6話「若き魔女の初勝利」
突如として始まった魔女対決はギルド内で飲んでいた冒険者達にとって良い見世物となっているのか、今や酒場の一角では二人の魔女を取り囲むようにして全員が酒を飲みながら見守っている状況だった。
無論だがその見学にジェラードも加わっている。これで近年の魔術師のレベルが概ね把握できるからだ。でなければこんな時間が無駄になることはとっくに辞めさせている。
「さぁ勝負しましょう! 私の名はアナスタシア・パトレーゼ!」
懐から黒色の杖を取り出して名を告げるとアナスタシアはその場で一礼した。
基本的に魔術師は礼儀を重んじる故に正式な対決をするのであれば名を告げる事は重要なのだ。
そして彼女の挨拶を受けると依然として煙草を蒸していた魔女は、
「あら、ちゃんと常識は弁えているみたいね。いいでしょう、私の名は【
口元からパイプ煙草を離すと自身の名前と勝負のルールを言ってきた。
そしてジェラードは改めて彼女の方へと視線を向けてその姿を視界に捉える。
緑色のローブが特徴な彼女は茶色の長髪をしていて身長はアナスタシアより大きく、服装は魔術師協会が提供している一般的なものであり、スカートの部分に協会の印が入っているのが特徴だ。
……だがこの手の服装を着ている魔術師は、大抵試験に合格して二年ぐらいの新人だと言う事をジェラードは知っている。
「若き魔女か……あまり参考にはならないかもしれないな」
ジェラードは周りに聞かれない声量で呟く。そしてライラが言っている通りに一般的な戦いであれば、先に相手の杖を手元から弾き飛ばした者が勝ちというのがあるのだ。
これは魔術師協会が定めている試合形式の一つでもある。
しかしその規定に従って戦うのはこういう場や正式な戦いの場だけであり、紛争地やならず者達が相手であれば問答無用で即死魔法を放ってくるのだ。
かく言うジェラードも若い頃はその身をあまたの
「ええ構いませんよ」
アナスタシアは彼女が提案してきたルールを受け入れると、ライラは口角を上げて笑みを見せたあと背を向けて距離を取った。同じくしてアナスタシアも背を向けて一定の距離を取る。
「誰かコインを弾いてくれません? それが地面に着いた音を開始の合図としますので」
ライラが周りを囲っている野次馬達に声を掛けると、冒険者達は自分達の懐を漁り始めていた。
すると直ぐにひとりの細身の男性が気弱な雰囲気を漂わせながら、
「あ、ありました!」
と言って一枚のコインをライラに見せていた。
「では弾いて下さるかしら? できれば高めに……ね」
「は、はいっ! 分かりました!」
気弱そうな男性がライラから妙なウインクを受けながら返事をすると、二人の魔女から見えない位置に移動してから親指の爪の上にコインを乗せて弾いた。
宙を何度も回転しながら舞い上がり、やがてゆっくりと落ちていくコインを冒険者やギルドの職員までもが見守っていると……ついにその時は来た。
――二人の対決が気になるからかギルド内は静寂に包まれ、コインが床にぶつかって響く軽い音はその場にいる全員の耳に瞬時に聞こえた筈だ。
「杖を弾けっ! ターモス!」
「ターモスッ!」
同時に二人の魔女は振り返ると互いに魔法を唱えて、杖の先から球体状の白いもやを放った。
そして瞬きをする暇もなく弾かれた杖が床に落ちる音が聞こえると、
「な、なんですって……!?」
ライラは右手に持っていたパイプ式煙草の杖を彼女に弾かれ驚愕の表情を見せていた。
あの時、二人の魔法はほぼ同時に放たれたように見えたがジェラードは見逃さなかったのだ。
ほんの僅かなさではあったがアナスタシアの方が振り向きざまの詠唱が早かった事を。
「ふんっ! 私の勝ちですね、おばさん!」
アナスタシアは彼女の杖が地面に落ちた事を確認したのか、両腕を組みながら勝利の宣言を高らかに伝えていた。この決闘に勝因があるとするなら、それはジェラードとの特訓の影響だろう。
