第30話 特訓:真骨頂

 俺が母親と一緒にからだ図鑑をみる訓練と言って良いのか分からない訓練を初めて、すぐに数日が経った。俺は今まであやふやだった身体の知識や、そもそも知らなかった知識を手に入れることができて、ぐんぐんと賢くなっていくのを実感していた。


 だが、『形質変化』を使った実践をやらせてくれることはなかった。


 というのも、『形質変化』を使った治癒魔法は失敗すると、リカバリーするのが大変なので、もう少し知識を手に入れてからという話になったのである。


 その間、当然だが父親との近接戦闘練習も欠かすことは無かった。


 午前中は父親と一緒に身体を動かし、お昼を挟んで母親と勉強というルーティーンが完成し、それにのっとって過ごすこと2週間。


「あれ? パパは?」


 珍しく、朝起きたら父親がいなかったのである。

 なので母親に尋ねると、彼女は洗濯物を抱えた両手で教えてくれた。


「パパなら朝早くでかけたのよ。お仕事ですって」

「そうなんだ……」


 そういえばここ最近は本当にずっと仕事を休んで特訓に付き合ってくれた。

 忙しいのに俺のために時間を用意してくれたのだろう。本当に父親には世話になってばかりだ。はやく親孝行したい。


 でも、変だな?

 1ヶ月休んで近接戦闘を教えてくれると言っていたのだけど……まだ2週間しか立ってない。流石に有給がつきたのかな。てか、祓魔師に有給ってあんのかね?


「パパ、イツキとの約束を破ることになるって泣きながら仕事に行ってたわよ」

「ほえ……」


 泣きながら、というのは母親の誇張だろうか。それとも本当の話だろうか。願わくば前者であることを強く祈ろう。父親のことは大好きだが、あの見た目で泣きながら仕事にいく様子はちょっと想像したくない。


 だが、如月家は父親の一馬力。

 彼が働いてくれることで俺たちはおまんま食えてるわけである。突然の仕事で約束を破ることになったとしても残念に思うことはあれど、労働の大変さを知っている俺はそれを責めたりできるわけもない。


「パパも忙しいそうだったから、あんまり怒っちゃだめよ」

「怒んないよ!」


 怒るどころか、むしろ2週間も時間を作って付き合ってくれたことに感謝しかない。


 一家の大黒柱に感謝しながら、俺は子供用の模造刀を持って庭に出た。


 父親がいなくても、特訓は続行する。


 というか、1人での特訓こそ俺の真骨頂と言っても良いんじゃないだろうか。

 赤ちゃんのころの『魔力総量増量訓練人に言えないトレーニング』から始まり、『廻術カイジュツ』や『絲術シジュツ』の特訓も1人で頑張っていたのが記憶に新しい。


 とは言っても『絲術シジュツ』はレンジさんのおかげで身につけられたんだけど。


 俺はそんなことを考えながら、父親の並べてくれた木製人形たちを見る。

 この動かない人形相手に、剣術の技を試すのも良いのだがそれではいまいち実戦での練度に不安が残る。


 そもそも父親も、近接の訓練は実戦の中でやるから意味があると言っていた。

 だからわざわざ『導糸シルベイト』を使って、人形を動かすなんていう手間なことをしてまで俺の訓練に付き合ってくれていたのだ。


 だとすれば、俺も1人とはいえ相手に動いてもらわないといけないだろう。


 ……やってみるか。


 俺は『導糸シルベイト』を伸ばすと、人形に巻きつけた。

 どうやって動かすかは、父親の魔法を見ていたから手に取るように分かる。


 だから、後はやってみるだけだ。


 果たして『導糸シルベイト』で吊るしたまま、俺は人形の足を一歩前に踏み出させた。ガガガ、と擬音がつきそうなくらいにはぎこちない動きだったが、それでも実際に前に動いた。


「……おおっ!」


 足を動かせたということは、こっちに飛んでくる動作くらいは再現できるということである。初めての人形操作の成功に浮かれたまま、俺はさらに人形の腕を動かした。


 縦に、まっすぐ剣を振り下ろす。


 それもぎこちないが、なんとか再現できた。


「……よしっ!」


 足が動いて腕が動くのだ。

 それだけ動くのであれば上出来と言っていいだろう。


 俺は心の中でガッツポーズを浮かべながら、呟いた。


「これなら1人でやれる……!」


 しかし当然、誰もいないので何の反応も返ってくることは無い。

 普段は父親とやってるので、何かあったら褒めてもらえるのだが……まぁ、何も反応が無くても特訓は継続だ。そもそもこれ、死なないために初めたことだからな。褒めてもらえないからとやめるのは、あまりに本末転倒すぎる。


