17話「ゴブリン・ロードVS大賢者」

 アナスタシアに子供たちを守るように言うとジェラードは残りの村人達を見つけるべく歩き出した。本来ならば村人の救助やゴブリン・ロードの討伐は全て彼女にやらせていようとジェラードは考えていたのだが、この寺院に住まうゴブリン・ロードが奇行種であれば話は変わってくるのだ。


 魔女になったばかりのアナスタシアでは、人間との戦いで知識を身につけたゴブリン・ロードに勝てないことは明白なのだ。それは圧倒的な実践不足や経験の差が顕著にあらわれて生死を分けてしまうからだ。ゆえに今回はジェラードが自ら動くことにしたのだ。


「ふむ、この石扉の奥から複数の人間とゴブリンの生体反応が感じ取れるな。……しかもご丁寧にゴブリン・ロードは部屋の奥で鎮座しているようだな」


 ジェラードが生体反応で中の状態をおおよそ把握すると残りの村人はこの石扉の奥に居る事が分かり、討伐対象のゴブリン・ロードもこの奥で何か椅子の様な物に座っている事が分かった。

 

 ならば後はこの石扉を開けて入るのみで、彼は左手を扉に添えると音を響かせながら開けた。

 するとその扉の先に広がっていた光景は――


「くっ……あっ、や、やめっ……」

「見ないで……見ないで……」

「あ”あ”あ”っ”!」


 多くの女性がゴブリン達の慰めものとなっている場面であった。

 一人の女性はまだ感情を破壊されていないのか屈辱に耐えている様子で、もう一人の女性は正気がない瞳をしていて、また一人の女性は泣き叫んで抵抗していてる。


 そしてジェラードが扉を開け放った事で周りに居るゴブリン達が異変に気づいた様子で行為を辞めると一斉に顔が彼の方へと向いてきた。


「ぎぎぎ!?」

「ぎぎっ!」

「ぎぎぎっ!ぎぎぎっ!」


 相変わらずゴブリンの声を聞いたところでジェラードは何を言っているのか理解出来なかったが、恐らく殺せとでも言っているだろうと思うことにした。

 それからゴブリン達が手製らしき武器を持って一斉に襲いかかってくると、


「お前達は本当に馬鹿だな。しかしそれでこそ、殺りやすいというものだが」


 ジェラードは右手を前へと出して指を鳴らす。

 刹那、その場に居るゴブリン達はその場で動きを止めて動かなくなった。


「どうだ、動けないだろ? お前たちには……っと説明したところで理解出来る脳を持ち合わせているとは思えないな。無駄な話は辞めだ」


 そう言ってジェラードは静止しているゴブリン達の間を優雅に歩き進んでいくと、左手を村人達に向けて回復魔法を放つ。取り敢えずはこれで衰弱死や感染症からは身を守れる筈なのだ。


「あ、あの……貴方は一体……」


 横から話しかけれてジェラードは顔を向けると、そこには裸のまま光が一切ない瞳をした若い女性が座り込んでいた。


「俺はハウル村の老人に頼まれてここに来た浪人の魔術師だ。もっとも頼まれたのは俺ではなく連れの方だがな。……それより体は動くな? だったらあのゴブリン達の処分はお前達に頼むとする。俺はこの奥のヤツに用があるからな」


 訊ねられた質問にジェラードは手早く返すと、静止しているゴブリンを焼くなり煮るなり好きにしろと言って再び奥へと進み出した。

 

 そうした方が当人の鬱憤や憎悪が少しでも解消されるだろうとジェラードは考えて、それに対して若い女性はなにも言ってこなかった事から少なからずそれを望んでいた節があるのだろう。

 

「……さて。仲間のゴブリン達が若い娘達に殺されていくが、お前は何も思わないのか? ゴブリン・ロード」


 ジェラードが歩みを進めた先には人間の皮や骨を使って作られたであろう椅子があり、そこにゴブリン・ロードは頬杖を付きながら座っている。そして彼の背後からはゴブリンの悲痛な叫び声と女性達の笑い声が聞こえてきた。恐らくだが村人達がゴブリンを惨殺しているのだろう。


「ぎぎあ。ぎぎ?」


「……何を言ってるか分からん。喋るなら共通語の人語か獣人語にしてくれ」


 ゴブリン・ロードは何やら質問してきているような声を出してくるが、当然ジェラードはゴブリン語なんて理解できないので内容は不明だ。

 しかしそこで彼はふと椅子の後ろに三人の裸の女性が鎖に繋がれている光景が視界に入った。


「ほう、奥にいる三人の女がお前のお気に入りと言う事か?」

 

 ジェラードはこんな近くに女性を置いておくと言うことは、ゴブリン・ロードのお気に入りはそこの女性達である事を予想し人差し指を彼女らに向けた。

 

