凡人転生の努力無双〜赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました〜

第１章 幼年期

第1話 平凡な俺、転生する

　俺の人生を一言で表すのであれば、つまらないスタンプラリーだと思う。

　金持ちの両親の元に生まれたわけでも、かと言って人並み外れた不幸に見舞（みま）われたわけでもない。小、中、高校、そして奨学金を借りて大学に進学。

　就職活動では少し手こずったものの、大学で1人暮らししていた物件から歩いて10分という近場の印刷会社に入社することができた。

　そこからは、同じスタンプを押し続ける代わり映えのしない毎日。

　平日は会社に歩いて通って、土日は家で寝ているかYouTubeを見て時間を潰す。Vtuberの配信を流しながらソシャゲをしていると、気がつけば休日も終わっている。

　趣味という趣味があるわけでもない。

　確かに配信を見たり、ソシャゲをするのが趣味かも知れないが俺は金も無いから投げ銭も課金もしない。

　何か大きな変化があるわけでもなく、自分からイベントに飛び込むようなこともしない。

　だから、俺の人生は同じ形のスタンプを毎日毎日押していくだけのスタンプラリーなのだ。

「あー。彼女ほし〜」

　大して欲しいと思っていないけれど、少しだけでも人生にメリハリである『焦っている感』を出すために、俺は部屋の中でそう呟いた。

　本当に口先だけのものだ。

　別に出会いのある場所に自分から足を運ぼうなんて思わないし、マッチングアプリをやろうとも思わない。最近、性病が流行ってるらしいから怖ぇ。

　変に挑戦して失敗するのも嫌だ。

　何かに巻き込まれるのも嫌だ。

　結局のところ、俺はこの代わり映えのしない毎日を愛しているのだ。

　俺はスマホから視線を外して窓の外を見ると、夕暮れの日差しが差し込んでいた。

「飯、買わなきゃな」

　自炊なんて面倒なことはしない。

　男の1人暮らしで彼女もいなければ、金のかかる趣味もないので、毎食コンビニで済ませている。コンビニ飯は考えなくていいから楽で良い。

　いつも550円のラーメンと、形だけでも健康に気を使おうと思って買っている野菜ジュースがセットだ。

　俺は鍵とスマホだけ持って部屋から出ると、夕焼けが俺を照らした。

「……なんもねぇな、俺の人生」

　それを望んでいるのだから、それで良いだろう。

　でも、俺は本当に自分の人生に満足しているのだろうか？

「やめやめ。そんなこと考えたって意味ねぇわ」

　首を横に振って、自分の考えを否定した。

　そして、自分の奇行が誰かに見られていないかと思って周囲を見渡してみて……誰もいないことに、ほっと安堵の息を吐き出す。

　日曜日の夕方なのに誰も出歩いていないことに少しの不気味さを覚えたが、まだ日が出ているからそこまで気にする必要もないと思って、Twitterでも開こうか思ったその時だった。

　目の前に、不気味な男がいた。

「はっ、はっ……」

　激しく運動した後のように肩で激しく呼吸していて、その眼は何かキマっており……ひたすらに俺を見ている。いや、睨んでいる。もう冬になるというのに、タンクトップ1枚でガリガリの身体が秋風に吹かれて酷（ひど）く寒そうだった。