 それに1人で好きなように好きな訓練ができるのが、1人特訓の良いところである。


 なので俺は無反応の冷たい空気を振り払うように、人形を操って自分に攻め入るように動かしてみた。右足で地面を蹴って、重心を前にして、剣を振り下ろす。


「……うーん」


 人形の動きを視界の全体でとらえながら、俺はのろい剣を弾いた。


「流石に弱いなぁ……」


 考えてみるまでもなく当たり前のことなのだが、目の前にいる人形は俺が動かしている。だから、次にどう動きどんな強さで剣を振ってくるのかが分かってしまう。これじゃ剣の訓練にならない。


「……だめかぁ」


 自分でやるから良い案だと思ったんだけどなぁ。


 それだけじゃない。漫画とかでイマジナリー剣士を生み出して訓練しているのを見たことがあったので、本当に良い案だと思ったのだ。まさか、こんなに単純な動きしかできない木偶でく人形になるとは思わなかった。


「うぬぬ……」


 これじゃあ1人で訓練できないじゃないか。

 なんかもっと他に良い方法は無いのかよ。


 俺は不満げに人形を見つめ直しながら、頭の中で考えた。


 この人形を使った訓練……リアルイメージトレーニングとでも名付けるか。


 これ、もう少し突き詰めればちゃんとした訓練になりそうなんだが……。何がダメなんだろう? やっぱり、俺みたいな凡人にはイメージトレーニングなんて出来ないんだろうか。それとも、イメトレは漫画だけの産物なのだろうか?


 いや、でも想像の敵を想像して戦うのは漫画だけじゃなくて、現実でも格闘家とかスポーツ選手がやってるって話をテレビで見た記憶はあるんだよな。


 ……だとすれば、イメージトレーニングの練度不足か?


 俺は再び人形に『導糸シルベイト』を伸ばすと、起き上がらせた。

 

 そして、頭の中でちゃんと動きをイメージすることにした。

 とは言っても、モデルもなしに仮想の動きを再現することができるほど、俺の頭は高性能じゃない。


 誰が良いかな……。

 やっぱり、父親か。


 俺は頭の中で目の前にいる木製人形を父親だと思い込みながら、前に一歩動かした。

 

「……む」


 それは素人目でも見て分かる下手な動きだった。

 やっぱり頭の中で思い描いている動きと、実際の身体の動きって違うんだよな……。


 でも、それは俺の剣術だってそうだった。

 何度父親から、『形ができていない』と注意されたか分からない。でも、そのたびに直して直して、なんとか運動音痴の俺でも戦えるくらいには成長したのだ。


 人形を動かすのも同じはずだ。


「よし、もう一度……ッ!」


 再び、人形の足を動かす。

 一歩踏み込んで、加速。そのまま、斜め下からの切り上げ!


「……ッ!」


 俺は自分で動かした人形だというのに、その動きの精度の高さに思わず息を呑んだ。そして、慌てて模造刀を合わせる。


 ガッ! と、木剣同士が激突する重たい音が響いて、俺と人形が衝突。

 だが、人形はその大きな体格を活かすように俺を押さえつけると、急に力を抜いた。いや、人形の力を抜いたのは俺なんだが、防御だけにリソースを割いていた俺はとっさのことで力の矛先を失って思わずつんのめる。


「うわっ!?」


 俺の隙を、俺は逃さない。

 人形の左足を軸にして、回し蹴りを自分の胸部に叩き込んだ!!!


「げほっ!!!」


 後ろに吹き飛ばされて、地面をバウンド。

 その状態で、俺は大の字に寝っ転がった。


 ……や、やりすぎた。完全に。


 思ったよりも俺の近接戦が弱すぎて、容赦せずに俺の魔法が炸裂してしまった。何を言っているか自分でもよく分かってないが、とにかくイメージトレーニングが成功したのだけは分かった。


 それにしても、この訓練どこが自分の弱点か一発で分かるな……。


 自分の魔法で自分を攻撃しているから分かるわけないと思うだろうか? しかし、俺の魔法の練度と近接戦の練度に差がありすぎて、『魔法使いの俺』が『近接戦の俺』を見ると弱点が無限に見つかるのである。


「……もう一回やろう」


 ということは、だ。


 この弱点を1つ1つ潰していけば、俺はもっと強くなれる。

 それをやり遂げる基礎は、これまでに父親が教えてくれた。


 ……後は、回数を重ねるだけだ。


 俺は身体を起こすと、人形と向かい合う。

 そして再び自分が操る人形と剣を交えようとした瞬間、母親に声をかけられた。


「イツキー! 今日はそこまでよ」

「え、なんで??」


 訓練の中止を呼びかけられたのなんて初めてだったから、俺は思わず目を丸くして尋ね返した。母親はそんなことを言う人ではないからだ。


 しかし、彼女はそのまま続けた。


「なんでって、今日はあれを買いに行く日でしょ?」

「あれ?」

「ランドセル」


 ランドセル……?

 あぁ、ランドセルか!!!


 そうだ。完全に忘れてた!


 来年俺は小学生だ!!!

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