灰色狐クロスナイトメア
ゼナス
イーリス編
第1話 First Days
「まあそんなわけで、君たちは俺の下で傭兵として働いてもらうわけだけど、何か質問とかあるかな?」
アンティークの家具が並ぶ事務所のような部屋の中心に、男一人と女二人が、テーブルを挟んでソファに腰掛けている。壁には時計が掛けられている以外に装飾が無く、全体的にこざっぱりしている。
窓も部屋の奥に一つあるだけである。
男は黒いコートを身に着けており、少女二人はみすぼらしいボロ切れのような服を着ている。
テーブルの上には、湯気が立つ紅茶が三つ置かれており、黒髪の青年は時折それを啜るが、他の二人は手をつけていない。
「質問アリアリ大ありよ! どうしてわざわざ女の子の奴隷買っておいて傭兵なのよ! 普通アレな事するのに使うでしょ!」
白髪セミロングで、狐耳の少女は激しく捲し立てる。
「なんだ、そういう事されたかったのか? 悪いが期待には応えられそうにないな、万が一があったら戦闘に連れて行けないからな」
男はやれやれと言いたげな仕草で苦笑した。
「そうだけど! そうじゃない!」
白髪狐耳の少女のテンションは下がらない。
そういう事されたいのかされたくないのか分からない、女心って難しいね。
その間、もう一人の灰色ショートボブの狐耳の少女は黙って話を聞いていた。
「まあいいや、そういえば俺の自己紹介がまだだったな。俺はアルベル・ブライト、好きに呼んでくれ。えっと、白いのがシトリーで、灰色の方がイーリスだったな?」
「そう! 私が最強美少女魔術師シトリーなのだ!」
白髪狐耳の少女、シトリーはドヤ顔で腕を組み、フンスと鼻を鳴らす。
灰色髪の狐耳の少女、イーリスはコクリと頷く。
「あ、私から一つ質問良いですか?」
ここで初めてイーリスが口を開く。
「お、良いぞ良いぞ、何でも聞いてくれ」
「えっと、待遇の方はどんな感じなのか聞いても良い……ですか?」
傭兵事務所で働く以上、アルベルとイーリス達は雇用主と労働者という関係になる。
待遇などの契約内容の確認は基本だ。
「そうそう、そういう質問が欲しかったんだよ、まあ俺も説明するのを忘れてたが……基本的には君たちの衣食住のうち、食と住の保証、そして仕事紹介料とか含めて報酬の八割を俺が持っていく、残った二割を自由資金としてお前達に渡す」
ここまで話したとき、シトリーがテーブルを叩く。
「ちょっとぉ! 二割って少なくない!?」
「まあ落ち着けって、これでもかなり良心的な方だぞ、中には全額持ってく事業者もあるからな。それに、お金を貯めて俺から自分の奴隷権利書を買い上げれば、自由の身になれる。悪くはないだろ?」
イーリスは話を聞いて、黙って頷いた。
「ねえイーリス、こいつ殺して逃げよう!」
「そういう事は隠れて計画するもんだぞ」
アルベルは動揺する事なく、むしろツッコミを入れた。
シトリーはイーリスの肩に手を掛ける、しかしイーリスはその手を払い除ける。
「やめておこう、今の私達はどこへ行ってもお尋ね者だ、この世界は私達獣人への風当たりが強いからね。それに、ここならベッドで寝られるかもしれないよ」
イーリスの言葉で、シトリーに落ち着きが戻る。
「……イーリスがそう言うなら、私も付き合うわ。でもアルベル! イーリスに酷い事したらタタじゃおかないから!」
「おー怖い怖い、安心しろって、何にもしないよ」
アルベルは紅茶を飲み干し、一息つく。
「さて、まずはその服を何とかしよう、今回は俺がお金出すからさ」
三人は街へ出て、服屋へと向かう。
街の中は多くの人が行き交っており、活気に満ちている。
白い壁に赤や黒の屋根の建物が立ち並ぶ光景は、中世ヨーロッパの街並みを思わせる。(テンプレ)
時折、耳の長いエルフ族、背が低く筋肉質なドワーフ族を見かけるが、街を歩く人のほとんどは人間である。
そして、獣人は全く見当たらない。
それどころか、イーリスやシトリーに向けられた視線は、どこか蔑むような雰囲気がある。
イーリスは街の景色が物珍しいのか、周囲を興味深そうに見回している。
その様子に気づいたアルベルが話しかける。
「どうしたイーリス、何か気になるものでもあったか?」
「えっと、こういう人がたくさんいるところは、あまり経験がなくて。ちょっと苦手なんです」
「そうか、あまり無理はするなよ?」
「ありがとう、アルベルさん」
「アルベルでいーよ、これから付き合い長くなりそうだし。敬語もいらないよ?」
そんな話をしているうちに、目的の場所へと辿り着く。
色鮮やかな服が所狭しと並べられた、小さな服屋である。
アルベルは扉を開け、慣れた足取りで店に入っていく。
シトリーとイーリスも恐る恐る足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなお召し物をご所望ですか?」
スーツ姿の女店員がアルベルの前へ出る。
「ああ、今日はこの二人の服を取り繕って欲しいんだ。動きやすい服装で頼むよ」
「私は魔術師よ、ちゃんとそれっぽい服装にしなさい?」
シトリーは髪を靡かせ、アルベルに擦り寄る。
「あー分かった分かった、じゃあなんか適当にローブも選んでやってくれ」
「はい、かしこまりました」
こうして、イーリスとシトリーは店の奥へと連れて行かれる。
「ふぅ、シトリーは図々しいし、イーリスは主張が少なすぎる。二人の扱いは苦労しそうだな」
アルベルは店の窓から空を見ながらため息を漏らす。
「後は戦闘面でどれだけ使えるか……目的のためには手段は選んでいられないね」
そう呟いて、空を睨みつけた。
三人はまだ知らない……
自分達の行動が世界を揺るがす事を、それぞれの過去に向き合う事になる事を。
これは、最悪の未来を乗り越え、最高の結末に至るまでの物語である。
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