4,4 死神 φollowing・結
追記。
悪夢の
そこまでなら、この話はハッピーエンドで終われたハズなんだけど。
この事件の真実は、もっと後味の悪いものだったんだ。
先輩は時々、知らなくていいことなんて世の中たくさんあるって言うけれど。これはきっと、その一つだったんだと今になって思う。
だけどぼくは――「真実が知りたい」その欲求が勝ってしまった。
もしもこの”活動記録”をこの先まで読み進めようとしている人がいるのなら、覚悟してほしい。
真実がいつも、最善とは限らないって。
ここからは、後日明らかになったことだ。
ぼくと先輩が男女同衾して目覚めた朝、
死因は
彼女は母親に連れられて行った心療内科で処方された睡眠薬を、ほとんど飲まずに溜め込んでいた。そんな状況で、残った薬を一気に飲み込んでしまったらしい。
それだけなら、精神不安定による自殺とか、混乱した末の事故死とかで処理できたかもしれないけれど……。
警察の調査によると、死亡推定時刻は発見される前の深夜だったそうだ。
べつにそれ自体はおかしくない。けれど、ぼく目線で時系列を整理すると話は変わってくる。
ちょうど生前の結崎さんに会いに行ったのが死亡前日の夕方。ぼくと先輩が死神レースから逃げ切ったのが深夜。目覚めたぼくに結崎さんからメールが届いたのが、翌日の早朝。
したがって――ぼくにメールを出した時点で結崎さんは既に亡くなっていたということになる。
結崎さんの死後、彼女のアドレスからメールを送ってきたのは、何者なんだろう。
このメールに返信すれば、わかるのだろうか?
「……」
ぼくはメールアプリを起動したままずっと考え込んでいた。
もう悪夢は視ていない。
もう一度余計に首を突っ込めば、今度はもどってこられないかもしれない。
「真実よりも、何を信じるかが大切……かぁ」
今回の事件、やっぱりぼくは先輩に生命を救われたんだと思ってる。
直接それを先輩に言ったら、「俺は何もしていない。強いて言うならたまご粥は作ったがな」なんてはぐらかされてしまった。あの晩に見た悪夢の中に先輩が出てきたことも、何度聞いても知らないの一点張りだった。
もしかしたら先輩が命懸けでぼくを助けてくれたというのは、気のせいかもしれない。願望込みの勝手な思い込みなのかもしれない。けれどぼくは、先輩のおかげで助かったんだって信じてる。
彼が夢の中まで”本当に”来てくれたかなんてどっちでも良かった。
あの夜、一番不安で怖くて心細かった夜に隣にいてくれた先輩は、それだけでぼくの心を救ってくれていたんだから。
「……いいや、もう」
ぼくはメールアプリをタップし、返信するのをやめた。
するとその時――誤タップだったのだろう。手元が狂って、メールアプリを閉じるんじゃなくて『送信済みメール』のページを開いてしまった。
送信済みメールなんてチェックする必要ないじゃん。全部自分が書いたものなんだからさ。そう思いつつ再度アプリを閉じようとすると――。
「なに……コレ」
見覚えのないメールが一通。
ぼくから先輩宛のメールだった。
日付と時間はちょうど、先輩がぼくの部屋に泊まったその日の夜になっている。
中身を見ても本文はなく、『バトン.jpeg』というファイルが添付されているだけ。
「なんで、そんな、コレ……死神レースの”バトン”……」
間違いない。これは死神レースのルール5”バトン”だ。
アドレスをもう一度確認する。発信者はぼくのアドレスで間違いない。そして送信先は……やっぱり、先輩のガラケーのアドレス。
何度思い返してもぼくがそんなことをした覚えがない。
だとしたら犯人は――。
「先輩自身……だったんだ」
全てが繋がった。
ぼくはあの日、先輩にスマホを貸していたんだ。
スマホが返却されたのは全てが終わった翌朝。
そして決め手となる証拠は――結崎さんが亡くなった日の先輩の発言を思い出す。
『そうじゃあない、スマホを貸してくれ』
『ロックがかかっているな。PINコードは?』
『開けた。お前のメールボックスを確認するが、いいな?』
『なぁ、罪滅ぼしになるかはわからないが、結崎から送られてきた”バトン”。俺に送ってみないか? お前の夢の中では、死神はもう直前まで来てるんだろ? せめて先延ばしにできたら、レースから抜け出す方法を探し出す時間稼ぎになるかもしれない』
『ああ、安心して熟睡するといい。大丈夫だ、お前は死なない』
『そうだ、昨日からお前のスマホを借りっぱなしだったよな。返すよ。それと、さっきメールが届いていたぞ。おかげで返し忘れたことに気づけた』
ぼくは自分のアドレスから誰にもバトンを送らなかった。
そのはずだった。
「先輩は、ぼくのスマホをずっと持ってたんだ。ロック解除コードも知っていた……ぼくのスマホから先輩のガラケーに”バトン”を送れたのは――先輩だけ」
バトンは一人一度しか送れない。結崎さんのメールが原因じゃないだろう。
先輩にバトンを送ったのは、間違いなくぼくだ。ぼくのスマホを操作して先輩にバトンを送ったのは、先輩自身だったと仮定すれば、あの夜起こった全ての不可解な出来事に説明がつく気がした。
ぼくの悪夢の中に先輩が現れたのは、先輩もバトンを受け取って死神に追われる身になったからだ。ただ、他人のスマホを操作して自分自身にバトンを送る行為なんて想定されていなかったに違いない。同じ夢の世界に二人の参加者と死神が存在するイレギュラーが発生した。
あの夢の中に現れた先輩は、やっぱり本物の先輩だったんだ。
そしてこうも思った。
死神二体を同士討ちさせるという先輩の奇策は、たぶん失敗していたんだ。結崎さんの死をもって死神レースは幕を閉じたんだから。
「……うぅ」
スマホの画面が滲んでいた。視界全体にモヤがかかったみたいだった。
ぽつり、ぽつりと雨の日みたいに水滴が画面に降りつもる。
「せんぱぃっ――バカじゃん……! うっ、ぐすっ……死んじゃうかもしれないのにさっ……ぼくなんかのコト、助けるためにっ……あんな無茶まで! しちゃってさ……うっ、うううぅっ……!」
涙がとめどなく流れ落ちてゆく。感情が止まらない。
先輩は、やっぱりぼくを護ってくれたんだ。
自分自身にバトンを送って、ぼくの死を先延ばしにして。
その間に、結崎さんが先に亡くなった。
死神から逃れるために睡眠薬で自殺したのか。夢の中で死神に捕まった結果、身体を操られて睡眠薬を過剰摂取して自殺させられたのか。
どちらが先なのかはわからないけれど。
どちらにせよ、ぼくが先輩に護られていなければ、先に死神に捕まったのはぼくだったのは間違いない。
『アンタの心の中には、アンタを護ってくれる存在がいたんだね。おめでとう。それと、ごめんなさい』
あのメールは、結崎さんの最期の謝罪の気持ちだったのだろうか。
ぼくを巻き込んでしまったことへの懺悔だったのだろうか。
そもそも、あのメールの差出人は本当に結崎さんだったのだろうか。
それとも――。
いまとなっては、全ての”真実”が闇の中だ。
先輩は何も語らないし、結崎さんはもうこの世にいない。
ぼくは何もできなかった。ただ護られていただけだったんだ。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに渦巻いて、うつむいて。
ただ無慈悲に降り注ぐ雨のように、涙は止まらないままだった。
追記、終。
ΦOLKLORE: 4 ”死神 φollowing” END.
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