大賢者相手に反撃が出来るまでに成長した彼女ならそこらの魔術師に負ける道理はない。
「「「「「うぉぉぉぉおおお!」」」」」
周りからは冒険者達がアナスタシアの勝利を称えるかのようにして声を荒らげている。
だが彼女が勝つこと何てこの場にいる者達は誰も想像していなかった事だろうとジェラードはその光景を見ていて思い、やはり人とは直ぐに手のひらを変える生き物だと実感した。
「お、おばおば、おば、おばさんですって!? ちょっと、いくら勝負に勝ったからって勝手にそう呼ぶのは許さないわよ! それに私はこう見えてもまだ
おばさん呼びされた事に堪えている様子のライラだったが、急にアナスタシアの元へと距離を縮めてくると自分をまだ若い魔女と言いながら胸に手を当てて大きな声で言い切っていた。
「……えっ」
その言葉にアナスタシアは眉を顰めながら何とも言えない表情をして呟いていた。
「「「「……えっ」」」」
しかしライラのその発言は周りの冒険者達にも驚愕の事実だったのか、皆一様にアナスタシアと同じ反応をしている。
それに対してライラはアナスタシアから視線を外して冒険者達へと向けると、
「えっ。じゃないわよ! もしかしてギルドの皆も私をおばさんだと思っていたのかしら!?」
と言って自分の事をどう思っていたのか尋ねていた。
だがその答えは言わなくとも態度でわかるだろう。
尋ねられた冒険者達は一斉に目を背けて静かに自分達の席へと戻って行ったのだ。
「そ、そんなぁ……。私はそんなに老けてないわよぉぉぉ!!」
ライラはそんな事を言いながらその場でへたり込んでしまった。
それからアナスタシアが気まずそうな表情を浮かべながらそっと彼女から離れると、ジェラードの元へと近寄ってきた。
「ふふんっ! どうですかジェラード先生! 初めて魔法対決で勝ちましたよ!」
アナスタシアは杖を懐にしまいながら自慢げに言ってくる。
「……あ、ああそうだな」
ジェラードは旅の同行の条件の一つをもう忘れたのかと頭が重くなった。
それは王都に向かう前に伝えた事で、旅を共にしている間はジェラードと呼ぶことは禁止で全てにおいて先生という呼び名で統一することなのだ。
何故なら彼は大賢者であるがゆえに、公然の場で名を呼ばれようものなら面倒事に発展する事は火を見るよりも明らかだからだ。
「……は? ジェラード先生?」
おばさん認定されてへたり込んでいたライラが顔を上げると、ジェラードの方をまじまじと見てくる。
「あっ。し、しまった……」
やっとここで自分が失言したことに気が付いたのか、アナスタシアは咄嗟に口元を両手で覆っていたが時すでに遅し状態であろう。恐らく彼女は初めての勝利でテンションが上がって条件を忘れていたのだろうとジェラードは考えたが、それよりも迫り寄ってくるライラに注意が向いていた。
「あ、あの……。本当に王都の大賢者であるジェラード様ですか……?」
もはや先程とは別人のようにしおらしくなっているライラだが、やはりジェラードを目の前にすると大抵の魔術師はこうなってしまうのだろうか。
だがしかし彼自身はここで嘘をついて他人を演じる選択もあったわけだが、それでは人と何ら変わらなくなってしまうと思い多少面倒だが本当の事を言う事にした。
嘘とは人に許された特権ではあるが、それは優しい嘘でなくてはならない。
私欲の嘘ではいけないとジェラードは始祖の賢者のからの教えが心に残っているのだ。
「はぁ……。そうだ、俺が王都の大賢者ジェラードだ」
ジェラードはしぶしぶ自身の事を明かす。
「ほ、本物だぁぁ! わ、私ファンなんです! 是非このローブにサインを書いて下さい!」
するとライラは表情を明るいものへと変えてローブの裾を掴むとそのまま彼の前へと差し出してきた。
「サインか。それは別に構わないが少し条件がある。ちょっと耳を貸してくれ」
そこで彼はあることを思いついて交渉を持ちかける事にした。
「み、耳をっ!? ……は、恥ずかしいですけど……ど、どうぞ!」
だがライラは何を思ったのか体をもじもじとさせて頬を赤く染めると、耳元の髪を手で退けてから近づけてきた。すると彼女からは煙草の匂いなのか香水の類かは分からないが、甘い香りがふんわりと漂った。
そのままジェラードは匂いを気になりながらも交渉の内容を耳打ちすると、
「……んんっ……はぁっ……」
ライラは彼が囁く一言一言に反応してしまっているのか声を必死に堪えている様子だった。
それからジェラードが交渉内容を話し終えて耳元から顔を離すと、
「という事だが、問題ないか?」
「ひゃ、ひゃい……だいひょうぶれす!」
ライラは呂律が回っていないらしく舌足らずみたいになってしまっている。
一体どうしたのかとジェラードは心配するが、横からアナスタシアが冷ややかな視線を送っている事に気が付いた。
「公然の場で”卑猥”な事はしないでくださいよ」
彼女は冷たい視線だけではなく、声の方も氷のように冷たい感じであった。
「していない。あれは彼女が勝手にああなっているだけだ」
そこでジェラードは理解した。傍から見たらこの状況は卑猥な事をしているように見えるのだと。だからさっきから冒険者達がそわそわした感じで自分達を見ていたのだと。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それからジェラードが体をビクビクと震わせていたライラのローブにサインを書き終えるとアナスタシアと共に、漸く本来の目的でもあるクエストを受けるべくカウンターへと向かって歩きだした。
「まったく、なにをこそこそと話していたんですか?」
横を歩くアナスタシアがじーっと顔を見ながら尋ねてくる。
「……まあ気にするな。お前には関係のないことだ」
どうやらライラに何を言っていたのか気になるらしい。
だが彼女には関係のないことだと言ってジェラードは話を終わらせた。
「なんですか秘密ですか! やっぱり卑猥な事をしてたんですね! もぅ!」
「……はぁ」
事実、彼女には関係のないことだったのだ。
それは単純な交渉で自分がこの王都にいることやギルドでクエストを受けることを、他の魔術師達や協会には内緒にしといてくれという事なのだ。
すでにジェラードは協会所属の白い魔女に目をつけられている事から、報告されると厄介な事になると容易に想像出来たのだ。出来ることならこのまま王都を出るまで穏便にやり過ごしていきたいとジェラードは考えているのだ。
「先生? カウンターに着きましたけど、ここからどうすればいいんですか?」
「ん? ああ、取り敢えず受付の人にクエスト受けたいとでも言ってみるか」
ジェラードが考え事をしているといつの間にかカウンターに着いていたらしく、アナスタシアが服の袖を軽く引っ張りながら聞いてきた。
しかしここまで来て言うのもなんだが彼は森の奥で暮らしていた賢者だ。
だから当然と言えば当然なのだが、クエストを受けるなんて行為は生まれて初めてで右も左も分からないのだ。いくら賢者といえど知っていることには限度がある。
特に分野が違えば尚更だが、そもそも興味のないことは記憶容量を無駄に使うだけで極力避けているというのが本音だ。
「そんな適当な……」
彼の言葉を聞いてアナスタシアは呆れた表情を見せてくると、同時に力も抜けたのか肩がだらしなく下がっている。
「しょうがないだろ。俺だってこういう所は初めてなんだ。それに分からない事は素直に尋ねる事が成長のコツだぞ」
けれども他に手があるわけでもなく、こういう時は人に頼る事が一番手っ取り早いのだ。
そう思うとジェラードは近くで受付の仕事をしている女性の元へと向かい声を掛ける事にした。
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