第55話 ちょっと手加減して欲しい

 ゴルドーは自分に刺さった氷の槍を手で振り払った。

 氷の槍は容易く抜け落ち、パリンと音を立てて砕け散る。

 鎧に穴は空いているものの、血が出ている様子はなく、肉体にダメージは入っていないように見える。


「アルベル、あいつめっちゃ硬いよ」

「分かってる、さてどうしたもんかね」


 二人はその圧倒的な頑丈さを前に、有効な攻撃手段を思索する。

 強力な攻撃は多くの場合、隙が大きい、アルベルの剣撃を避ける相手に大技を当てるのは困難だ。

 かといって、半端な攻撃では肉体にダメージを与える事ができない。


 ゴルドーは笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。


「どうした小僧、かかって来い!」

「言われなくても!」


 アルベルは素早く踏み込み、一気に距離を詰める。

 そして、腹部めがけて鉄砲玉のような鋭い突きを繰り出す。

 その一撃は、鎧を貫き、肉に届いた。


 (刺さった! でも浅い!)


 アルベルは反撃を警戒し、バックステップで距離をとる。


「ワシの体に傷をつけるとはやりおる、技はもちろん、その剣も並の品ではないと見た」

「その通り、こいつは特別製でね、今まで刃こぼれ一つしてないんだ」

「そうかそうか……ではその剣、もっと近くで見せてみぃ!」


 ゴルドーは瞬く間に距離を詰め、巨大なメイスを振り下ろす。

 アルベルは後ろに飛び退き、さっきまで立っていた地面が爆破でも起きたような音と共に粉砕される。


炎天獄フレアスカイ


 シトリーが魔法を唱えると、ゴルドーの足元から極太の火柱が発生し、猛烈な業火がその身を焼いた。


「やったか?」


 アルベルは定番の台詞を吐く。


「フハハハハ! この程度の炎、効かぬわ!」


 ゴルドーは火柱の中で炎を浴びながら高笑いをした。

 炎が鎮まると、間髪入れずにアルベルに再接近する。


「ソイヤッ!」


 鉄塊と呼ぶに相応しい巨大なメイスを、短剣でも扱うかのように下から振り上げる。

 回避は間に合わず、咄嗟に刀で防御し、なんとか直撃を免れる。

 しかし、その衝撃を受け切る事はできず、アルベルの体は回転しながら宙を舞う。

 そしてそのまま受け身を取る事もできず、派手に背中を地面に打ち付ける。


「がはっ!」


 アルベルは吐血する。

 それは、今の衝撃で内臓にもダメージが入っている事を示していた。


「ちょっ、アルベル!?」


 シトリーが声をかけるが、その時には既に、ゴルドーが背後をとっていた。


「どこを見ている小娘」


 ゴルドーは武器を持っていない方の手でシトリーを薙ぎ払う。


物理プロテ……」


 詠唱は間に合わない。

 その巨大な左手はシトリーを容赦なく吹き飛ばした。

 シトリーの華奢な体は二回程地面を跳ねて遠くの方へと転がっていく。


「シトリー!!」


 イーリスが泣きそうな顔でシトリーに駆け寄る。

 それと同時に、シトリーは倒れたままゴルドーに向けて手を突き出す。


魔導光芒砲サテライトレーザー


 その手から白い光線が放たれる。


「まだ動くか! なかなか根性あるのぅ!」


 ゴルドーは歓喜に満ちた顔で左手を前に出す。


「その魔法の威力、ワシが見てやろう!」


 白い光線がゴルドーの右腕に直撃する。

 光はその巨大な腕を包み込んだ。

 そして、光線が途切れると、溶けた鎧と、その下の焼けただれた皮膚が露わになる。


「おお! ワシの腕を焼くか! 凄いのぅ!」


 どう見ても致命的な大火傷を負っているにもかかわらず、ゴルドーはとても嬉しそうだ。

 赤熱した、鎧だったモノが地面へと滴り落ちる。

 地面に落ちたソレは、シュゥゥゥという音を立てながらゆっくりと固まっていく。


「二人共、スジは悪くないぞ! これは鍛えがいがありそうじゃい!」

「こっちが鍛えられる側か……」


 アルベルは今にも死にそうな声で呟いた。


「シトリー、大丈夫!?」


 イーリスが心配そうに声をかける。


「……ええ、大丈夫よ。何とか受け身を取れたから、大した怪我もしていないわ」


 シトリーはゆっくりと立ち上がり、フラフラとした足取りでアルベルの元へと行く。


負傷治癒ヒーリング


 アルベルに回復魔法をかける。


「ん、ありがと」


 シトリーにお礼を言い、サッと立ち上がる。

 そうこうしていると、カシャカシャと音を立てながらメレウスが現れる。


「おやおや、ゴルドーさんにここまでの手傷を負わせるとは、中々善戦したみたいですね」


 メレウスはゴルドーと同じような黒い重鎧を纏っていた。


「まさか、ほとんど一方的な戦いでしたよ」


 アルベルが吐き捨てるように呟いた。


「まあでも、死ななかっただけ上出来ですよ。彼は幹部の中では最強ですが、手加減というモノが下手ですから」


 メレウスはニッコリと微笑んだ。


「すまんメレウスよ、傷の手当を頼む」

「はいはい、ちょっとは自重して下さいね」


 ゴルドーの左腕に、メレウスが回復魔法をかける。

 すると、たちまち火傷が治り、あっという間に黒光りする逞しい腕に戻ってしまった。


「さてイーリスさん、私達も始めましょうか」


 メレウスとイーリスがお互いに向き合う。

 アルベル達は距離をとって、二人を見守る。

 イーリスはショートソードを抜き、真っ直ぐに構える。


幻影剣ミラージュソード


 メレウスの両手に半透明の剣が創り出される。


「では、行きますよ」


 先に動いたのはメレウスだった。

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