第25話 予期せぬ初陣

 最初に地面を蹴ったのは俺だった。

 『導糸シルベイト』を後方に飛ばすと、木々を掴んで後ろに飛ぶ。


 とにかく距離だ。

 アヤちゃんからこいつを離さないと。


 相手は『第五階位』のモンスター。

 これまでのやつらと強さが段違いだと思って相手にするべきだ。

 そう考えれば、車の近くで魔法を撃ち合ってアヤちゃんを巻き込むのだけはどうしても避けたい。


 ……ついてこい。


 俺の言葉にしない誘いに、果たしてモンスターは乗っかってきた。


 いや、それはそのはずだ。

 こいつの狙いはアヤちゃんじゃなくて、俺。

 それなら、俺が逃げれば絶対に追いかけてくるはずなのだから。


 その賭けに成功したことにほっと胸をなでおろしながらも、俺は『導糸シルベイト』を森の中に張り巡らせた。


「『形質変化』」


 ぼそりと、つぶやく。


 次の瞬間、森の中に刃の結界が生まれた。


『へぇ、そう。器用だね』


 しかし、目の前のモンスターは地面を蹴って跳躍!

 大体30mほど飛び上がって、刃の結界を全て回避した。


「……ッ!?」


 凄まじい身体能力!


 俺がそれに目を奪われていると、宙に浮かんだままモンスターが『導糸シルベイト』を自身の背中に回したのが見えた。


 仕掛けてくる――ッ!


 何をしてくるか分からないモンスターに対抗するために、俺も糸を6本。全身にまわして『身体強化』を行った。


 とは言っても、真正面から殴り合いをするわけじゃない。


 そんな力は今の俺にはない。

 これは死なないための魔法だ。


 次の瞬間、『属性変化:風』によって空気を生み出したモンスターの身体がロケットみたいにツッコんできた!!


「……ッ!」


 俺は反射的に『形質変化:硬』によって壁を作ったが、モンスターは腕4本を使って上手く受け身を取ると、そのまま反転。そして、物理的にありえないような直角機動を描くと、壁を飛び越えてきた!


『あぁ、そう』


 当然、背中からは『導糸シルベイト』が伸びている。

 俺はそれを見ながら、思わず息を呑んだ。


 こいつ、自分の身体を操り人形にして、むちゃくちゃな空中機動をやってやがる!


『簡単には喰わせてくれないわけだ』

「……当たり前!」


 俺は糸を使ってさらに飛び上がって、距離を取る。

 そして、真上からモンスターを見下ろした。


『逃げ続けるだけだと、祓えないと思うけど?』


 俺はモンスターの挑発に無言で返すと、生み出すのは炎の槍。


 ごう、と燃え上がる炎の槍に導線となる『導糸シルベイト』をモンスターまで伸ばした。だが、幸いにして目の前にいるモンスターは『真眼』を持っていないようで、俺の糸は見えていない。


 チャンスだ!


 次の瞬間、俺は炎の槍の真後ろで『属性変化:風』によって生み出した圧縮空気を爆発させた。


 ドウッッツツツ!!!


 爆炎と衝撃波が周囲の木の葉を撒き散らして、モンスターに猛進!

 そして、そのまま貫通すると爆ぜた!!


「……『焔蜂ホムラバチ』」


 俺は地面に着地しながら、そう呟いた。


 炎の槍が、相手を穿つのだ。

 我ながら良い名前だと思う。


 そんなことを考えながら、腹に大穴の空いたモンスターをにらんだ。


「パパとレンジさんをどこに飛ばしたの?」

『…………』


 しかし、モンスターは答えない。

 無言のままだ。


 俺は次にどう攻めるかを考えていると、刹那モンスターの腹に空いた穴がゆっくりと、しかし確かに埋まっていくではないか。


 治癒魔法を使えるんだ!


 俺はその光景にびっくりして、言葉を失ってしまった。


 い、良いなぁ!

 俺はまだ使えないのに……!!


 って、そうじゃなくて。


「答えないなら、こっちにも考えがあるんだけど?」


 テレビとか漫画でしか見たことない脅迫を、見様見真似でやりながらモンスターと一定の距離を取る。


 そして、冷静に自分を俯瞰ふかんした。

 最初のような緊張は解けてきている。今の俺でも『第五階位』のモンスターを祓えるかも、という自信のようなものが俺の中に満ちていくのを感じる。


 だが、油断は禁物。

 死なないために、相手を祓う。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は目の前のモンスターから目を離さない。


『やっぱり、その魔力、喰いたいね』

「あげないよ」


 俺がそう返すと、モンスターの指から『導糸シルベイト』が伸びた。

 その糸の先は無数の木々に繋がっていて、


『来いッ!』


 モンスターが吠えると同時に、木々が


「……どれだけ、モンスターを作ったところで」


 この状況が変わるはずがない。


 そう言おうとした瞬間、俺はが『導糸シルベイト』を放ったのを見て思わず地面を蹴った。


 ……なんだ? 何をしてくるんだ??


