第四章【樹形図】5
「既に二だからな。その次へは私が止めた」
「止めた?」
「そうだ」
「よっぽど気に入っているんだね」
不可思議な生き物の間で不可思議な会話の応酬が始まる。
私は二者を交互に見た。彼らには分かっていることが私には分からない。それによる焦燥のようなものが不安定な心情を誘う。
私は、もう少し分かりやすく言ってくれないかと、幾度か灰色の彼に告げたことのある言葉を口にした。すると、橙色と灰色の二者の間で交錯していた視線が突然に此方に向けられたので少なからず私は驚き、口を噤んだ。
「知っているかもしれないけれど、あまり詳しくは言えない。それでも此処では幾らかはましなんだ。そういう事情を承諾してくれるなら危険を承知で僕は話すよ。聞く?」
橙色の彼は心なしか体を右側に傾け、まるで私の返答を待つかのように二度程、目蓋をぱちぱちと動かした。私が、是非とも話してほしいと言うと、分かったと返し、彼は元のように体を直した。
「一応、自己紹介をしておく。僕の名前は
「さて、本題に入るけれど。さっき、君はあの菓子商店で少なからずも働いてみたいと言ったね。この町のことが分かるかもしれないと」
「ああ」
「まず、それが間違いだ。いや、正解や間違いというものは個々によって異なるもので、一概に僕がどうこう言えるものでは無いのかもしれないけれど。僕にとって間違いであることも君にとっては正解かもしれない。また、僕は彼寄りの存在だからね。どうしたって彼の考えを尊重したくなる」
言葉を切り、朽葉は灰色の彼を一度見た。そして再び、私を見つめる。
「具体的に判じる為に一つ尋ねる。君は、此処にいたいのかな」
「此処に?」
「そう、此処に。この町に。此処で暮らす為に此処のことを知り、此処での生活の手立てが欲しい。ゆえに、菓子商店で働いてみたい。これについての正誤が知りたい。今、言ったことの中で君の心情にそぐわないことは?」
私は漠然と思考する。そう、漠然とだ。朽葉の言ったことについてゆっくりと考える。其処には間違いと言い表すべき間違いは無いように思えた。その実、正解と言い表せる正解は無いようにも思える。
つまり、私は私自身についてこうだと言い切る自信と、その為に必要な根拠となるべきものが無いのだ。愕然とした。
だが、この感覚には覚えがあった。私が私について、或いはこの町について考えを巡らせると記憶にある限りでは毎回、こういう状態に陥る。考えるべきは溢れる程にあるというのに、その内の一つとして私は考えをまとめることが出来ない。そして、出来ないままに終わり、時間が経過する内に私は考えることをいつしか放棄する。
思うに、私は生来このような性格だっただろうか。その自問には否と答えられる。だが、何故にこうなってしまっているのかは全く分からない。考えを形と成すことの出来ない自分自身の正体が分からない。それはひどく不安で、ひどく悲しいことだった。加えて、とても頼りの無い心持ちになる状態だった。
底無しの沼にぽつりと浮かび、見えない足元からじわじわと沈んで行くことを知りながらもどうにも出来ずに其処にいる。そんな私の様子が目に浮かぶ程に。
「何か、おかしいと思わない?」
不意に声が響く。私が知らず俯いていた顔を上げると、朽葉が美しい瞳で私を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます