう思ったところで俺は勢いよくその考えをかき消した。


 こういう考え方をするから、俺は友達が少なかったんだろうな……。

 思い返してみれば、前世での俺は友達付き合いというのは表面上のあっさい付き合いしかできなかったように思う。


 いや、友達がいなかったわけじゃない。

 いなかったわけじゃないんだけど、卒業したら不思議と関係が自然消滅してるんだよなぁ……。


 高校までは何とか休憩中にも話せる友達がいたので良かったのだが、問題は大学である。


 よっ友……顔を合わせて「よっ!」と挨拶するだけの関係性しか作れなかったのだ。思い返せば俺はサークルも入ってなければ、バイト先でも仕事上の関係に限定しようとしていたような記憶がでてきた。これ俺の悪い夢ってことにならないかな。


 なるわけねぇよな。


 そりゃ友達なんでできるわけがない。つら。


 いや、だがしかしせっかく転生したわけだし? 

 アヤちゃんっていう同い年の友達もいるくらいだし?


 せっかくだから、小学校に入ったらもっとたくさん人間の友達を作りたい。だって現世こっちに来て俺の初めての友達おむつだし。


 小学校で友達、何人くらい作ろうかな。

 100人はちょっとハードルが高いな。10人くらいで行こう。うん。


「イツキ、ヒナ。次で降りるからね」


 そんなことを考えていたところ、母親から声をかけられて意識を現実に引き戻した。

 俺たちが乗っているのは都営バス。ランドセルを買うために店に向かっているのである。ちなみにウチにある車は1台で、それを父親が使って仕事に行っちゃったので移動はバスになったのだ。


「ヒナ押す!」


 そういってヒナが真っ赤なバスの停止ボタンを押した。

 ぽん、と高い音が鳴ってアナウンスが流れる。


 そういえば、俺も子供の頃はあれを押したがったな。なんで小さいころって、ああいうボタンを押したがるんだろう。ファミレスとかで店員さんを呼ぶときのボタンとか、我先に押してた気がする。


「イツキ。こっちよ」

「うん」


 ヒナは母親に抱っこされているので、必然俺は母親に手をひかれてバスから降りることになる。


 そして、母親が事前に調べてくれていたお店に俺たちは向かうことにした。

 向かう先はデパートではなく、母親が選んだ街のカバン屋だ。餅は餅屋。カバンはカバン屋という、分かるような分からないような理屈を聞かされたのがつい先日である。


 それにしても、こうして妹が抱っこされ俺が手を引かれてお店に向かうなんていう家族みたいなことをするのは何気に初めてかも知れない。俺たちが家族で外に出るときは基本的に『七五三』のような行事の時か、あるいは『仕事』のときだけだったから。


 そう思うと、普通の行動をしているのになんだかとても不思議な気持ちになった。


「わぁ、サンタさん! にいちゃ! サンタさんいるよ!」


 ヒナがそういって真正面を指差した。


 カバン屋に向かう途中にある商店街に入ると、そこに広がっていたのはクリスマスに飾り付けられた街並み。中央には大きなクリスマスツリーがそびえ立っていて、店の前にはサンタさんが立っている。


「ほんとだ。サンタさんだ! トナカイいるかな?」

「トナカイいないよ! トナカイはね、ソリの近くにいるんだよ!」

「そっかぁ」


 ヒナに教えてもらいながら俺は心の中で唸った。

 そう言えばそろそろクリスマスの時期じゃん。


 家にずっといると季節感覚がバグるな……。


 まぁでも、『七五三』が1ヶ月くらい前だから、そろそろ時期っちゃ時期だもんな。


「良い子にしてたらヒナのところにもサンタさん来るからね」

「うん! 良い子にする!」

「イツキのところにもね」

「ん!」


 去年は何が来たっけ? 

 なんかお菓子の詰め合わせパックとか来たような気がする……。


 いやね? 俺だって欲しいものはあるよ?

 でもそれは全てネット回線が前提にあるもので、うちには回線が通ってないから必然的に他のものを頼むしかない。で、その中で子供らしいものとなるとお菓子とかになるわけなのだ。


「ヒナはサンタさんに何をお願いするのかな〜?」

「ないちょ! おてがみかく!」

「サンタさんに? じゃあ、お手紙セット買わないといけないね」


 さらっとヒナから欲しいものを聞き出そうとして失敗した母親だったが、流石のリカバリー力。流石は優秀な治癒魔法使いだ。戦線への復帰の仕方がうまい。


 と、俺が変なところで感心していると……ぐっ、と体感気温が1、2℃下がった。


「……?」


 なんでだ? と、思って周囲を見てみると

 寒さに耐えるように分厚い防寒具を身にまとい、頭にはニット帽をかぶって、マフラーを巻いている……モンスターが。


 まるで闇が形作ったような顔には、大きな瞳が1つだけ浮かんでいて、じぃっとヒナを見つめているではないか。


『お、ォ、美味しソぉ……!』


 上手く喋れていないところをみると、『第一階位』のモンスターだろうか?