 モンスターが魔法を使うのは珍しいことじゃない。

 でも、目の前にいる青年モンスターが生み出した雑魚モンスターたちが魔法を使うのは初めてで俺は思わず距離を取ったのだ。結果として、それは正解だった。


 刹那、俺が立っていた場所にドングリが真上から1つ落ちてきたのだ。


 ……なんでドングリ?


 俺が首をかしげるよりも先に、ドングリが地面に触れた。


 ドォンッッツ!!!!!


「……ッ!?」


 瞬間、俺の目の前に落ちてきたどんぐりが爆発した!!


 距離を取っていたから大丈夫だったものの、もし気が付かずに巻き込まれていたと思うとぞっとする。『真眼』持ってなかったら間違いなく死んでいた。良かった。小さい頃から特訓してて。


『へぇ、そう。見えてるんだ。じゃあ、分かるよね』


 生み出した木々のモンスターの間に立ちながら、青年が俺を見下す。


『倒したら、さっきのやつ全部爆発するよ』


 俺は青年モンスターの言葉に、黙り込んだ。

 黙り込まざるを、得なかった。


 どんぐりを落とす木の種類も、普通の木がどれだけのどんぐりを持ってるかも、俺が知っているわけがない。だが、それでも1本あたりの木にドングリが100個や200個じゃ数え切れないくらい付いていることくらいは知っているのだ!


 だとすれば、生み出された木のモンスターを倒して巻き起こされる爆発は、さっきの爆発の数百倍だと考えるべきだ。そうなると、近くにいる俺が巻き込まれるだけじゃない。


 ここから数百mしか離れてない場所にいるアヤちゃんだって巻き込んでしまうだろう。


 しかし俺は自分がピンチにいることなんて微塵みじんも感じさせないように飄々ひょうひょうとした態度を貫いて、尋ねた。


「ねぇ、聞きたいんだけど」

『…………』


 俺の問いかけに、モンスターは無言のまま。

 まぁ、それならそれで良いけどさ。


「『転移魔法』って、そこまで遠くに飛ばせないってこと無い?」

『…………』


 俺は何も言わなかったが、青年の瞳が明らかに丸くなった。


「うん。それだけ分かれば良いや」


 当たり前だが、魔法の飛距離は『導糸シルベイト』の長さとイコールだ。

 だから『転移魔法』だって、『導糸シルベイト』の伸ばせる距離と同じになるに決まっている。


 本当に、それだけ分かれば十分だった。


 俺は指先をオーケストラの指揮のように動かして、『導糸シルベイト』を操ると長い2本を組み合わせてネットを作り上げる。


 そして、そのまま木々の隙間を縫うようにして風を巻き起こした!!

 

 轟、と風がうなって枝々からどんぐりを奪いあげると、ネットがそのままどんぐりを空へと跳ね上げるッ!!!


 後は、たった1つに衝撃を与えてやればいい。

 そうすれば!!


 ――ドォォオオンッッツツツツ!!!!!


 連鎖反応で全て空中で爆発するのだから!!


 空に真っ赤な花火が上がると同時に生まれたチャンスを逃しはしない。

 次の瞬間、俺の『形質変化:刃』によって木々が真っ二つに裂けた。そして、モンスターの死である黒い霧になって消えていく。


「これが目印になるんだ。パパと、レンジさんが戻ってくる……ね」


 俺はそういって笑うと、青年のモンスターに向き直った。


「それに2人が戻ってくるまで待つ必要もない」


 俺の問いかけに青年モンスターが怪訝けげんそうな顔を向けてくる。


 ……そうか。まだ気が付かないのか。


「ちょっとした攻撃だと治癒魔法を使って治すことも分かった。だから大きな一撃が必要だった。そのためには、時間が欲しかったんだよ」


 俺がそこまで言った瞬間、ふっ――と空が陰った。


「時間は稼げた」


 それに気がついた青年モンスターが顔を上げるが、遅い。遅すぎる。


「『隕星ながれぼし』」


 俺がそういった瞬間、モンスターは全てを諦めたように言葉を漏らした。


『あぁ、そう……』


 それも当然。

 何しろ俺の生み出した『導糸シルベイト』の先には、『属性変化:土』で作り出した一軒家ほどの巨大な岩が重力に引かれて落ちてきているのだから!


『――手ェ出すんじゃなかったな』


 それだけ言うと、モンスターは巨大な隕石の下敷きになって絶命した。

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