16話「若き魔女は怒れる」

「あの人を一人にして本当に大丈夫でしたでしょうか……」


 隣を歩くアナスタシアが不意にそんな事を漏らしてくる。


「なに問題はないだろう。ゴブリン共は全員殺し終えたと思っている筈だからな」


 ジェラードは彼女の不安を取り除く為に言葉を返す。このあとの行動に支障を出されると厄介だからだ。


 それにブリン達はあの場に居た村人達を拷問して殺したあと、興味を無くして放置していたのだろうとジェラードは考えたのだ。

 事実、見張りや巡回のゴブリンが居なかった事からそれらの事を裏付けている。


「ならいいですけど。一刻も早く他の皆さんを助けて、こんな気味の悪い寺院からは出たいですね」


 アナスタシアは彼の言葉によって多少は安心したのか周りを警戒しながら寺院の愚痴を吐く。


「ああ、そうだな。……だがそう事は上手くいかないだろうな。ほら、聞こえるだろ?」


 ジェラードは頷きながらも彼女に耳を澄ますように言う。

 そして彼女が耳に手を添えて集中して周囲の音を聞き取ろうとすると、


「あ”あ”ぁ”ぁ”――っ”!」

 

 と言う幼い少女の泣き叫ぶ声が突如として二人の居る場所まで響き聞こえてきた。


「え、えっ!? な、なんですか先生あの声は!」


 その叫び声を聞いた瞬間にアナスタシアが目に見えて取り乱す。


「慌てるなアナスタシア。この声質から推測するに恐らく十代の少女のものだろう」


 ジェラードは落ち着くように言ってから声を分析しておおよその身元を割り出すことに成功した。


「そんな冷静に分析してる場合じゃないですよ! あきらかにこの叫び声は普通じゃないですって!」


 しかしアナスタシアは彼の行動が呑気なものだと思ったのかローブの端を掴むと引っ張ってきた。


「チッ、分かっている。取り敢えず奥の道を進む前に、それを何とかするとしよう。ついてこいアナスタシア」


 ジェラードが叫び声の聞こえてきた来た方向に顔を向けて走りだす。


「はいっ!」


 アナスタシアも続いて走り出すと、そのまま二人は真っ直ぐと進んで途中で右の道に逸れると明かりが灯っている部屋らしき場所を発見した。


 二人は段々とその部屋に近づくとゴブリン達に気づかれないように、ジェラードが消音魔法を発動すると中の様子を伺う事にした。けれど近づくほどにそこからは幼い少年や少女の泣きながら言葉になっていないものが聞こえてくる。


「ここからなら中の様子が伺えるな。よし、アナスタシアお前が中の様子をみろ」


 ジェラードは早く彼女にこの惨状というなの現実に慣れさせる為に敢えて中の様子を見るように言う。


「……は、はい」


 アナスタシアは呼吸が乱れながらも返事をしてゆっくりと部屋の中を見始めた。


「なっ……こ、これはなんですか……一体なにをどうして……そんな……」


 すると中の様子を確認したアナスタシアが狼狽え出して、壁を掴んでいる手には力が篭っているのか血管が浮き出ていた。そして彼女は顔をジェラードの方へと向けてくると、


「先生……あの汚物達は私が直接手を下して殺します。一片の肉片も骨も何もかもを残さないぐらいに切り殺します。いいでしょうか? いいですよね」


 その様子は彼から見ても正気を保っているようには見えなかった。アナスタシアは瞳を限界まで開いていて、その奥には憎悪のようなものが揺らめいているようにジェラードは感じられたのだ。


「構わん許可する。他の者たちは俺が魔法壁を張って守ってやるから安心しろ。だからお前はその力を存分に奮って奴らを殺せ」


 何処か様子のおかしいアナスタシアを今止めるのは得策ではないとジェラードは判断すると、これはもしかしたら彼女が成長するチャンスなのではと思えてしまい戦うことを許可した。


「分かりました……先生。ではあの子達をお願いします……」

 

 そう言ってアナスタシアは体を左右に揺らしながらも杖を握り締めて部屋へと入っていくと、ジェラードはその後ろから少年少女をアナスタシアの魔法攻撃から守るべく魔法壁を展開した。


 当然そこまですると部屋にいるゴブリン達は二人の存在に気がついて武器を持って襲いかかってくる。


「なんだ? ここは子供ゴブリンどもの部屋なのか?」

 

 襲いかかってくるゴブリン達は全員子供であり、ジェラードがそう呟くと前の方からはアナスタシアが魔法を発動しようと杖を掲げて詠唱を始めていた。


「風の魔力よ。我が元へと集まりてその真髄を見せたまえ。”ウィンド・キュレイ”!」


 掲げた杖を左右や上下に振って詠唱を行うとアナスタシアの周りには風が巻き起こり、彼女が杖の先をゴブリン達へと向けるとその悉くを一瞬で切り伏せた。ゴブリン達は風の刃によって肉を切られ、骨を絶たれ、内蔵をも細切れにされて塵すら残らなかった。


「やはりアナスタシアの魔力は少々常軌を逸しているな……。だがそれでこそ興味が湧くというものだ」


 彼女の殺意が全てを一瞬のうちに終わらせると、その光景を後ろで見ていたジェラードは心が高鳴るのを感じていた。

 そして有言実行を果たしたアナスタシアが振り返ってくると、

 

「先生! 急いで子供たちの手当をお願いします!」


 と言って先程までの狂気のような雰囲気は完全に消えていた。


「ああ、言われなくとも分かっている」


 アナスタシアに視線を僅かに向けたあと、直ぐにジェラードは近くに倒れている少女の元へと近づく。すると彼の視界に映る少女は衣服を破かれて下には何も穿いていなかった。

 それどころか下半身からは少量の血が流れているようだ。


「これが、さきほどの悲鳴の正体か。そしてアナスタシアが激怒した理由……」


 そのままジェラードが少女の近くでしゃがみ込むと、回復魔法を施すついでに記憶消去の魔法も掛ける事にした。

 まだ幼いゆえにこんな記憶が残っていては心に深い傷を追ってしまうと考えたのだ。


「先生! こっちの少年にも回復魔法を!」

「分かった。直ぐに向かう」


 アナスタシアに呼ばれてジェラードは魔法で出現させた布を少女に被せると腰を上げて呼ばれた方へと向かった。そしてそこには木の棒のようなもので何回も殴られたのか、全身に青痣を浮かび上がらせて気を失っている少年が居た。


「なるほどな……。この部屋は子供ゴブリンにそういった行為を教える為の部屋と言う訳か」


 ジェラードはこの部屋で倒れている数多くの少年少女を見て大体の事情を把握すると、そう呟いてから回復魔法を目の前の少年に施した。無論だが記憶消去も確実に行う。


 それから彼がこの部屋に居る全員に回復魔法と記憶消去を施し終えると、二人が入ってきた場所から大量の足音が聞こえてきた。


「せ、先生! この足音ってまさか……!?」


 そのけたたましい音をアナスタシアは聞き取ると焦りの色を滲ませた顔を彼に向けてくる。


「ふむ、やはりあの魔法はここで使うには少々度が過ぎたようだな」


 彼女の言いたい事がなんとなくだが分かったジェラードはそう小さく言い放つと視線を足音の方へと向けた。するとその足音が段々と近づいて来て二人の前に姿を現すと、やはりというべきだろうかそれはゴブリン達であった。しかも子供ではなく成体の方である。 


「ぎぎぎぎっ!」

「ぎぎあぎぎあっ!」

「ぎぎーっぎぎーっ!」


 その場にはざっと二十体ほどの成体のゴブリンがジェラード達を睨んでいて、その多くは手に短剣や弓矢らしき物まで持っていて戦う気が見て取れた。恐らくアナスタシアが魔法を放った際に発生した音が大きくてゴブリン達に気づかれたのだろう。


「はぁ……。しかし手間が省けたと言えば事実だな。ここで全員まとめて俺が屠ってやるから感謝して死ぬがいい」


 ジェラードは一歩前へと出ると右手を突き出して五指に光を宿らせると、その光はゴブリン達の方へと向かって放たれた。まるでその光には意思があるかのようにして次々とゴブリン達の頭を貫いていくとあっという間に死体の山を築き上げた。


「……とまあ言ってみたが、お前達に人語か理解出来る訳もないか」


 彼はゴブリンの死体を確認すると次に指を鳴らして死体を発火させた。

 理由としては出入り口で死んでいるから邪魔だったというだけである。


「あ、ああ……。そ、その光も魔法なんですか……?」


 瞬きをしている間に起こった出来事にアナスタシアは困惑している様子だ。


「魔法……と言えば語弊があるが、そのうち教えてやる。それよりもお前にはここに残って子供達を守れ。ここは子供ゴブリンが居た事から定期的な巡回があるやも知れんからな。それと、俺はそのまま残りの村人達を救助してゴブリン・ロードを始末してくる」

「わ、分かりました……。あ、あとこれは余り意味がないかもしれませんが、一応気をつけてと言っておきます!」


 アナスタシアがそう微笑みながら言ってくるとジェラードは頷いて返し、燃えて灰となったゴブリンの残骸を踏んで来た道を戻る事にした。


 あとは残りの村人達の救助とゴブリン・ロードを殺すだけという明確なことであり、ジェラードは元の場所に戻ってくると再び奥へと歩き向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る