　……んだよ、気味悪いな。

　俺はそう思うと、スマホに視線を落とした。

　こういう人間には関わらないのが吉だ。

　そう、考えたのが悪手だ。

「……はぁっ！」

　不気味な男の、不気味な吐息。

　それが俺の耳に届いた瞬間、胸に何かが突き刺さった。

「あぐ……っ」

　声を出そうと思ったのに、口をついたのは変な音。

　それが自分の声だと気がつくのと、俺が地面に倒れるのは同時だった。

「はっ、はぁっ！　おまっ、お前だろ！　ずっと俺を見やがって、お前！　俺の家に盗聴器を付けて、監視カメラまで付けやがって！！」

　男が何か言っていたが、そんなもの俺の耳には入ってこなかった。

　入ってくるはずがなかった！

　痛い痛い痛い痛い！！！！

　痛みが、俺の脳を焼いていた。

　胸が痛くて何も考えられない。

　呼吸ができない。吸うのか、吐くのか、何も分からない。

　目が回る。男の姿が見えなくなる。

　身体からあったかいものが溢れて、急に寒くなってくる。

　視界が黒に染まっていく。

　死ぬ。

「……しに、たく……ない」

　死にたくない。

　死にたくない。

　死にたくないのに、身体からは血が止まらない。

　死ぬ。

　そして、俺の意識は途絶えた。

　―――――――――――

　目を覚ますと、そこは木の天井があった。

　病院……だろうか？　いや、病院はもっと無機質な感じだろう。じゃあ、どこだここ？

　俺はそう思いながら、自分の身体を見ようと上半身を起こそうとして……。

「あぇ」

　身体が、持ち上がらなかった。

　頭が重すぎて上がらないのだ。しかも、今までの俺の声と違ってやけに高い声まで出るし。

　何なんだ、これ。

　何が起こってるんだ。

　俺はとにかく、自分の身体がどうなってるのかを知りたくて手を持ち上げると……そこには、白くてぷにぷにした腕があった。

「……うぇ？」

　なんだ、と言おうとしたのに口が動かなかった。

　舌を動かして口の中を探って……俺は驚くべきことに気がついた。

　歯が、一本もないのだ。

　歯を抜かれた？

　いや、違う。そんなんじゃこの状況が説明できない。

　何もかも理解できない状況に俺の感情は溢れ出して、思わず泣き出した。

「ふぎゃぁ！　ふぎゃあ！！」

　俺がそうやって泣いていると、バタバタという足音と安心感を覚える足音とともに1人の女性が現れた。

　だが、その身長はあまりに大きい。

　俺の数倍はあるその女性は俺の身体をそっと抱きかかえると、

「イツキ。お腹空いたの？」

　そういって、あやしはじめた。

　俺もいい歳だというのに、それで思わず落ち着いてしまう。

　思わず溢れ出した感情が、すぅっと胸の中に消えていくのが分かる。

「寂しかったの？　いい子ね」

　やけに落ち着く女性の声を聞きながら、俺は……この状況を理解し始めた。

　小さくて、白い腕。

　言葉を出せない口。

　一本もない歯。

　そして何よりも、俺の名前とは1文字もかすっていない『イツキ』という名前。

　考えられないが……考えたくもないが、俺はどうやら、赤ちゃんになったのだ。

「もうちょっとしたらお父さんが帰ってくるからね」

「……んまぁ」

　聞こえてくるのは日本語、だし……目の前にいる母親っぽい女の人は日本人だ。

　どうやら日本に生まれ直した……ぽい？　

　だったら、俺の死体はどうなったんだ。通り魔事件なんて全国ニュースだし、テレビがあったら見てみたい。

　そう思って首を動かそうと思ったが、重くて動かない。

　なんで……？

　と、思ったが俺の家庭科で習った記憶が蘇（よみがえ）って、納得した。

　この身体はまだ、首が座ってないんだ。

　だから目線だけ動かして部屋の中を見てみたのだが……テレビは無い。

　それどころか、部屋の中には赤ちゃんが寝るための布団だけしか無いのだ。

　床は畳で、扉ではなく襖（ふすま）で区切ってあるから、かなり昔の和風の建物という感じがする。

　もしかして、俺はかなり金持ちの家に生まれ直したのかも知れない。

　そう思うと、ほっとした。

　そもそも日本に生まれ直しただけで勝ち組だが、さらに金持ちの家に生まれたのは……不幸中の幸いだ。これですぐに死ぬことは滅多にないと思う。

　これがもし治安の悪い国とか、貧困国とかに生まれていたら違っていただろう。

　もう死にたくない。

　そんな当たり前の考えが、俺の頭の中にこびりついていた。

　包丁だか、ナイフだかを刺された胸の痛みはまだ覚えている。

　あの痛みから逃げるためなら、なんだってする。

　そう思ってしまうほどに、あの痛みは強烈だった。

　俺が底抜けの安心感を覚えると、眠気が襲ってくるのは同時だった。

　赤ちゃんの身体は何もしてないのにすぐ眠くなるんだな。

　そう思って目をつむると、身体が寝かされるのがわかった。

　きっと母親が布団に横にしてくれたんだろう。

　そう思うとふと安心感を覚えて、そのまま眠ってしまおうと思ったその時だった。

　母親はぎゅっと手を合わせると、

「どうか無事に、3歳を迎えられますように」

　何かに強くそう祈った。

　子育てなんてしたことない俺にはその言葉が……嫌に耳に残った。