「ぎぎいぁぁ! ぎいぁぁ!」


 すると途端にゴブリン・ロードは感情を顕にして横に置いてあった大剣を手に取った。


「どうした急に武器を持って叫んだりして。……ああ、そうか。俺にそこの女達を取られると思ったのか。ふっ、意外と繊細なんだなお前は」


 意外な反応を見せてきた事にジェラードは思わず笑が零れると、


「ぎぎあぁあ――ッ!!」


 ゴブリン・ロードは怒りに身を任せたように醜い顔と共に腐った口臭混じりの唾を撒き散らしながら大剣を振りかざしてきた。


「なんだ、死ねクソ野郎とでも言ってるつもりか? だとしたらそれは我が身だ。俺とお前の実力は雲泥の差だからな」


 ジェラードはゴブリン語は理解不能で分からないが、その叫び声だけは何となくだが理解できてしまった。そして大剣が彼の頭上に直下してくると、


「……な? だから言っただろ。これが圧倒的な実力差というものだ。いくら鳥並の脳でもそれぐらいは分かるよな?」

 

 ジェラードは右手を上げて大剣を受け止めるとゴブリン・ロードを嘲笑った。

 けれどゴブリン・ロードは掴まれた大剣を引き戻そうとしているらしく、力を入れているようだが微動だにしない。


「……はぁ。言っただろ実力差があると。まあ言って分からないのなら直接肉体に教え込むしかあるまい。なぁ、知ってるか? これが人間の間で使われるもう一つの言語。肉体言語と言うのをな」


 ジェラードは大剣を掴んでいる手に軽く力を入れて引っ張ると、ゴブリン・ロードの右腕ごともぎ取り端の方へと投げ捨てた。


「あ、ああぁ、ぎぎぎぎぎがあ――――!!」


 ゴブリン・ロードは自身の投げ捨てられた腕を確認すると発狂したかのように喚き始めて、ジェラードはそのままゆっくりと近づくと魔法で精製した黒いもやの塊を頭部へと放って騒音の元を絶った。


「俺はお前たちゴブリンと違って相手を苦しめる事はしない。まあ、俺と会ってしまった事を恨むんだな」


 ジェラードは頭部に拳ほどの大きさの穴が空いたゴブリン・ロードを横目に、椅子の後ろで鎖に繋がれている女性達の元へと向かう。


 そして視線を彼女達へと向けると、その裸体にはゴブリンの体液らしきものが全身に付着していて表情は生に絶望しているように無であった。

 おおかた精神が破壊されて感情という部分が欠落してしまったのだろう。

 

 ――そこでジェラードは敢えてこう言い放つことにした。


「お前達を強姦していたゴブリンは全員殺しておいた。俺はこのまま村人達と共にハウルに戻るが、お前達はここで救援が来るのを待つのもいい。ちゃんと中立国に要請しといてやる。……がしかし一刻もこの場から離れたいのであれば俺に付いてこい」

「「「…………」」」


 その言葉を聞くと女性達は何を思ったのかは分からないが、一言も喋らずにその場から立ち上がると光が灯っていない瞳を彼に向けてきた。


 どうやら彼女らはこの場所に長居したくないらしい。

 その感情だけはジェラードとて理解出来た。


「さっさとそれを身に纏って全員付いてこい。外まではちゃんと連れ出す」


 彼はこの場に居る全員に魔法で精製した布を渡すと、一旦女性達をこの寺院から外へと出すことにした。それは精神面の負担を減らす為でもある。


 そして女性達を連れ出して外の空気や日差しを浴びさせる事で安心感を高めさせると、ジェラードはすぐにアナスタシアが待っている部屋へと向かった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「せ、先生!」


 ジェラードが部屋へとたどり着くとアナスタシアは杖を構えた状態で声を掛けてきた。

 その様子を見るに彼女はちゃんと警戒していたようだ。


「ああ俺だ。待たせてすまないな」


 彼は遅れた事に軽く謝りながら彼女へと近づく。


「い、いえ……それは良いんですけど……その血って……」


 するとアナスタシアは表情を徐々に青白くさせて、人差し指を彼の服に付着している赤黒いものへと向けた。


「これか? これは奴らの血であって俺のじゃないから心配しなくていいぞ」


 ジェラードは軽い口調でそう答える。しかしいつもなら常に体の周りに薄い防御壁を張って、汚れや攻撃から身を守っているのだが、今回はでそれを発動しなかったのだ。

 

「そ、そうですか……って! 私が先生の心配する訳ないじゃないですか! 村の人のものかと思っただけですよ!」

「そ、そうか。まあそれは置いといて、この場に居る子供たちを外へと連れ出すぞ」

「は、はい!」


 急に頬を赤く染めて怒鳴りだしたアナスタシアにジェラードは一瞬呆気に取られたが、直ぐにこの場から子供たちを移動させるべく二人は動き出した。


「……あ、でも拷問部屋に居た男性を置いていく訳には……」


 アナスタシアが子供を抱えようとして思い出したように若者の事を口にする。


「大丈夫だ。彼は自力で歩けるぐらいには回復していた。だから今頃は外で合流している筈だ」


 ジェラードはここに来る途中で彼と会って外へと向かうように言った事を告げる。


「な、なら大丈夫ですね! あとはこの子達を一刻も早く外に出してあげましょう!」


 彼女は安心したような声色を出して両脇に子供を抱えて出す。


「ああ、そうだな」


 ジェラードは魔法を駆使して子供達を浮かせると外へと向かうのだった。

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