7話「大賢者と魔女の初クエスト」
「すまない。クエストを受けたいのだが、やり方を教えてくれないか?」
受付の女性にジェラードが声を掛ける。
「賢者が人に教えを聞くってなんか馬鹿みたいですね」
横からはニマニマとした顔でアナスタシアが小言を呟いてくる。
だが興味のない事は知らなくてもいいこと。
即ち生きていくうえで必要のない事だという意味だ。ならば賢者とて知らないのも道理。
「馬鹿とはなんだ。……まあ俺は長い時を魔法学に身を捧げてきたからな。こういう外の世界の事柄には興味ないのだ」
ジェラードは彼女の言葉に面倒ながらもしっかりと返す。
「そ、そうですか」
アナスタシアの瞳には世間知らずの賢者とでも映っているのか何処か呆れた様子だ。
だが事実ジェラードは悠久の時とも思える時間をあの森で魔法学に注いで過ごし、自作の魔法を幾つも作り上げたのだ。
しかしそれらは高度な魔法なゆえに現状彼にしか扱えない魔法となっている。
「えーっと……クエストでしたらあちらのボードから好きなものを選んでからこちらに提出してください!」
二人の会話の終わりを見計らったのか受付の女性は身振り手振りを交えながらクエストの受け方を説明してくれる。
「ふむ、なるほど。では暫し待っててくれ」
ジェラード達は言われた通りにクエストが貼られている木製ボードへと向かった。
だがしかし、いざボードの前に立つとそこには数多くのクエストが張り出されていてどうするべきかとジェラードは悩む。
「……で? どのクエストを受けるんですか? 私としては簡単で報酬金が多いのが良いと思いますよ」
珍しくアナスタシアが
「うむ、それは一理あるな。……だが、そんな簡単なものは他の者達が先にやっているだろう。今残っているのは言わば余り物だ」
ジェラードは少しばかり感心してしまい思わず頷いて返した。
だがそんな条件の揃っているものは当然人気の部類だと、ギルド初心者のジェラードとて理解出来るからこそ頭を悩ませているのだ。
「でも昔読んだ本の中に”残り物には福がある”って言葉がありましたから、きっと良いクエストがありますよ! 例えばまずはこれっ! えーっとなになに? ビックスパイダーの討伐?」
アナスタシアは東の国に伝わる言葉を自信気に口にしながら一枚の紙をボードから勢いよく引き剥がしていたが、その言葉は当然ジェラードも知っている。
しかしそれはあくまでも言葉だけであり、実際はなんの価値もないのだ。
「ビックスパイダーとはあれだな。尻から独自の粘着性のある糸を出して、獲物を縛り上げて食う魔物の一種だ。ちなみに毒性の牙を持っている種類もあるが……それの討伐となると冒険者十人ぐらいは必要だな」
クエストの討伐対象となっているビックスパイダーについてジェラードが話す。
「ま、まじですか……。でしたらこのクエストは駄目ですね。次です次々!!」
アナスタシアは縛り上げて食うという言葉を聞いたあたりから顔色が青くなっているように見えた。そして持っていた紙を再びボードへと丁寧に貼り付けて、今度は端っこに貼ってあった紙を引きがしていた。
「えーっとこれは”墳墓の掃除”? 内容はアンデットの浄化……あとだけ書いてありますね。先生、これなら楽そうですよ! しかも報酬金は金貨百枚です! それだけあれば家が買えますよ!」
彼女はそう言って右手に持っている紙を彼の目の前へと突き出して見せつけてきたが、それにジェラードが目を通すとこれは魔物の知識についても教えなければいけないと思った。
「はぁ……。お前に魔物の知識を教えるのを忘れていた自分が情けない。いいか? アンデットの除霊は確かに簡単だが墳墓となると話は別だ。そんな所半永久的に湧いてくるぞ。想像してみろ墳墓とは墓だ。人は死んだらどこに行くと思う?」
そう、墳墓とは書いてその名の通りに墓場でありアンデットとはゾンビ、スケルトン、デュラハン、ヴァンパイア、リッチ、多種多様に存在するがその多くは元は人間。
つまり死んだ人間が時を経てアンデット化するのだ。
もちろん例外もあるが基本は死んでからだ。
「ああ、なるほど……。それによく見たら端っこに小さい字で五年契約って書いてありますね。なんという巧妙な書き方でしょうか……。でも、言われてみれば魔法学と戦闘訓練だけで魔物とかについては何も教えて貰ってませんね」
アナスタシアは再び持っていた紙をボードに貼り付け直すと、人差し指を自身の唇に添えながらジェラードの方を見てきた。きっとその仕草を新距離で他の男が見たら可愛いとでも思うのだろうが、生憎彼はそういう事に関しては無頓着だ。