 この間、父親に教えてもらったのだがモンスターの知能と『階位』はある程度比例関係にあるらしい。つまり、『階位』が高くなれば知能も高くなるということだ。


 とはいっても、それが全てのモンスターに当てはまるわけでもなく、ヒナの家を襲ったモンスターのように『第二階位』でも人並みの知能を持っているやつもいるらしい。だから、油断は禁物なのだと言う話も聞いた。


『い、いッ、いタだきまァす……!!』


 ……やらせるわけねぇだろ。


 モンスターの手が伸ばされた瞬間、その腕が消えた。

 『形質変化:刃』によって生み出した鋼の糸が斬り飛ばしたのだ。


『あェ……?』


 そう首をかしげたまま、モンスターの首が落ちた。

 マフラーで首の位置が明確になっているから、斬りやすくて助かる。


 次の瞬間、モンスターが絶命して黒い霧になって消えていく。

 それを風が運んでいくのを見ていると、母親が不思議そうに尋ねてきた。


「どうしたの? イツキ」

「ううん。なんでもないよ」

 

 俺は首を横に振って、自然体をよそおう。


 母親は戦えないし、ヒナはモンスターに深い心の傷を負わされている。

 わざわざ言うようなことではないだろう。


 そう思って俺は何も起こってないかのように、笑顔で答えた。


 まぁ実際、のだから、わざわざ言うようなこともないだろう。


 そんなことを思って、俺は母親と一緒にカバン屋に向かった。


 今どきのランドセルは色んな色があったけど、シンプルな黒いやつにしてもらった。



 ―――――――――――――――



 実のところ“魔”が発生するメカニズムは、よく分かっていない。

 だが祓魔師たちの中でも一部の者たちが統計を取ったところ、どうやら人口密集具合と“魔”の発生数にはある程度の相関関係が見られるという。


 だからここ東京は、世界でも有数の“魔”の都だ。


 けれど、その実9割近くは『第一階位』の“魔”である。

 そのため祓魔師たちは警察と協力関係を結び、一般人に被害を出さないよう戦っているのだ。


「……変な話だよな、宗一郎」

「どうした、レンジ」


 だが、2人がいるのは郊外。都心からは車で2時間ほど走った場所にある田舎である。


 たまたま任務地が被り、2人とも早々に解決したので昼飯を共にするべく近場の飲食店を探しているタイミングでレンジの方がそう切り出した。


「『第二階位』の“魔”が5体。『第3階位』が3体。郊外に出るにはちょっと集まりすぎだろ」

「あぁ、そうだな。いかに地方都市とは言え、同日に出るにしてはあまりに固まっている」

「なぁ、宗一郎。知ってるか。イツキ君が倒した『第五階位』の“魔”。あれが祓われてから、“魔”の発生件数が急に


 宗一郎はその言葉を聞きながら、「そうだな」と返した。

 彼がイツキに何も言わず仕事に出たのは、何も彼がイツキを心配させまいと気を使ったからではない。突如として仕事の連絡が入ったからだ。


 本当だったら今すぐにでも帰りたいのだが……イツキたちはランドセルを買いに行っているので、今から家に帰ったところで誰もいないだろう、と思い宗一郎はレンジと昼食を共にすることにしたのである。


「つまり、レンジ……。まだ、何も終わってないと言いたいのか?」

「終わってないどころか、あれがの可能性だってあるんだ」


 再三伝えるが、“魔”の発生メカニズムはよく分かっていない。

 しかし、その中にある程度分かっているものがある。


 その1つに、大きな“魔”に釣られるようにして小さな“魔”が自然と湧き始めるというものがある。まるで大きな地震を未来に控えた余震を思わせるがごとくだ。


「ふむ……」


 その言葉を聞いて、宗一郎はかつての『百鬼夜行』を思い出した。

 そして静かに答えた。


「……何が起きても俺たちは俺たちで、やるべきことをやるだけだ」


 それが、祓魔師という生き方である。

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