第46話 神の裁きは慈悲深く

「これで終わりだね」


 イーリスとシトリーはかつて“使徒”と呼ばれた老人の亡骸を見つめていた。

 聖法国は最高戦力と指導者を失い、国としての機能を失った。

 イーリスの復讐は果たされたのだ。


「……ねぇ、北公国にでも行ってみる?」

「うん、行ってみようかな」


 二人は聖法国と友好国であった帝国と王国から追われる身となった。

 いずれここにも追っ手がやってくるだろう。

 イーリスとシトリーは崩れた大聖堂を背に歩き出す。


 その時だった。

 瓦礫の隙間から、白く輝く光線が、イーリスの背中目掛けて放たれる。

 僅かな殺気に気付いたイーリスは振り返る。

 だが、最早回避も防御も間に合わない。


 (えっ……嘘、なんで?)


 復讐の代償だと言わんばかりに迫る“死”。

 その光が体を貫く直前、彼が現れた。


「シャットアウト」


 黒い刃が振り下ろされる。

 光は容易く断ち切られ、イーリスの体を貫く事はなかった。


「……アルベル!?」


 イーリスは驚きの声を上げる。


「えっ、本当?」


 シトリーも振り向いてその姿を確認する。


「お前らなぁ……最後まで油断するんじゃないぞ。色々話す事はあるが、まずはこの戦いを終わらせてからだ」


 アルベルは鋭い目で瓦礫の山を見つめていた。

 二人も同じ場所に目を向ける。


「ねぇアルベル、ここまでどうやって来たの? かなり時間がかかる距離だけど」

「馬を買ったんだよ、金貨六枚でな……おっと、犯人が現れたみたいだぞ」


 シトリーの問いにアルベルが答える。

 少しの間待っていると、瓦礫の中から、白い祭服を着た赤髪の青年が這い出るように姿を現した。

 服はボロボロだが、怪我をしている様子はない。

 赤髪の青年は周囲を見回し、老人の亡骸に目を止める。


「法皇様……」


 小さな声でそう呟いて、静かに涙を流した。

 しばらくの間、湧き上がった感情を噛み締めるように目を閉じて泣いていた。

 そして、ゆっくりとした動作で涙を拭い、イーリス達の方を見た。

 その金色の瞳に怒りの感情はなく、とても穏やかな目をしていた。


「憤怒は大罪の一つです、なので、僕は怒りや復讐心を持つ事はありません。しかし……しかし僕には神の意志を代行する義務があります。神に反逆した罪、その命を以て償って下さい」


 イーリスとアルベルは剣を構える。


「僕の名前はアゼル・ヴァチカル。今この瞬間から僕が“使徒”です」


 この時、イーリスの復讐劇の続き、真の“使徒”との戦いが始まろうとしていた。


 アゼルはゆっくりと右手を上げ、スッと振り下ろした。

 アルベルに向かって雷撃が落ちる。

 黒い刃を持つ刀を上に突き上げる。

 雷撃は消えるように刃に吸い込まれた。


 (アルベルの刀が魔法を無力化した!?)


 シトリーはその様子を見ながら人知れず驚いていた。


 (いや、それも凄いけど、今のは完全無詠唱魔法……やっぱりこっちが本物の“使徒”!)


 イーリスが素早い踏み込みで距離を詰め、剣を振るう。


「神よ、僕を護り給へ」


 アゼルがそう言うと、正面に大きな光の盾が形成され、イーリスの攻撃を防いだ。


「裁きを」


 続いてそう呟き、同時にイーリスの右横腹が突然切り裂かれる。


「あぐっ!?」


 服は破れておらず、内側から裂かれたように血を流した。


「イーリス、その盾は恐らく受けた攻撃を跳ね返す性質があるわ! とりあえず一旦引きなさい!」

「うう……分かった」


 イーリスは傷を押さえながらアゼルから距離を取る。

 光の盾が横にずれて再びアゼルが姿を見せる。


「大丈夫か?」

「まあ、傷は浅いから」

「それは良かった。でもどうするんだ? あの盾多分自由に動かせるタイプだぞ、下手に攻撃できん」


 アルベルとイーリスには攻める手立てがなかった。


「なら私がちょっと本気を出してあげましょう」


 シトリーは腰のポーチを投げ捨てる。

 中に入っていた紫色の水晶の粒が散乱する。

 アゼルが再び盾を正面に置く。


「第百六式禁忌術式、景色を切り裂く剣アレフノート


 シトリーが横に手を振ると、盾が横に真っ二つに切れた。

 盾だけではない、後ろの瓦礫の山も水平に切られ、更に崩れていく。


「二人とも、今のうちよ!」


 イーリスとアルベルは全力で相手に向かって駆け出し、挟み込むように攻撃を仕掛ける。


「贖罪せよ」


 その言葉を聞いたアルベルとイーリスは、突然動きを止め、その喉元に刃を突き立て始めた。


 (嘘っ、洗脳まで出来るの!? 早く二人を何とかしないと!)


「二人共、起きなさーい!」


 シトリーは二人の元へ向かって走り出し、魔術師とは思えない身のこなしでイーリスとアルベルの頭を殴った。


「いったぁ!」

「ふぁっ!? 俺は何を……」

「やはり物理最強!」


 正気を取り戻した二人は、目の前にいるアゼルに向かって剣を振り下ろした。


「……遅いですよ」


 アゼルは目にも留まらぬ動きで、イーリスの腹に蹴りを、アルベルの顔に拳を入れて二人を吹き飛ばした。


「至近距離圧縮魔砲マージカノン!」


 シトリーは数メートルの距離から強力な魔法弾を放つが、アゼルはそれを盾も魔法も使わず、片手で止めて見せた。


 (知らない魔法に馬鹿みたいな耐久性、どうやったら勝てるの!?)


 その圧倒的な戦力を前に、シトリーですら勝機が見えなかった。

 イーリスとアルベルは立ち上がり、顔を上げる。


「くう……今の拳、効いたぜ」

「これが“使徒”……強い!」


 アルベルは落ち着いた様子で、アゼルに向かって歩き出す。


「ちょちょ……アルベル!?」

「まあ見ててよ。ひょっとしたら、俺の力が効くかもしれないからさ」

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