「また今度時間がある時に教えてやろう。さて、クエストの方だが俺が選ぶからお前はあそこで熱い視線を向けてきているライアの相手をして待っていろ」
アナスタシアが居てはクエスト選びに時間が掛かると思いジェラードはライラを使って遠ざける。
「えっ。えぇぇー……。私も選び「いいから行け」チッ、分かりましたよ……馬鹿先生」
彼女は舌打ちを決めてからさらに罵倒まで添えて酒場の方へと向かっていった。
けれどそれを横目にジェラードは誰もが尊敬する大賢者である自分相手に、あんな態度を取れるのは世界を探せどシャロンと帝都の大賢者とアナスタシアだけだろうと思った。しかし言い方を変えればそれは信頼関係あってこその言葉かもしれないと彼は自然と笑みが零れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……それで? なんで私達は王都から出で草原に来ているんですか?」
アナスタシアが草原に吹き荒れる風に帽子を取られまいと抑えながら口を開く。
「そりゃあ、ここが紙に書かれてた場所だからな。ちなみにクエストは討伐系にしといたぞ。なに、心配するな。お前一人でも容易い難易度の筈だ」
ジェラードは全身に魔法を張り巡らせて風や泥汚れなどから体を守りながら答えた。
そう、今二人が居るのは王都から出て一時間ぐらい歩くと着く草原に来ているのだ。
辺りには瑞々しい草が生い茂っていて自然の力が溢れているように感じられる。
そしてここに来ている具体的な理由としてはジェラードが受けたクエストの指定場所がここで、尚且つ討伐対象の魔物もここに出没するからだ。
「それは要らない気遣いですね。しかし、一体何を討伐するというのですか?」
アナスタシアは当然の如く何を討伐するのか冷静に尋ねてくるが、
「チッ! この変態風がぁぁぁ! この美少女の私のスカートをめくろうとは良い度胸してやがりますねぇ!! いっそここで竜巻を作って消し去ってやってもいいんですよ!?」
先程から風が吹く事にスカートの裾がふわっと上がるのが気になるのか、何度も手で押さえては風に対して怒鳴り散らしている様子だ。だが、たかが十五の少女のスカートとがめくれたとしても一体誰がアナスタシアの履いているパンツが見たいというのだろうとジェラードは疑問だった。
「うむ、それはずばりブラックバードと言われる巨大な黒鳥の討伐だ。ヤツらはこの辺一体の小動物を襲って食っているせいで王都の住人達が近寄れないらしいのだ。ちなみにここは子供達の遊びの場でもあるらしいぞ」
悪魔の形相で杖を振り回して周りに風の塊を放っている彼女にジェラードは横から淡々と討伐対象を話すと、アナスタシアは魔法を放つのを辞めて顔がこちらを向いた。
「そ、そうですか。はぁはぁ……。でしたら尚の事討伐しないとですね。そのブラックバードとやらをっ!」
魔法を止めどなく放った影響で早くもアナスタシアは肩で息をしているようだが子供達と聞いた瞬間にやる気を出したようだ。この年でショタやロリが好きなのはどうかとは思うが、本人がやる気を出したのならそれ以上はいいまいとジェラードは押し黙る。
アナスタシアは決して純粋に小さい子が好きなのではなく、
主に彼女が寝ている時に漏らした寝言のせいなのだが。
「まさか寝ている時に隣の部屋から”走り回って汗の掻いたショタの腋”という大きな声の寝言が聞こえてきた時は特訓の最中に頭を打っておかしくなったのではと、この俺ですら戦慄したぐらいだ……」
ジェラードは元気になった様子のアナスタシアを見ながら何とも言えない感情を抱いたまま呟く。それは昨日の事のように思い起こされるあの日の記憶。
気まぐれ賢者の脳内に色濃く残るほどのものであったのだ。
「何か言いましたか先生?」
「……いや、何でもないぞ」
聞こえない声量で呟いたつもりが彼女には微かに聞こえてたらしい。
そしてアナスタシアはジェラードの言葉を聞いたあと首を傾げていたが再び口を開いた。
「そうですか? しかしブラックバードは本当にこの辺りにいるんですかね。見渡した限り、そんな大きな鳥はいないのですが……」
彼女は忙しそうに顔を周囲に向けてブラックバードを探している様子。
「ああ、それなら問題ない。ヤツらなら既に俺達のことを上空から見ているからな」
この草原に来た時からジェラートは既に索敵魔法を展開していて魔物の位置は把握済みなのだ。
だが彼が指を空に向けて説明すると同時に上空から何か黒色物体が急降下してきて――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます